Gartner Column:第39回 外資ベンダーの日本法人経営者に求められること

【国内記事】2002.3.18

 米国のビジネスをうまく日本に取り入れ成功できる外資系ITベンダーもいる一方,日本ではあまり成功できず撤退してしまうベンダーも存在する。この差をもたらす大きな要因は日本法人のCEOの資質にあるだろう。

 相当昔の話になるが,私が日本IBMの新入社員であった時,当事の社長である椎名武雄氏の話にいたく感銘を受けたことがある。それは,「日本IBM社長としての私(椎名)の使命は,“sell IBM in Japan”そして“sell Japan in IBM”」という発言だ。

 つまり,日本の市場でIBMを売り込む(これは,当たり前のことである)だけでは不十分であり,ワールドワイドのIBM社内において日本が持つポジションを高めるための努力,つまり,IBM本社の幹部に日本を知ってもらい,かつ日本独自の戦略を推進させてもらうための努力を行わなくてはいけないということだ。これは,他のあらゆる外資系日本企業の経営者にとって最も重要な課題と言えるだろう。

 日本には,米国に続く世界第二位のIT市場がある(欧州諸国をEUとしてひとくくりにしなければの話だが)。しかし,一般的米国人が持つ日本に対する知識はあまりにも不足しているということだ。これは,私がガートナージャパンにおいて,多くの米国系の新興ITベンダーやユーザー企業と対話した上で感じていることである。

 実際,私が,米ガートナーにおいて米国アナリスト達とミーティングをしていた時に,世界第2位のIT企業は,HP(注:アジレント分割前の話である)かコンパックかなどという議論が始まったことがあった。プロであるアナリストですら富士通の存在を忘れていたのである。

 日本に関する知識不足ゆえに,日本が米国と異なる全く異なった市場であり,そう簡単に進出はできないと誤解し,日本への進出のタイミングが遅れてしまう米国企業は多い。前回挙げたイーベイはその例だ。実際に取材をしたわけではないので,あくまでも推定の話だが,「日本人はブランド指向が強いので,会ったこともない他人から中古品を買う文化がない」などという俗説を信じていたのではないだろうか?

 実際,ヤフージャパンがオークションビジネスに進出する際にはそのような議論も出たそうなので,平均的米国人がそう思っていても無理はない。ひょっとすると,バブル期の日本しか知らない半可通コンサルタントの意見だったのかもしれない。

 もうひとつの問題は,いったん日本に進出した後で,日本独自の商慣習や競合環境に注意を払わず,米国流のやり方を通そうとすることである。日本が米国と全く違うと考えるのも問題だし,全く同じと考えてしまうのも同様に問題だ。

 ヤフー・オークションに対抗するために一人でも多くの会員を集めなければいけない時期に有料制をつらぬいてしまったイーベイがその例だろう(イーベイの例ばかりで申し訳ないが,単にわかりやすいので例示しているだけであり,バッシングが目的ではないのでご理解いただきたい)。

 このような日米の違いを適切に米国の経営者層に伝え,日本独自の戦略を遂行できるようにするためには,単に米国の意向を部下に伝えるだけのCEOでは役者不足だ。必要な時に,「No」と言えるだけの資質が必要とされるのである。

 数年前,ガートナージャパンのシンポジウムの基調インタビューにおいて,コンパック日本法人社長である高柳肇氏にインタビューしたことがある。その際に打ち合わせなしで,「日本IBM時代に椎名武雄社長から学んだことはありますか?」という質問を投げかけたところ,高柳氏は「“Sell Compaq in Japan. Sell Japan in Compaq”という精神を学んだ」と答えられた。私は,「たぶんこの答が返ってくるのでは?」とうすうす期待しながら質問していたため,期待通りの回答が帰ってきてうれしかった記憶がある。

 現在の外資系ITベンダーの日本法人では日本IBM出身者の方々が要職を勤められているケースが多い。多くの方が意識するとしないとにかかわらず,この椎名元社長の精神を引き継いでいるのではないだろうか。

 私も米国に出張があるたびに,可能な限り米国のガートナークライアントとの対話を行い,日本市場の特異性(および米国との類似性)を説明し,日本市場戦略の立案のお手伝いをするよう努めている。そこで驚くのは,「ガートナーが日本市場で活動しているとは知らなかった」とおっしゃるクライアントの方が多いということだ。私も,まだ“sell Japan in Gartner”の努力が足りていないのかもしれない。

 ところで,今週は19日にHPとコンパックの株主による合併承認の投票が行われる。米国当局は独禁法の観点からは問題なしとの結論を出した為,この投票結果が合併の成否を決定することになる。とはいえ,投票の結果が確定するためには時間がかかりそうだ(まさか先の米国大統領選のような事態にはならないとは思うが)。合併決定後,直ちにHPより新しい製品計画が発表される予定になっているので,できるだけ早くこのコラムでもガートナーの分析をご紹介したい。

[栗原潔ガートナージャパン]