エンタープライズ:コラム 2002/07/15 21:23:00 更新


Gartner Column:第55回 Itanium 2の光と影

7月9日のItanium 2の記者発表会の盛り上がりは正直言っていまひとつだった。ハードウェア製品の発表について言えば、IPFに社運を賭けているHPの登場は当然としても、ほかは日立とNECのみ。ハイエンドのPCサーバに力を入れているはずのIBMとユニシスは、将来的に対応製品を出荷するという意向を表明したに留まった。また、デルは大量の需要が見込めないということから今回は静観の姿勢を取っている。

 7月9日のItanium 2の記者発表会の盛り上がりは正直言っていまひとつだった。ハードウェア製品の発表について言えば、IPFに社運を賭けているHPの登場は当然としても、ほかは日立とNECのみ。ハイエンドのPCサーバに力を入れているはずのIBMとユニシスは、将来的に対応製品を出荷するという意向を表明したに留まった。また、デルは大量の需要が見込めないということから今回は静観の姿勢を取っている。

 会見の最後に記者からの質問がひとつも出なかったことも業界のItanium 2に対する関心がそれほどホットではないことを表していたかもしれない(Itanium 2に関する情報が事前にほとんど公開されており、新味のある情報がほとんどなかったということもあるかもしれないが)。

 ご存知のようにItanium 2が属するプロセッサファミリであるIPF(旧称IA-64)はEPICと呼ばれる新アーキテクチャに基づいており、単純に従来のIA-32プロセッサのアドレスを拡張しただけのものではない。「Explicitly Parallel Instruction Computing」という名称から分かるように、EPICのポイントは、命令の並列処理を明示的にソフトウェアから(正確に言えばコンパイラから)制御できる点にある。

 ハードウェアの複雑性が限界になる将来においても性能向上を維持していくために、インテルとHPはこの新アーキテクチャに賭けた。両社が最終的に賭けに勝つ可能性は高いが、現時点で賭け金を100%回収したと言い切ることもできない。大きな誤算は、当初予定したよりも大幅に開発が遅れてしまった点、そして、IPFのIA-32互換機能の性能が思ったよりも高くなく、現実的にIPFを使用するためにはIPF用に再コンパイルされたソフトウェアの存在が前提となってしまうという点だ。

 つまり、インテルの最大の武器となる既存アプリケーションとのバイナリ互換がフルに生かせなくなったわけである。

 性能面から見ればItanium 2は魅力的ではある。例えば、HPのrx5670(Itanium 2の4ウェイサーバ)によるTPC-Cベンチマークの結果は毎分7万8454トランザクションである。これは、IBM X440(1.6Mhz Xeonの4ウェイサーバ)と比較してみると約20%増しの性能であり、トランザクションあたりの価格で見れば約30%安価である。確かに優れてはいるが、ユーザーの新たなソフトウェアへの移行を促進するほど「劇的」に優れているというほどではない。

 科学技術計算についてはさらに良好だ。コンパイル時に並列実行可能な命令群をパッキングするというEPICの基本的方式は、大量の浮動小数点データを規則的に処理する科学技術計算に本質的に向いている。Itanium 2の科学技術計算能力は現時点でのリーダーであるIBMのPower 4を凌駕している。

 テクノロジーとしては有望ではあるものの、市場環境という点ではItanium 2の課題は多い。それが、最初に挙げた業界盛り上がりのいまひとつの欠如に結びついていると言えるだろう。

 第1に、今、企業は明らかに新しいテクノロジーの導入に慎重になっている。圧倒的なコストパフォーマンスの向上があれば話は別だが、従来と比較して30%程度の価格性能比向上では、安定して稼動している既存の資産を捨ててまで、ただちにIPFに移行しようとする企業は少ないだろう。

 第2にWinodows OSの対応状況である。従来のRISCプロセッサに対するIPFの優位性のひとつにWindowsのサポートがある。UNIX/RISCサーバに相当する高いスケーラビリティをWindowsの世界で実現したいユーザーは多いだろう。しかしながら、マイクロソフトは製品のバージョンアップよりもセキュリティ対策を優先しなければならない状況にあり、64ビット正式対応版となる.NET Sevrerの出荷は遅延している。

 したがって、今、Itanium 2上でWindowsを稼動するためには、Windows Advanced Server Limited Editionが必要となる。「Limited Edition」という名称そのものが、マイクロソフトのIPFに対する準備が完全には整っていないことを表している。

 そして、最後に、ビジネスアプリケーションの不足が挙げられる。今のところ、IPFのサポートに積極的なソフトウェアベンダーは、オラクルやBEAなどのインフラ系ベンダーや科学技術計算アプリケーションのベンダーに限られているようだ。Itanium 2を採用したハードウェアベンダーはみな異口同音に科学技術計算をその主要な用途として推進しているが、これは、皮肉な見方をすればエンタープライズソリューションが不足している状況の裏返しでもある。

 初代Itaniumは新アーキテクチャの実験であり、Itanium 2においてIPFの実用的展開が始まるというのが、インテルのポジションだったわけだが、現時点のItanium 2は科学技術計算向けには魅力的であるものの、ビジネス・コンピューティング向けとして完全に離陸したとは言えないだろう。IPFがソリューションの不足によるハードウェアの需要低下、そしてそれがためのソリューションの不足という悪循環を断ち切るまでには時間を要するだろう。

 おそらくこの状況が大きく変わるのは2003年に次期IPFのコード名Madisonが出荷された後になるだろう。MadisonはItanium 2のシュリンク版であり、ソフトウェアやハードウェアの移行に関する大きな考慮なしにより高い性能を享受できる可能性が高い。例えば、HPのサーバ製品ロードマップでは、superdomeなどのハイエンドサーバへのIPF採用はMadison登場以降という計画になっている。

 将来有望ではあるが、(一部の科学技術計算ユーザー以外は)あわてて導入するほどでもない。これが、現在のItanium 2の評価と言ってよいだろう。

[栗原 潔,ガートナージャパン]