エンタープライズ:ニュース 2002/08/05 23:01:00 更新


「このままでは解決できないITの問題」とは?

「e-ビジネスを支えるITインフラには、これまでどおりのアプローチでは解決できない問題がある。すなわち“複雑さ”だ」(日本IBM東京基礎研究所でエクスプロラトリー・テクノロジーを担当する日高一義氏)。そして、これを解決するために同社が提唱している概念が「オートノミック・コンピューティング(自律コンピューティング)」である。

 日本アイ・ビー・エム(IBM)は8月2日、東京基礎研究所の研究内容に関するマスコミ向け説明会を開催した。

 同研究所は、IBMが全世界で8カ所に設置している基礎研究所の1つで、神奈川県大和市に位置し、現在総勢200名がさまざまな最先端技術の研究に取り組んでいる。中でも音声認識やアクセシビリティ、最近ではWebサービスにおけるセキュリティなどの分野で、高い成果を上げている。

 同研究所を含むIBM基礎研究部門では、将来の製品やサービスに直接反映される技術の開発だけでなく、今後IT業界全体がどのように変化していくか、そこではどういった技術が必要とされるかを見極め、ビジョンを立てる役割も担っている。そのビジョンの中で、1つ避けがたい問題があるというのだ。

「e-ビジネスを支えるITインフラには、これまでどおりのアプローチでは解決できない問題がある。すなわち“複雑さ”だ」(同研究所のエクスプロラトリー・テクノロジー担当、日高一義氏)

 そして、これを解決するために同社が提唱している概念が「オートノミック・コンピューティング(自律コンピューティング)」である。

人手とコストをいくら投下しても……

 同社が言う“複雑さ”の意味を知るには、数年前から企業システムにとって大きな課題となっているTCO(トータル運用コスト)のことを考えれば分かりやすいだろう。

 ハードウェア性能の向上と価格の下落に伴い、IT全体に要する費用のうち、システム導入コストが占める割合は減少してきた。昨今の厳しい経済状況にある企業にとって、人件費を含む運用コストをいかに抑えるかは、至上命題とも言える。

 だが現実はそう簡単にはいかない。企業のビジネスを指させるITシステムは、さまざまなOSやアプリケーション、ミドルウェア、ハードウェアから構成されている。それぞれの設定(パラメータ)まで入れれば、その組み合わせは無数に近い。こうした環境で適切な管理・運用を実現するには、どうしてもスキルのある管理者を当てる必要がある。そうすると自然、コストは膨らんでしまう。

 最近ではシステムにとって不可欠な要素となりつつある信頼性やアベイラビリティ、セキュリティを高めようとすれば、なおさらだ。

 何より問題なのは、「これまでのアプローチでは、いくら人手やコストを投入しても、(複雑性という問題は)どうにも解決できないかもしれない」(日高氏)ことである。つまり、システムが人間の手に負えないレベルにまで複雑化してしまう可能性があるということだ。

 そこで同社が注目し、実現を目指しているのが、オートノミック・コンピューティングである。このアプローチが実現されれば、システムが自ら、自動的に問題を検出し、最適な状態になってくれるという。それも、システムの稼働を止めることなく、調整や再構成を実現できるという。常日頃からシステムの安定稼働に頭を悩ませている管理者にとっては、夢のような話だ。

 なお、オートノミック・コンピューティングは人工知能などとは異なるコンセプトであることに注意が必要だ(両立も可能かもしれないが)。オートノミック・コンピューティングの最大の意義は、人間の自律神経系のように、最適な状態をそれと意識することなく作り出し、維持することにある。

具体的な適用分野

 この具体的な適用例として、同研究所ではストレージや侵入検知システム(IDS)などを考えているという。

 前者では、ユーザーが「このくらいのストレージ容量が、この程度のパフォーマンスで必要だ」と伝えるだけで、マルチベンダーのストレージデバイスやソフトウェアにポリシーが伝えられ、自動的に実行される。漠然とした人間のニーズが、具体的なパラメータやスケジューリング設定のレベルにまで自動的に落とし込まれ、最終的な目的が達成されるという。

 またIDSにオートノミック・コンピューティングが組み込まれれば、ネットワーク上の複数のIDSが、互いにイベント(攻撃の場合もあれば誤検知の場合もある)情報をやり取りし、それらを関連付けて解析を行えるようになる。これは他社でも研究が始まりつつある分野だが、この結果、正確に攻撃を検知するとともに、イベントを統合的に管理でき、高い効果が得られるという。

 さらに、アプリケーションレベルで何らかの問題が発生した際に、エージェントを通じてログをはじめとする関連情報を収集し、ナレッジベースと照らし合わせ、これが一体どのような問題なのかを判断する「自動問題判別システム」の研究も進んでいるという。同社によると、ソフトウェア障害のうち7〜8割は過去に起きた問題の再現だといい、このシステムによって、障害の切り分けおよび解決に要する時間と労力を削減できるという。

 このようにシステム管理者にとっては福音のようなオートノミック・コンピューティングだが、現実のものとなるにはまだ課題がある。その最大の問題は、「ヘテロジニアスな環境でどう(オートノミック・コンピューティングを)実現していくかだ」(日高氏)。

「Windows Updateのように、閉じた世界での単なる自動化ならば実現できている。多様なインフラが混在した環境で、システムが自動的に修復し、最適化できるようにしていくことが重要だ」(同氏)。

関連リンク
▼日本IBM
▼東京基礎研究所

[高橋睦美,ITmedia]