エンタープライズ:コラム 2002/10/15 20:44:00 更新


Gartner Column:第65回 システムの美しさとコラボレーション

今月からGartner Columnは、4人のアナリストによる持ち回りとなった。今週は、エンタープライズアプリケーションとKMを担当されている浅井龍男リサーチディレクターが登場する。「美しくモデル化されていたエンタープライズアプリケーションが混沌とした現実世界に向き合おうとしている」と浅井氏。それが新たな頭痛の種をシステム部門に運んでくるのだという。

 これまで、当コラムは同僚アナリストの栗原が担当していたが、今回から彼に加え、私を含めた数名で執筆させていただくことになった。今後、月1回のペースで、エンタープライズアプリケーションとKM(ナレッジマネジメント)に関連する話題を拾って執筆していきたい。

「道具が発想を規定する」という指摘はある意味で真実なのだろう。筆者は、10月23日から行われる「Gartner Symposium/ITxpo 2002」のプレゼンテーション資料の提出をようやく終えたところなのだが、手書きスケッチからプレゼンテーションを作成する過程で、プレゼンテーション作成ソフトウェアの作図能力に合わせて内容を変更してしまった個所がある。

 意図的にあるいは無意識のうちに道具の能力に合わせて内容を規定しまったのである。また、旧聞に属する話で恐縮なのだが、オブジェクト指向データベースが登場し注目を集めていたころ、RDBMSベンダーのエンジニアが「RDBで表現できない世界はない」と豪語していたことがある。道具であるRDBの枠組みから見えるものだけ「世界」と思い込んでしまっていたのだろう。一歩距離を置くことができれば、視野狭窄に陥っていることに気づきもするのだろうが、道具を使って「世界」と格闘している当事者にしてみれば、距離を置くということ自体が簡単なことではない。

 ERPパッケージに代表されるエンタープライズアプリケーションパッケージにも、これに類するモーメントが存在したようだ。ERPはリレーショナルデータベースを中心とする4GLシステムを出自としており、データモデルとそれへのトランザクションという形で「世界」のモデル化と振る舞いの記述を行ってきた。

 この枠組みから出発すると、ビジネスはトランザクションの連鎖として、そしてビジネスプロセスはトランザクションがどの順番で行われるかを記述したものと見えることになる。このような観点からは、記述の対象とするビジネスの拡大とプロセス表現の精緻化が、最大の差別化要因になってくるはずだ。事実、ERPパッケージ・ベンダーの多くはこの路線をひた走ってきた。

 以上は、2000年ころまでの話だ。

 2000年前後つまり「コラボレーティブ・○○」という表現が多用され始めたころから、ERPベンダー(とまだ呼ぶべきかどうかは議論の余地もある)は、開発の重点を変更し始めた。何が起きたのだろうか?

 それを理解するためにはERPが持つ性格を確認しておくべきだろう。ERPは、「正しい処理」と「正しい判断」を企業に提供するためのシステムという性格を持っている。「正しい処理」は、企業運営の効率を最大化するためのビジネスプロセスのあるべき姿の提示を意味している。2000年までのERPベンダーの動きは主にこの線に沿ったものと言えるだろう。では、「正しい判断」の方はどうだろうか?

 初期のERPは財務的な視点を中心的に据えていた。しかし、ERPやその後継システムがサプライチェーン管理やCRMといった領域に手を広げたことは、財務的な視点だけでは評価できないさまざまな「正しさ」を呼び込むことになってしまった。これがコラボレーション、つまり人間による「正しさ」の調停メカニズムの提供が必須になったことの背景の1つである。このようなコラボレーションは常に企業内に存在しており、ビジネスを実際に駆動させてきたもののはずだ。

 しかし、従来の枠組みから発想してきたエンタープライズアプリケーションベンダーにとっては1つの「発見」だったようだ。そして、この発見はマーケティング的な意味を超えて、エンタープライズアプリケーションの製品機能の見せ方やアーキテクチャを進化させる源となり始めている。

 その果実をユーザーが手にするのは今しばらく先になるかもしれない。しかし、エンタープライズアプリケーションが美しくモデル化された世界から、混沌とした現実世界に向き合おうとしていることは、多くのビジネスユーザーにとっては喜ばしいことだ。ただ、新たな頭痛の種をシステム部門に運んでくる可能性は高いだろう。

 冒頭で触れたガートナーの「Symposium/ITxpo 2002」でお会いできるのを楽しみにしています。

[浅井龍男,ガートナージャパン]