エンタープライズ:コラム 2002/11/25 21:20:00 更新


Gartner Column:第70回「ナレッジマネジメント」とどう付き合うべきか?

膨らむ想像と期待とは裏腹に「ナレッジマネジメント」に成功した会社や部門はそう多くはない。そして、このコラムの主張は「ナレッジマネジメントをしよう」と思うな、というところにある。

 その昔、「受け手の想像力を膨らませるもののがいいコピーだ」と教えてくれた広告業界の友人がいる。その点「ナレッジマネジメント」というコピーは大変優れたものの1つではないだろうか。

 それは、人間の知識活動とその成果物という興味深い対象を扱っていることを端的に示している。エンジニアには究極の情報系システムの道しるべと豊富な技術的話題を提供してくれそうであり、ビジネスサイドには活発なイノベーションへの期待を膨らませてくれる。そして、ポラニーに感謝しなければならないが、暗黙知の共有という大義名分を飲み会に提供してくれさえもする(編集部注:マイケル・ポラニー氏は暗黙知理論の提唱者)。

 しかし、膨らむ想像と期待とは裏腹に「ナレッジマネジメント」に成功した会社や部門はそう多くはない。そして、このコラムの主張は「ナレッジマネジメントをしよう」と思うな、というところにある。

 ガートナーは、生成/獲得/構造化/アクセス/利用の連鎖という知識活動のモデル、コンテンツ、そして人的問題という3大要素でナレッジマネジメント(KM)全体を捉えている。知識活動のモデルに関してはコンテンツの表現技術あるいは知識表現技術に大きなブレークスルーが起きない限り特に変更する必要もないだろう。その意味で、KMの方法論は、ほぼ完成した領域に達していると考えることができそうだ。

 しかし、ユーザーはこのモデルに従ってことを運ぶだけで済む、というわけにはなかなかいかない。ここで、やはり知識処理システムを目指した人工知能(AI)に関する1980年代後半の経験を思い出してみるのも意味があるだろう。

 当時のAIの代表的なソリューションが、エキスパートシステムだ。エキスパートシステムは専門家の知識をシステム上に実現することを目指しており医療やプラント制御などでの応用が考えられていた。LISPやPrologといったAI向け言語や、OPSに代表されるIf-Then形式の知識表現と推論エンジンからなるエキスパートシステム構築用ツールなどが多数登場し、ハードウェアベンダーもシステムバス密結合型のLISPチップを設計するなど現在のKM以上の盛り上がりを見せていた。

 多くのパイロットプロジェクトからの経験は、専門家の知識はかなり暗黙的なものであること、従って専門家からの知識の抽出作業そのものがその領域における専門的知識を要求すること(知識の粘着度が高いあるいは移転コストの高さ)、そして対象領域を絞るほど(コンテクスを限定するほど)構築しやすく判断精度も上がることを示していた(メタ知識を管理する機構によりコンテクストの多様性を導入するアプローチもあったが上位レベルで同じ問題を繰り返すことになった)。

 結局、AIのブームは、こうした知識の粘着度の高さとコンテクスト依存性の高さが大きな障害となり、下火になった(ちなみに、そのときの基礎技術の一部は、もっと控えめな形でWeb上のサービスとして再登場しつつある)。

 エキスパートシステムで明らかになった課題は、そのままKMの世界にも引き継がれていると見た方がいいだろう。知識活動モデルの中の生成/獲得については、あめとムチ方式の人事的な措置によりある程度メドがつく可能性はある。この点、コンサルティング会社でのプラクティスは大いに参考になるだろう。

 しかし、コンテクストの依存性については基本的に解決されていないはずだ。インデックスの自動生成やそれに基づくドキュメントのクラスタリングなどツール面の進化にもかかわらず、KMイニシアティブ全体でみれば、組織に有益な知識(の主題)の定義と設定、変容の促し、破棄というコンテクストの動的な管理はCKO(Chief Knowledge Officer)、あるいはナレッジリーダーと呼ばれる人間の能力に委ねられている。

 問題は、CKOの能力が極めて属人的であり希少な資源だというところにある。そのような希少な資源の育成、あるいは維持に必要なコストを投じ回収できるのは、知識の量と質が企業の付加価値そのものに直結する知識集約的な企業あるいは部門だけだろう。

 普通の企業や部門は専従的なCKOやナレッジリーダーを必要としない範囲、限定され、静的なコンテクスト管理で十分な範囲でKMを考えるべきなのである。つまり、対象とする知識を「営業支援システム」や「○○お助けネットワーク」など具体的な名称を持つシステムで扱える範囲に限定すべきなのだ。

 こうやって見てみると、セールスフォースオートメーション(SFA)やCRMシステムなどは限定したコンテクストを持つKMシステムだと理解できるだろう。そして、KMの方法論を適用することで導入効果を上げることができそうだ、と気づくだろう。

 現状のITの範囲では、「ナレッジマネジメント」という抽象的な問題設定を抽象的なまま扱ってはならないと思う。可能な限り具体的な主題に対してKMの方法論を適応する方が効果的なアプローチだと言える。トップマネジメントがこの機微を理解していれば問題ないのだが、理解していない場合、だれかが想像の翼をたたまねばならない。戦略的IS部門の課題の1つと言えそうだ。

[浅井龍男,ガートナージャパン]