エンタープライズ:コラム 2002/12/03 00:35:00 更新


Gartner Column:第71回 目に見えないITアウトソーシング?

最近目立ってきた大型アウトソーシング契約の多くは、数年後に問題を抱えることになるだろう。原因は、明確かつ適切なSLAを確固たるプロセスとして位置づけて運用していないことにある。契約時点で、取り決めたルーチンをただ単に取り決めた手法で運営していればいいというものではないからだ。

 例を挙げるまでもなく、多くの企業がITアウトソーシングを利用している。中でも、ここ数年は長期かつ大型のアウトソーシングが目立っている。最近開始したばかりのアウトソーシングを論って、やれ失敗するとか成功するとか、断定することは困難だが、敢えて将来を予測するとすれば、これら多くの長期契約アウトソーシングは、数年後には問題を抱えることになるだろう。

 その最たる理由は、これらのアウトソーシング契約のほとんどが、明確かつ適切なSLA(Service Level Agreement)を確固たるプロセスとして位置づけて運用していないことにある。もちろん、何割かの企業においては、SLAを試行錯誤しながらも導入している。しかし、それらのSLAも必ずしも理想的な形での運用に至っているとは言いがたい。

 では、SLAとはそもそも何だろうか。実は、SLAの捉え方自体に大きな問題がある。それは、SLAを契約書に準じる静的なドキュメントとして捉えてしまうことである。

 SLAは、ユーザーとプロバイダー共同の、改善活動を支援するツールであって、いわば動的なプロセス自体を指している。アウトソーシング開始時点で、取り決めたルーチンをただ単に取り決めた手法で運営していればいいというものではない。

 それはなぜだろうか。最も明快な理由は、ITが劇的に進化する一方、契約が相対的に長期だからだ。契約時に定めたルーチンをその時点で考えられる手法や手段で10年、同じことを継続していれば万全、というような業務はITの世界にはまず存在しない。そのようなプロセスはコストパフォーマンスという意味において、数年であっという間に陳腐化してしまうのである。

 つまり、ITアウトソーシングは、そのアウトプットも手法も、必然的に進化が義務付けられている。止まった瞬間にライバルらは先にどんどん行ってしまう。まさに「くじけりゃ、だれかが先に行ってしまう」世界であって、常に一歩一歩前に向かって歩き続けなければならない「水戸黄門」の世界なのだ。

 そのために、SLAの果たす最大の効果は、現状のサービスをマネジメントレベルで可視化すること、すなわち、何をやっているのかを分かりやすく目に見えるようにすることである。

 極論すれば、悪代官の悪行も、町人の善行もすべて明らかにするのである。こうすることで、日々進化する手段としてのITに気を配りつつ、現状のプロセスを常に進化させる可能性を吟味することが可能になる。適切な時期に適切な手法を適応し、過不足なく、業務の生産性自体を長期に渡って改善し続けることこそが、SLAの最大の狙いなのだ。

 ところが、実際には、多くのアウトソーシングにおいて、導入当初の移行期間を除いて、アウトソーシングを開始してしまえば、何となくユーザー側はお役ご免で、もはや安穏として楽できるという誤解が蔓延している。

 現実は過酷だ。アウトソーシングを開始すれば、そのアウトソーシング自体をマネジメントする機能が、新たな工数として発生することを忘れてはならない。この覚悟がなければ、仮にSLAを当初導入したとしても、SLAはプロバイダーにとってのみ、都合の良いように参照されるだけの静的なドキュメントに成り果てるだろう。

 つまり、アウトソーシングによって、社内工数を10減らすことができたとしても、そのアウトソーシングを適切にマネジメントするためには、内部に工数が1程度増加する。すなわち、総体的な工数は決してゼロにはならないということである。この新たに発生する工数を忘れて全機能を外部のアウトソーサーに委ねてしまって、後で問題に直面して、内部にIS部隊を再構築するお粗末な企業も存在する。

 さらにまずいことに、このような企業のIS部隊は、新規案件には対応しても、現状のアウトソーシング自体の改善は好んで対応しようとは思わない。なぜなら、エンドユーザーを騙し騙し実施してきたアウトソーシングの責任は、過去はどうあれ、今はIS部門の責任範疇にあるので、現状の否定に繋がりかねないようなことは、こっそりと調べたいが、公にしたくないのである。

 私はこれまで100社以上の企業とアウトソーシングについてブリーフィングを行ってきたが、ただ1社だけ対話途中で全く唐突に怒りだしたIS部門長がいた。この企業は、やはり全機能アウトソーシングした後、失敗と気づいてIS部門を再設置した企業だった。

 ほかの企業とのブリーフィング同様、単純に現状のアウトソーシングの状態を尋ねただけだったのだが、この部門長は、アウトソーシングは過去の人間が行ったことなので、自分は知らないと言わんばかりだった。そこで、過去の判断ミスはともかく、現在のアウトソーシングを改善することは、現IS部門長の責任である旨を告げたのだが、どうやら、これで臆してしまったらしい。

 このような無責任なIS部門長は少数派だろう。現状を明らかにすることは、だれにとってもある程度の勇気が必要だが、実態を明らかにしなければ、いつまでたっても何もできないのである。現状のサービスとそのレベルを明らかにすることが、正にSLAの狙いなのであって、見えないアウトソーシングを見えるようにして、正しい判断の下、改善し続けなければならないのだ。

[黒須 豊,ガートナージャパン]