エンタープライズ:コラム 2003/01/16 02:49:00 更新


Gartner Column:第75回 緊急時の投資抑制にはブレーキアシストとABSが必要

最近の自動車にはブレーキが適切に効くよう、ブレーキアシストやABSが装備されている。これと同様、企業経営にもそうした役割を果たす組織や人が必要となる。IT投資の抑制というブレーキのタイミングを誤りやすいからだ。

 企業の投資行動を示す比喩として、自動車のアクセルとブレーキが頻繁に登場する。企業戦略を実現するためには、投資、すなわちアクセルが必要である。また同時に、コストを抑えて利益を確保するためには、適宜ブレーキが必要である。

 戦争やテロなどが発生すれば、概して企業経営者にはブレーキを踏み込みたい動機が生じる。しかし、そのようなとき、アクセルやブレーキといったこれまでの比喩は、現代の企業レースが行われるITサーキット場においては、もはや通用しない。とりわけ、急ブレーキには、ブレーキアシストとABS(Anti Lock Brake System)が必要である。

 アクセルとブレーキは、必ずしも適切に機能するとは限らない。特に現在の日本経済情勢は、企業経営者に急ブレーキを踏ませることが多いが、不適切なブレーキ操作は危険である。

 典型的な失敗例としては、ブレーキの踏み込みが甘くて間に合わずに衝突してしまうことや、逆に踏み込み加減を間違えて、いきなりタイヤをロックさせてしまい、スリップさせた挙句に、軌道を外れて大事故などの惨状を目にすることになる。

 このような事態はなぜ起きるのか? それは、ブレーキペダルを踏み込むタイミングがまずかったり、踏み込む加減が不適切だからである。

 企業経営にたとえると、経済情勢が悪くてなっているのに、野放図に投資を継続し続けてしまうことや、ブレーキの踏み込みが弱くて、気がついたら倒産寸前であるとといった具合だ。逆に、一気に投資を止めてしまったために、本来復旧可能であったのに、事業を完全撤退せざるを得なくなる場合や、直接無関係な領域の事業にまで悪影響を与えてしまう場合などが考えられる。

 ブレーキ操作ミスによる危険を回避するために、最近の自動車には、ブレーキアシストとABSが搭載されるようになってきている。前者は、女性のようにとっさの急制動時にブレーキペダルを踏み込む力が弱い運転者を支援する仕組みである。一定以上の強さでブレーキペダルを踏み込むと、自動的に急制動を支援してくれる。一方、ABSは、ブレーキが効き過ぎて、タイヤをロックさせない仕組みである。そのため、いざというときに、安心して思い切りブレーキを踏み込むことができる。

 このようにブレーキ、つまり抑制が求められるときにはとりわけ注意が必要である。企業は、抑制すべきときに、遅延なく、かつ必要量を抑制すべきである。これをさまざまな理由で、ブレーキ踏み込みのタイミングを誤りやすいのである。定期的な評価尺度の把握ができていなかったり、気付いていても、組織的な事情から次回の大規模組織改正まで現プロセスを漫然と継続してしまうなどだ。

 大企業になるほど、ブレーキを踏むのが遅くなりがちであり、勢い急ブレーキになりやすい。コスト削減の目的で、思い切って既存のプロセスを外部リソースに委ねるべきところを、さまざまな理由から渋ってしまい、時期が遅れたり、中途半端なアウトソーシングになるケースがある。また、本来選択的な一部をアウトソーシングして、重要な領域は社内に残すべきところを、慌ててフル・アウトソーシングしてしまうケースなども考えられる。

 つまり、企業はブレーキアシストとABSを持たなければならないのだ。企業には、適切な主要評価尺度を観測しつつ、IT投資の抑制を迅速に判断して実行する体制が求められる。そのために、適切な主要評価の設定、監視、および判断の主体として、IT最高意思決定委員会(または運営委員会)がブレーキアシストの役割を果たすことが必要である。IT最高意思決定委員会は、いざというとき、特別な権限を持ち、投資の抑制戦略を全社的に適確な時期に適確な分だけ徹底しなければならない。

 ただし、タイヤのロックを回避するためにも、リレーションシップマネジャーがABSの役割を果たすことが求められる。リレーションシップマネジャーは、関連部門でどこまで抑制が可能か、逆に、減らしてはいけない領域は何かを見極めて、IT最高意思決定委員会で協議しなければならない。

 その際、リレーションシップマネジャーは、単に部門の利益代表であってはならない。IT最高意思決定委員会とともに、ブレーキアシストとABSを駆使したIT投資の抑制に関して、正に運転者(経営者)を適切に支援することが必要である。

 イラクにおける戦争の発生が予測され、朝鮮半島の緊張も眼下の課題となった2003年。今一度、自社内のブレーキアシストとABSの機能を確認することをお勧めしたい。

最後になりましたが、この度ガートナージャパンを退社して独立することになった。したがって、私がガートナーコラムに登場するのは、これで最後になります。読者と編集のみなさんにお礼申し上げます。また、別の形でお会いできる日を楽しみにしています。

[黒須 豊,ガートナージャパン]