エンタープライズ:コラム 2003/01/21 16:47:00 更新


Gartner Column:第76回 ITプロジェクトの失敗とは具体的に何を意味するのか?

「CRMプロジェクトの半数は失敗する」、ガートナーのプレゼンでしばしば耳にする言葉だが、この「失敗」の定義は何なのだろうか? われわれは、投資に見合うだけの効果が得られていない場合も含めている。ITに対する投資効果は厳しい目で見ることが必要なのだ。

「CRMプロジェクトの半数は失敗する」――ガートナーのプレゼンテーションを聞かれた方であれば、このような衝撃的な発言が頻繁に飛び出すことを知っているだろう。しかし、そもそも、ITプロジェクトが「失敗する」ということの定義は何なのだろうか? それは、人によって異なると言えそうだ。

 何をITプロジェクトの失敗とみなすかについては、大きく分けて、以下のような考え方があるだろう。

1.プロジェクトを完了させることができず、「動かないコンピュータ」の状態となってしまう。

2.何とかカットオーバーはできたものの、納期やコストが予定よりも大幅にオーバーしてしまう。

3.システムは成功裏に稼動したが、業務が以前よりも改悪されてしまった。

4.システムは成功裏に稼動し、業務の効率化も実現できたが、計画段階で期待していた効果を下回った。

 恐らく、一般的な日本企業が考える失敗の定義は1または、せいぜい2ではないだろうか? しかし、ITプロジェクトに投入する資金を経費ではなく、投資とみなすのであれば、3と4も失敗の定義に加えるべきだろう。つまり、投資に見合うだけの効果が得られていないという状況である。

 対外的には成功したことにはなっている、つまり、1や2の状況にはならずに済んだものの、実際詳しく見てみると3ないし4の状況になっているシステムは多いだろう。

 もっとひどい場合は、導入後の効果測定を行っていないというケースもある。さらには、プロジェクトの開始前に、何をもって成功とみなすかを決めていないケースすらある。つまり、システムが納期どおり、かつ予算内に稼動さえすれば、そのプロジェクトは成功という考え方だ。これらのケースは、いわば、IT投資が失敗しているか、いないかも分からないという状況である。

 社内の失敗をあえて声高に宣伝する必要があるのかという声もあると思うが、株式会社であれば株主に対して自社の投資案件の成果を説明する責任がある。いずれにせよ、ITに対する投資効果を今まで以上に厳しい目で見ることが必要だ。

 もちろん、IT投資の効果測定が本質的に難しいのは確かだ。例えば、新しいCRMシステムの導入後に、新規顧客の獲得数が50%向上したとしよう。しかし、これは、実はCRMシステムは何の効果も発揮しておらず、たまたま、同時期に始まったCMのタレントの人気があったことによるものであるかもしれない。

 逆に、CRMシステムの導入をしても顧客が増えなかったとしても、実は、システムを導入しなければ大幅に減ったであろう顧客をCRMシステムの存在が食い止めていたのかもしれないのである(このような場合には、たとえ目標の一部が達成できなかったとしても、このCRMプロジェクトが失敗であったとは言えないだろう)。

 このように、ITの投資効果の測定は本質的にあいまいであり、不確定要素が大きいものである。しかし、正確な測定が困難だからと言って、投資効果の測定をしなければいいかというと全くそんなことない。「You can't manage it, if you can't measure it」(測定できないものが管理できるわけがない)という経営の世界の格言を肝に銘じるべきだろう。多少とも「えいやー」の要素は入っても、何らかの定量的な効果測定は行わなければならない。

 例えば、新規店舗を展開して、採算が取れたかどうかをチェックしない企業はないだろう(もし、そんなどんぶり勘定の企業があったとすれば、その先行きは極めて暗いと言わざるを得ない)。ITに対する投資も全く同じである。

 ガートナーのレポートやプレゼンテーション資料では、失敗という言葉を2、3、4の定義で使い分けていることが多い(1のようなケースは、そもそも問題外ということだ)。先の「CRMプロジェクトの半数が失敗する」という分析も文章上では「CRMプロジェクトの約半数が顧客の期待にこたえることができない」と正確に述べられているということを最後にお断りしておこう。多くの人々の前で講演した経験のある方ならご存じとは思うが、プレゼンテーションでは、聴衆の眠りを覚ますためにインパクトある物言いが必要なこともあるのだ。

[栗原 潔,ガートナージャパン]