エンタープライズ:コラム 2003/04/21 20:10:00 更新


Gartner Column:第89回 ビジネスを記述するということ

「ビジネス」を記述するための手法は幾つか存在しているが、これらで「ビジネス」が記述し切れるかというと、そう簡単な話ではない。基本的には企業内システムを想定して作られてきた手法ばかりだし、「能動的な人間」という要素を無視できないからだ。

 ビジネスプロセスという用語について、オラクルは変更の必要がないくらい成熟した比較的小さな手続きをビジネスプロセスと定義している一方、SAPではかなり規模の大きな手続き群をビジネスプロセスと呼んでいる。あるいはミドルウェアベンダーがアプリケーション統合をビジネスプロセス統合と呼んでいるなど、用法自体がまちまちな状態にある。

 こうしたことは言葉の定義の問題だとして置いておくとして、「ビジネス」がプロセスという形で記述でき、その出来不出来によりビジネスパフォーマンスが影響を受けるとされるほどのインパクトを持っていると説明されていることにもっと不思議を感じてもいいのかしれない。

 例えば、「トレーディングパートナーにまたがるビジネスプロセスを統合することによりエンド・ツー・エンドでビジネス統合を実現します」といったような表現があったとする。私も含めてIT業界の多くの人たちは抵抗感がなくなる程度には訓練されてしまっているけれど、実は結構ややこしいことを言っているはずだ。

 先ず、上記の表現には、2つの前提が含まれている。

  1. 企業の付加価値活動は「ビジネスプロセス」で表現できる
  2. 「ビジネスプロセス」を統合することで複数企業が関与する付加価値活動を実現することができる

 こうした「もっともらしさ」については、慎重な姿勢を取った方がいいだろう。

「ビジネス」を記述するための手法は幾つか存在している。最も古い歴史を持っているのが複式簿記以来の会計的な手法だ。取引記録を基礎にビジネスを管理するもので、特に管理会計手法に関する研究は現在でも1つの学問領域を形成しているくらいに企業管理に占める位置は大きい。

 ITという観点からすれば、会計システムやERPの核となる会計機能は複式簿記や大福帳の末裔と言える。時代劇などで1日の終わりに商家の番頭さん以下何人かがそろばんに向かって締めの作業をしている場面があったりする。今で言う「日次」で締めているということになる。

 伝票や申請書などといった公的文書の流れをトレースすることでビジネスを記述する立場もある。今日的にはワークフローということになるだろうが、これは組織のデザインと意思決定方法に大きな関係を持っているとみていいだろう。

 では、ビジネスをプロセスとして表現することはどのような意味を持っているのだろうか? 仮に、ネットバブル最盛期に一部のe-ビジネス関連企業が主張していたビジネスモデルとそれを実行するオートメーションシステムさえあればオーケーといったような考え方がビジネスをプロセスとして記述することの究極の到達点を垣間見せていたのだとすると、最新のIT用語や生物学的アナロジーが散りばめられていたとしても、プロセスでビジネスを記述する立場は、20世紀初頭の工場や生産ラインの管理方法を生み出したテーラー主義やフォード方式の後継者という意味合いを持っていそうだ。

 会計的手法、ワークフローモデル、プロセスモデル、そしてこれにイベント中心のモデルによる手法を加えると、ビジネスアプリケーションを構築するための主要なアプローチをほぼ挙げたことになるだろう。しかし、これらで「ビジネス」が記述し切れるかというと、そう簡単な話ではないだろうことは直感的にも理解できるはずだ。理由として少なくとも2つ挙げることができるだろう。

 1つ目は、これらが基本的には企業内システムを想定して作られてきた手法であるという点だ。先に挙げた例文の後段、すなわち複数企業が利害調整を行いながら同期するという複雑な現象の記述に、現在成功しているといえるだろうか? 私は、はなはだ懐疑的であるし、ガートナーの北米地区のアナリストも、マルチサイトでのサプライチェーンマネジメント環境は2012年にかけて段階的に成熟していくだろうとみている。

 理由の2つ目として、やはり人間に関する事柄を挙げざるをえないだろう。例えば、SAPがビジネスプロセスだけではなく情報や人も連携させるための製品を提供するというとき、実際に提供される機能はともかく、能動的な人間という要素を何らかの形で取り入れないことにはビジネスシステムのベンダーとしての優位性を維持できないと判断していることを示しているのだろう。私としては、彼らがバリューチェーンの形態やワーキングスタイルについてどのような想定を持っているのか早い時期に知りたいと思っている。

 ちなみに、ガートナーでは、コラボレーションプラットフォームも統合するような次世代ビジネスシステムを「ビジネス・プロセス・ヒュージョン」と呼び始めているのだが、その議論は緒についたばかりであると言ってしまってもいいだろう。

[浅井龍男,ガートナージャパン]