エンタープライズ:コラム 2003/06/10 15:18:00 更新


Gartner Column:第96回 OracleやHPによるM&Aは健全か?

先週突然舞い込んだOracleによるPeopleSoftの買収提案には業界全体が驚かされた。HPによるCompaq買収もそうだったが、M&A本来の補完と強化という目的からは程遠いし、IT業界における大企業同士のM&Aで大きな成功を収めた事例はほどんど記憶にない。

 ここ数年、深刻な経済不況が、さまざまな業界で大きな合併を幾つも引き起こしてきた。ただ多くが生き残るための最終的な手段としての合併や買収である。

 特に、リストラの正当化を目的とした合併、競合他社を消去するための敵対的買収などは、顧客へのメリットや収益の拡大を目指した健全なビジネス戦略の位置付けにあるとは言い難い。日本企業の例で見られる、規模を大きくすることで破綻した場合の影響を大きくし、国からの援助を期待するための合併など、健全なビジネス戦略とは程遠いものである。

 これらの合併や買収はすべて、市場のパイが小さくなったことにより、プレーヤーの数を減らすことで過当競争を避けたり、無駄を省くためのリストラを正当化するために行ったものであり、生き残りを賭けたぎりぎりの選択であった。

 IT業界でもここのところ大きな合併や買収が後を絶たない。最近の目立ったM&A(Merger & Acquisition)では、Hewlet-Packard(HP)によるCompaqの買収があり、そのCompaqも数年前はTandemやDigital Equipment(DEC)を買収している。そして、先週伝えられたオラクルによるピープルソフトの買収提案なども多くの関係者を驚かせた。

 少し基本に立ち戻って、健全なM&A、すなわち、ビジネスパフォーマンス(売り上げや利益、売上利益率やROE、ROAなど)を向上させるためのM&Aとはどのようなものであるのか少し整理してみよう。

 M&Aとは、戦略的提携(Strategic Alliances)の究極の段階にあるものと考えていいであろう。戦略的提携には、直接的な資本の移動を伴わないコンソーシアムや、販売提携、技術提携などの業務提携と、資本の大きな移動を伴うジョイントベンチャーや事業・業務単位のM&Aが挙げられる。これらに共通する目的は、「互いの資源を相互に提供することを通して、ケイパビリティの補完や強化を実現し、競合他社に比較優位を作りだし、互いに経済的利益を共有すること」である。その経済的利益というのは、コストの削減と経営のスピードアップによるビジネスパフォーマンスの向上である。

 そして戦略的提携の究極の段階にあるのが企業単位のM&Aであり、最も大きな資本移動を伴うため、リスクは大きいものの、成功したときの便益も最大となる。

 今となっては古い話になるが、まずCompaqによるTandemやDECの買収はどのような目的を持つものであったか振り返ってみよう。Tandemはフォールトラレントな大型サーバ技術に強みを持っており、その技術を買収することで、当初は中小型のIAサーバ事業しか展開していなかったCompaqの弱みを補完する目的を持っていた。

 DECの買収は、Compaqが弱みとしていた中・大型サーバの直販営業力やUNIXとWindows NTのインテグレーション力を補強する目的があった。これらの買収は、Compaqがエンタープライズサーバ市場に本格参入し、ビジネスを拡大するために行ったものである。

 その意味で、成功の有無はさておき、少なくともCompaqが行ったM&Aは、相互的な経済的利益の共有とは言えなくても、純粋にビジネスを拡大するために行ったもので、それなりに健全なものであったと言っていいだろう。

 それではHPによるCompaqの買収はどうか。

 これは見方によっては、合理化とビジネス拡大の両方の意図があったようにも見えるが、どちらかというと、両社が、Dellのような強力なライバルの出現や、サーバ市場そのものに継続的な拡大が見込めなくなったことから、生き残りを賭けての究極の選択であったと見ることもできる。日本における銀行同士の合併よりは幾分戦略的であるが、近いものがあったように思える。

 では、OracleによるPeopleSoftの買収はどうか。まだ案でしかなく、実現性に問題もありそうだが、PeopleSoftのJ.D. Edwardsの買収発表直後に行われた声明でもあり、純粋に、Oracle自身のビジネスの補完や強化を目的とした買収ではないだろう。

 M&Aは大きな資本移動を伴うものであり、成功したときの便益も大きい代わりに、リスクも大きいため、慎重な判断が必要である。IT業界における大企業同士のM&Aで大きな成功を収めた事例はほどんど記憶にない。

 M&Aで注意すべき点は、

  1. 合併や買収相手のビジネス資源が、相互補完・補強関係にあるものかどうか、重複部分は合理化を実現できるものか
  2. 相互のビジネス文化に共通する部分はあるのか、また文化の違いによるデメリットを勝る経済的メリットがあるのか、文化の違いを吸収する体制が整っているのか(多くのM&Aはこの文化の違いが大きなネックとなり成功していない)
  3. その合併や買収が、株主だけでなく、顧客に十分な利益を提供できるものなのか

 特に3番目が最も重要で、M&Aはこれらを十分吟味した上で実行に移すべきである。買収や合併したことが原因で、ビジネスを後退させてしまった例は幾つもあることを十分理解しなければならない。

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[片山博之,ガートナージャパン]