エンタープライズ:コラム | 2003/06/16 19:56:00 更新 |
Gartner Column:第97回 優秀なUNIXプログラマー求む(ただし、経験者不可)
かつてUNIX互換のOSを開発しようとしていたOSFが、AT&TのSystem Vでの開発の経験がないプログラマーを募集したことがある。SCOがIBMに対して行った訴訟は、長期的に見れば、クリーンルーム的な開発によるLinuxの既存知的財産権の排除を進め、さらに商用UNIXからLinuxへの移行を加速するだろう。
謎掛けのようなタイトルの種明かしをすると10年ほど前に筆者が米国留学中に学内の掲示板に張られていたOSF(Open Software Foundation:現在のOpen Group)の求人広告である。当時、OSFは、AT&Tの既存の権利に抵触しないUNIX互換のOSであるOSF/1を開発しようとしていた。その開発要員の条件としてAT&TのSystem Vでの開発の経験がないことを求めていたのである。
UNIXに関するAT&Tの著作権を侵害することなくUNIX互換のOSを構築するためは、System Vのソースコードを絶対に見たことがないプログラマーが、外部公開された資料のみをベースに開発することが必要ということなのである(いわゆるクリーンルーム開発と呼ばれるアプローチである)。
なぜこのような話を急にしたかというと、言うまでもなくSCO Groupによる最近のドラスティックな動きである。報道から判断する限り、SCOがIBMに対して行った訴訟はUNIXに関する著作権や特許ではなく、不正競争防止法違反と両社の契約違反に基づいたもののようだ。
しかし、同時に、SCOはIBMが和解しない場合には、AIXに対するUNIXの著作権ライセンス契約を取り消すと圧力をかけた。
SystemV対OSF/1(OSF/1そのものが立ち消え)、System V対BSD(BSDを修正することで解決)など、UNIXの著作権に関する係争はもう遥か昔の話だと思っていたので、今さら、このような話が話題の中心になること自体、少し予想の範囲外ではあった。今年1月から、SCO Groupは、対Microsoft独禁法訴訟での司法省側の弁護士であったデビッド・ボイズ氏を顧問弁護士として雇い、UNIXの知的財産権行使の姿勢を強化するという意思表示を行ってはいたが、まさかこれほどまでに極端な行動を取るとは思わなかったのである。
SCOのIBMに対する訴訟そのものの行く末をこの場で予測することは避けたい。あまりにも水面下の動きが多いし、そもそも法律上の争いというのは往々にして常識では予期できない結果となり得るからである。しかし、長期的に見れば、クリーンルーム的な開発によるLinuxの既存知的財産権の排除が急速に進んでいくであろうということ、そして、商用UNIXからLinuxへの移行が加速されるということが言えるのではないだろうか。
SCOの行為によりLinuxの普及が阻害されるというシナリオは考えにくい。なぜならば、商用OSにおいても知的財産権侵害のリスクはあるのであり、万一、そうなった場合の迅速な代替案の提供がオープンソース開発の場合よりも困難となる可能性が高いからである。
オープンソースの世界では、既存の知的財産権との抵触を避けるためにコミュニティーが代替テクノロジーを迅速に開発してきた例は今までにもある。最もよく知られているのはUnisysが特許を有するイメージ圧縮フォーマットであるGIFの使用を回避するために開発された代替テクノロジーのPNGの例でであろう。
SCO Groupといっても会社的には旧Caldera Systemsである。2000年8月にCaldera SystemsがSCOのUNIX事業を買収(SCOの残りの事業はTarantella社と改名)、その後の2002年8月にSCO Groupに名称変更している。主流Linuxディストリビューターの一つとして、Microsoftの支配を排除すべく、オープンソースムーブメントの一翼を担っていたCalderaが、ある意味オープンソースの精神とは相反するソフトウェアの知的所有権を盾にMicrosoftよりも強引な策略を取っているのを見ると複雑な思いがある(とはいえ、今回の主役とも言えるSCO Groupのダール・マクブライドCEOは元々のSCO側の人間であり、Linuxを推進していた当時のCalderaの主要社員はもうSCO Groupには属していないようではあるが)。
もう一つこの事件から確実に予測できることがあるとするならば、今後、ITの世界、特にソフトウェアの世界でこのような知的財産権にかかわる争議がますます増えてくるであろうということだ。今、全世界の知的財産権に関するすう勢は「プロパテント主義」、つまり、権利者側に有利となるような政策が取られる方向にあるからである。
次回も、ソフトウェアに関する知的財産権の問題について、幾つか筆者なりの考え方を述べていく。その時までには、SCOの問題もある程度は片付いているかもしれない(あるいは、もっとややこしい状況になっているかもしれない)。
ところで、ZDNet/USAの報道によれば、SCOは問題個所をガートナーのアナリストに提示したということだが、筆者は、少なくとも現時点では見ていないため、この件についての問い合わせがあっても答えられないので申し添えておきます(念のため)。
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[栗原 潔,ガートナージャパン]