エンタープライズ:ニュース 2003/07/03 14:58:00 更新


スパム防止技術に「視覚障害者も締め出し」の批判

ボットのメールアカウント登録を避けるため、ISPでは登録者が人間であることを確認するテストの導入が増えている。だがこうしたテストは文字を使っているため、視覚障害者が利用できないとの批判が。

 電子メールの乱用を防ぐ手法がますます人気を集めているが、それが視覚障害を持つ一部のインターネットユーザーに不満をもたらしている。これをきっかけに、スパム反対派と障害者支援課の間に衝突が起きている。

 最近、多くの企業がユーザーに認証テストを行わせ、これに通った場合のみ自社サービスへのアクセスを認めるようになっている。このテストは通常、Webフォームに表示されたいくつかの文字を入力させるというもので、この文字はコンピュータやソフトウェアロボットに認識されたり、コピーされたりしないよう偽装が施されている。この手法は、ソフトウェアボットがスパム送信のためにWebベースの電子メールアカウントを取得したり、オンラインデータベースから電子メールアドレスを収集することを防ごうとするもので、大手Web企業のYahoo!、Microsoft、VeriSignなどで採用されている。

 この手法は迷惑メール対策として高い評価を得ているが、視覚障害を持つWebサーファーの利用を妨げるようにもなっており、視覚障害者支援団体の怒りを買っている。この事態を受けて、Web標準化団体は代替策に取り組み、また法務専門家は、こうした手法が原因で、企業が米障害者法(ADA)の下で訴訟を起こされる可能性があると警告している。

 「これらの企業は、ユーザー全体への影響をよく考えずに技術アイデアに飛びついているようだ」と米国視覚障害者協会(AFB)の技術研究開発ディレクター、ジャニーナ・サジカ氏。「こうしたシステムは、向こう側に人間がいるのかどうかをテストするものだと主張しているが、人間の特定の能力をテストする技術でしかない。その能力を持たない人ははじき出されてしまう。これは本当に不当だ」

 人間と機械を識別するテストへの取り組みは数十年前から行われている。その中で最も有名なのは、英国の数学者で、第2次世界大戦中に暗号「Enigma」を解読したアラン・チューリングが1950年に考案したものだ。チューリングの理論は、機械が質問者をだまして人間を相手にしていると思い込ませることができれば、その機械に「知能がある」と判断するというもので、これは物議を醸した。

 視覚的な認証テストは、ある意味この理論を覆すもので、たいていの人間なら簡単にできる作業ができないことが機械であると判断される基準になる。

 視覚的なテストの利用は増えており、Yahoo!では数週間前からメールサービスの利用者にこの種のテストを実施している。その背景には、インターネットサービスプロバイダー(ISP)などの企業がスパム問題を認め、これまでになくその対策に力を入れているという事情がある。今年に入ってから、訴訟、法律、技術の面でスパム対策は急速に、活発に進んでいる。

 こうしたテストを導入している企業は、この手法は成功だとしている。Microsoftは先月、このテストを導入してから、電子メールアカウントの登録を20%削減できたことを明らかにした。

 またVeriSignは、Webアドレスとその登録者を記録したWhoISデータベースへの自動問い合わせを防ぐために、この手法を利用している。これには、ボットがスパムの送り先を見つけるために、データベースから情報を収集するのを阻止する狙いもある。

 視覚的な認証テストを採用しているWebサイトの中には、視覚障害者向けに代替策を用意しているところもある(用意していないサイトもある)。だが、今ある代替策は完ぺきではないし、広く採用されているわけでもない。

 先に挙げた、Webサイトで視覚的な認証テストを採用している3社の中で、視覚障害者のための代替手段を提供していないのはVeriSignだけだ。同社にコメントを求めたが、返答は得られなかった。

 MicrosoftのHotmailサービスでは、視覚的なテストの代替として、音声による認証テストが提供されている。代替テストでは、文字がグラフィックファイルで表示される代わりに、読み上げられる。しかしこの音声ファイルは、コンピュータが認識できないように意図的にゆがみが加えられている。これをCNET News.comの聴力の良い4人の記者に聞かせたところ、全員が聞き取りにくいと答えた。

 Microsoftは、音声による代替テストを見直す意向だとしつつも、同社のアクセシビリティへの取り組み全般については擁護している。

 同社の担当者は電子メールで次のように述べている。「当社はアクセシビリティソリューションを模索し、進化させており、これを10年以上前から製品に統合している。そしてこの分野に責任を持って真剣に取り組んでいる。当社はアクセシビリティの高い技術の開発において、業界全体の水準を向上させることに力を注いでいる」

 同社は視覚障害者のためのリソースと製品を列記したWebページを設置している。

 Yahoo!は、視覚的な認証テストが見えないという人に、そうした人のためのWebフォームへの記入を認めている。同社はこのフォームを24時間以内に処理すると約束している。しかし、この代替策は処理が遅い上に、すべてのYahoo!登録サービスで利用できるわけではない。例えば、Yahoo!のインスタントメッセージング(IM)アプリケーションを介して新規IDを取得する場合にはこのフォームは使えない。

 Yahoo!は、現在Yahoo! Messengerのカスタマーサポートオプションに取り組んでおり、次のバージョンにこれを追加する計画だとしている。IM Webサイトから登録する場合はこのオプションを利用できると同社は言い添えた。

訴訟に発展する可能性も

 視覚的なテストの人気が高まっていること、現行の代替策が利用しにくいことに視覚障害者支援団体は不満を訴えている。これを受けてWorld Wide Web Consortium(W3C)のWeb Accessibility Initiative(WAI)内の作業部会が、代替策を標準化するための話し合いを開始した。

 現在はWAIの2つの作業部会が、視覚障害者に優しいボット対策を設計するためのWebサイト向け指針について議論しているところだ。WAIは年内に作成される「Web Accessibility Guidelines」のバージョン2.0の次の作業草案で、この問題に対処する考え。これまでの作業草案では、この問題は取り上げられていない。

 「視覚的な認証テストが問うているのは、相手が視覚障害を持たない人間であるかどうかだ――たとえ、そのテストを採用している組織にそうした意図がなくてもだ」とWAIのディレクター、ジュディ・ブルーワー氏は語る。「この問題は数年前から認識されていたし、私は当団体がこの問題へのさまざまな苦情を受け取っていることも知っている。しかし、これは必ずしも簡単に解決できる問題ではない」

 ブルーワー氏は、WAIがどんな代替策を議論しているかについては、詳細を明かさなかった。

 自身も視覚障害を持つAFBのサジカ氏は、視覚的な認証テストは全盲ではない視覚障害者にとっても問題になっていると強調する。こうしたテストでよく使われる偽装を施された文字は、色盲の人には見分けが付かないことが多く、また明暗の識別に問題を抱える人も認識できないという。

 サジカ氏は、こうしたテストを導入している企業に対し、差別訴訟を起こす可能性も示している。

 昨年10月、米障害者法(ADA)はWebサイトには適用されないとの判決が下され(10月22日の記事参照)、また5月15日には米連邦裁判所が、Webサイトは連邦市民権法で定められた「公共施設」ではないとの判決を下した。サジカ氏はこれらの判決を踏まえて、視覚的な認証テストの導入企業を訴えるのなら、障害者に対するアクセシビリティを義務付ける法律の可決を連邦議会に求めなくてはならないかもしれないと認めている。

 「業界は規制を避けたいと考えている。それならば、この種の問題にしっかり取り組むのが得策だろう。連邦議会や法廷に訴えざるを得なくなるよりも、業界が責任を自覚してくれたらと思っている。技術は日常生活に深く根付いている。クールなアイデアだからというだけでは、正しいことをしていることにはならない」

 しかし、差別訴訟の経験豊富なある弁護士は、Web企業は昨年10月の判決だけを理由に、自分にはADAは適用されないと考えない方がいいとしている。この判決は、フロリダ州南地区連邦地裁の「Access Nowおよびロバート・ガムスン氏対Southwest航空」訴訟で下された。

 「これに関して、Webサイトが視覚障害を持ったビジターに便宜を図らざるを得なくなることはほぼ確実だろう」とKaye Scholerのパートナー弁護士で、元司法省市民権局副局長のケリー・スキャンロン氏は語っている。

 スキャンロン氏はSouthwest航空の裁判で原告が控訴したことと、「ADAはインターネットに適用される」との見方を示唆したリチャード・ポスナー判事の発言を指摘し、最終的に地裁の判決が覆されるだろうと予測している。

 「ADAがインターネットに適用されないという見解を、最終的に裁判所が支持するとは思えない。インターネットが今日商業において果たしている役割を考えると、米国の5000万人の障害者を守るために可決された法律が、インターネットに適用されないとの判断を裁判所が下すことはないだろう」(同氏)

 1人のスパム反対派は、視覚的な認証テストを導入している企業を擁護して、こうしたテストは増加するスパム送信マシンに対抗する上で欠かせない武器だとしている。

 SpamCon Foundationのプレジデント、ローラ・アトキンス氏は次のように語っている。「ユーザーが電子メールを使用する能力に制限をかければ、電子メールの通信媒体としての利便性は低下する。表面的にはいいこととは思えないが、メールの乱用が盛んに行われているため(ISPは)そうしなくてはならない。こうした対策を導入しているサイトはすべて、視覚障害者が登録するための代替策を提供するべきだ。しかし、メールの乱用を最小限に抑える対策を取っているからという理由で、ISPを非難することはできない」

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[ITmedia]