エンタープライズ:コラム 2003/08/11 20:09:00 更新


Gartner Column:第105回 ユーザーにとって複雑になりすぎたIT

運用管理上の課題として「システム要員不足とスキル不足」が急浮上している。アウトソーシングサービスに対する潜在需要とみることもできるが、逆にベンダーが繰り出すコンセプトばかりの発表に多くのユーザー企業がキャッチアップできていないということでもある。

 日本のユーザー企業の情報システム部門において、情報システムを運用管理する上で最も重要だと思う課題を2つまで自由に回答してもらったところ、最も回答率が高かったのは「システム要員不足とスキル不足」であった。2001年と2002年の同時期にも同様の調査をしてきたが、2003年は回答率が10ポイント以上増えた格好だ。これは何を意味するのだろうか。

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 この結果について単純な見方をすると、ベンダーにとってはアウトソーシングサービスに対する潜在需要の大きさを表していることになる。最も重要な課題を2つまでしか回答させない調査方法を取っているので、この課題はユーザー企業にとって切実な課題だと考えていいだろう。

 そうなれば、幅広いITの知識や運用ノウハウを持つベンダーにとっては、多くの市場機会が存在することになる。この課題に対する回答率は、企業規模によってもそれほど大きな差はなく、1000人以上の規模の企業でも3割がこの課題を最重要課題として回答している。先進技術の必要な「セキュリティ管理」や、付加的あるいは新規のシステム需要と同義の「既存システムの再構築・更新」を挙げたユーザーも4社に1社が回答しており、ベンダーにとってはうれしいことばかりだ。

 上の図に対するもう1つの見方は、インターネットの普及と、ベンダーによる新しい技術やITコンセプトの矢継ぎ早の創出に対する影響である。すなわち、ベンダーは需要喚起のために、新しい技術やITに関するコンセプトを次から次へと発表してきたが、多くのユーザー企業がそれにキャッチアップできていないということである。

 少し前に遡れば、EC(電子商取引)、ERP(統合業務パッケージ)、CRM(顧客関係性管理)など、実際の業務とITを結びつけることでIT需要を喚起する技術、製品、コンセプトが次々に登場し、IT投資は活発化した。これらの技術やコンセプトは比較的明確で、具体的なビジネス効果(コスト削減や売り上げ増大など)に期待するユーザーも多く、業務プロセスを根本から見直したい、あるいはITで顧客との関係を強化したいと考える先進企業は真っ先に飛びついた。そしてコンセプトの認知度も高まり、4年前には75%のユーザーが「知らないと答えたCRMも、2003年3月時点では「知らない」と答えたユーザーは20%近くにまで減少している。

 しかし、これらを思惑通りに導入し、期待通りの効果を出すことができたユーザーはそれほど多くはなかった。効果を出すには、1. ユーザーにおける経営上の周到な準備はもちろんのこと、2. 効率良く導入し運用するためにはシステムインフラの整備も必要で、3. 加えて、実際にどれほどの効果があったのかを測定する手法も必要だからだ。

 インフラ技術に関しては、ここ1〜2年で新しいコンセプトや技術が幾つか登場した。自立型コンピューティング(ガートナーでは同義のコンセプトをRTI:Real Time Infrastructureと呼ぶ)やWebサービス、アプリケーション連携のためのEAI(Enterprise Application Integration)やBPM(Business Process Management)などだ。

 ただこれらは、ECやCRMのように具体的な業務と直接結びつけるものではなく、技術的な要件も幅広く、まだまだ抽象的な内容も内包している。そうなると、一般ユーザーが十分に理解し、効率的・効果的に実装するには、それなりの幅広い技術知識が要求される。さらにそのコンセプトの内容や名称も、提供するベンダーによって異なる場合もあり、ユーザーを混乱させている。RTIがその典型だろう。

 このように、ベンダーが新たな需要の喚起を促そうと次のステップとしてのコンセプトや技術を創出したものの、それが一般ユーザーにとっては抽象的で分かり難いものとなっていることが、「システム要員のスキル不足」を情報システム部門にとって最も重要な課題にしてしまった大きな原因の一つであろう。

 ガートナーとしては、IT有効活用のための理想的な課題として、「ITと経営の融合」「運用アウトソーシング」「データやアプリケーションの連携」「投資効果の測定手法の開発」などを挙げているのだが、一般ユーザーの中でこれらの課題を最重要課題として挙げたユーザーは多くない(上の図を参照)。一般ユーザーとしての最重要課題は、やはり目先の運用管理上の課題を回答するユーザーが圧倒的に多いのだ。

 ベンダーは、業界のリーダシップを取るための理想論を追いかけるのであれば、できるだけ多くの具体性を持たせた分りやすいコンセプトを提案する必要があると同時に、一歩立ち止まって、一般ユーザーのための現実的なソリューション提供戦略も考える必要があるだろう。少なくとも、先進ユーザーよりも一般ユーザーの方が圧倒的に数は多いのだ。

[片山博之,ガートナージャパン]