エンタープライズ:コラム 2003/09/01 21:36:00 更新


Gartner Column:第108回 日本企業のIT投資は減退気味だが投資額はどうやって決まる?

日本企業の2003年度IT総予算額は、2001年度から2002年度にかけてとほぼ同じ微減傾向。2年連続の減少は1995年の調査以来初めて。企業ユーザーのIT投資額を決定する基準は何であろうか。

 2003年3-4月のユーザー調査によると、日本企業の2003年度IT総予算額の増減率平均(前年度比)はマイナス1.3%、回答企業の総額比較ではマイナス0.3%となった。2001-2002年度とほぼ同じ微減傾向であり、2年連続の減少は1995年からの調査以来初めてだ。このようにIT投資抑制傾向が強まる中で、企業ユーザーのIT投資額を決定する基準は何であろうか。

 景気の回復は、種々の政府統計の数値を見ると幾らかは回復傾向にあるようだが(2003年4-6月期の前期比GDP成長率は、実質でプラス0.6%、名目でプラス0.1%:2003年8月12日内閣府発表、ただし、1-3月期は名目でマイナス0.2%)、まだまだ先行きが不透明な状態だ。米国の景気も上向き気味であるが日本に大きな影響をもたらすほどではないだろう。

 そのような中で、ITの投資効果が明確でない分野の投資には、ユーザーも慎重にならざるを得ないのは明らかだ。実際に、下の図のように、IT投資額の決定指標として、「新規ITの投資効果」を真っ先に挙げる企業ユーザーは半数以上であった。

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 このグラフは、約1000社の企業ユーザーにIT投資額あるいは増減率を決定する際の基準となる項目を上位5つまで選択してもらった結果である。この結果を大きく分類すると次のようになる。

 半数以上の選択率があったのは上述の通り「新規ITの投資効果」であった。次が投資の元となるキャッシュの大きさと同義の利益額関連、次が景気や規制など主に外部環境に依存する指標、そして選択率は13%と少ないが、費用対効果の数値化測定が不可欠となる「新規ITの投資回収期間」であった。

 もう少しこのグラフを細かく分析してみよう。「新規ITの投資効果」を重視する企業には、経営戦略上ITを重視する企業が多く、その投資決定指標としての選択率は、ITを経営戦略上重視していない企業の約2倍だ(それぞれ、67%と35%)。

 外部環境である「景気動向」の選択率も、ITを経営戦略上重視する企業はそうでない企業の半分(それぞれ14%と27%)であり、企業としてのIT投資の経営戦略上の位置付けによって、投資決定指標も変化するというのがよく分かる。ITを経営戦略上重視していない企業では、外部環境に左右されやすく、IT投資を経費として扱う企業が多いということだ。そして日本では、ITを経営戦略上あまり重視してない企業もまだまだ多いというのが実状だ。

 さて、日本の企業には欧米と比べて「横並び」という意思決定要素が強いという論調がよく聞かれる。グラフを見ても5社に1社が「同業他社のIT投資動向」を投資決定指標として選択している。

 ガートナーのクライアントにも同業他社のIT投資動向を気にする企業は多く、同じ業種あるいは同じ規模における企業の、IT投資額や年商比率に対する調査依頼も少なくない。IT投資の具体的なビジネス効果(費用を上回る効果)さえあれば、同業他社のIT投資規模など、本来は気にする必要はないはずだ。とりあえず導入はしたが投資効果が出た感じがしない、あるいは投資効果を測定できない、というのが主な理由であろう。

 それを裏付けるのが、グラフにおける「新規IT投資回収期間」に対する選択率の少なさだ。さらに、IT投資の費用対効果を測定できると答えた企業は、わずか4%しかないという調査結果も存在する(2002年8月調査:n=908)。

 一方、「同業他社のIT投資動向」を重視する傾向は、業種によっても大きな違いがある。「金融業(回答企業の9割が地方銀行や信用金庫であるが)」では、全体の20%という選択率に対し、56%がこの指標を選択しているのだ。ほかのすべての業種で「新規ITの投資効果」が最も選択率が高いのに、「金融業」においてだけは、「同業他社のIT投資動向」で最も選択率が高くなっていた。この業界では明らかに横並び傾向が強いようだ。

 ただ、「金融業」がITを経営戦略上重視していないわけではなく、この業種では業務のシステム化が他業種に比べて遥かに進んでおり、その結果、IT投資が競争優位をもたらすものというより、なければ(他社より投資が少なくなりすぎると)遅れを取るという、競争必要性が強くなっているためだと分析している。

 競争優位獲得が期待できそうだという思い込みだけで、新しい分野に投資するにはリスクが大きい。IT投資決定指標として、「新規IT投資の効果」の選択率が最も高い一方で、「新規ITの投資回収期間」の選択率が少ないことと、費用対効果測定手法を持つ企業が極めて少ないという事実からも、経営戦略に基づいた慎重な投資判断よりも、期待による投資が多いことを物語っている。

 景気が不透明な中でのIT投資は、いかに既存の資産を生かしてビジネス効果を上げるか、システムの運用管理をいかに効率良く実行するかに焦点を絞る一方で、新規投資に対しては、投資効果が明確な分野のみに絞るべきであろう。その明確性を証明するためにはIT投資効果を数値的に評価するための手法の開発が不可欠だ。

 ガートナーでは、そのための手法としてTVO(Total Value of Opportunity)という手法も提供しているので、ご興味のある方は次のアドレスまでご一報頂ければと思う(hiroyuki.katayama@gartner.com)。

[片山博之,ガートナージャパン]