エンタープライズ:コラム 2003/10/07 23:47:00 更新


Gartner Column:第113回 ユーザーの復権──情報システムの主役はだれなのか?

企業におけるITの話題は、ERPに代表されるような業務や管理を目的とするシステムに関するものが中心になっている。しかし、エンドユーザーコンピューティングの背景にあったユーザー中心的な見方が消えてしまったわけではない。

 ERPが典型例なのだが、ほとんどのエンタープライズアプリケーションはエグゼクティブとマネジャーのためのシステムだと言っていいはずだ。彼らが頭脳だとすれば、エンプロイーはその手足といった位置付けになる。そこでは、エンプロイーは、マネジャーやエンタープライズアプリケーションが定義したり提供したりするビジネスプロセスを実行することだけを期待されている。ベルトコンベヤがビジネスプロセスに置き換わり、ハンマーがポータルに変わっているとしても、それでは、旧態依然としたテイラー主義的な工場に雇われているブルーカラーの姿とさほど変わらないのではないだろうか。

 では、上の文章の言葉を、エグゼクティブは経営陣に、マネジャーは管理職に、エンプロイーを従業員という具合にカタカナの役職名を日本語の役職名に置き換えてみるとどうだろうか? そこに感じる違和感は、恐らく企業と管理職と従業員の振る舞いや相互に期待しているものなどが、少なくとも現時点では日米で異なっていることの反映だと考えることができるだろう。

 一つの例として、ナレッジワーカー/知識労働者の厚みといったものに目を向けてみるのも面白いだろう。ナレッジワーカーのおおよその定義は、自律的判断の下で外部に働きかけ、結果について応分の責任を取るといったものである。少なくとも筆者にとっては、それほどナレッジワーカーが希少な存在だとは思えない。日本企業では、ここで言うナレッジワーカーに非常に近い属性を持っている従業員が、相当の厚みで帰属しているからだ。

 そのことは例えば、個人的には親切で気も働く米国の人たちが、コールセンターのエンプロイーなり、エージェントなりになった瞬間に腹立たしい人種になってしまうのに対して、日本企業の顧客サポートは過剰なほどの気配りを見せることなどからも分かる。

 もとより企業活動である以上、有形無形の資産が生み出す経済的付加価値の最大化という要求にこたえる必要があるはずだし、日本企業はこの点でマネジメントの弱さを示してきたと指摘されているし、確かにERPなどの管理システムやCRMの実行系システムの導入などで内部プロセスのさらなる効率化が行われる必要がある部分だろう。

 しかし、ここに来て潮目が変わってきているのでないだろうか?

 それは例えば、リレーショナルデータベース技術をコアにハードなERPパッケージを構築してきたSAPのようなベンダーが、コンポーネント技術ベースのアーキテクチャに移行することで、データモデルの厳密性と柔軟なアプリケーション構成とビジネスプロセスの動的構成を併せて提供しようとする方向に向かい始めたり、ポータルに見られるように従業員やチームの文脈を反映させたコンピュータリソースのプレゼンテーションを実現しようとする流れが強くなってきたり、さらには、コンピュータと人間の相互作用を議論するHCI(Human Computer Interaction)などの動きが再度注目されたりするなどの動きを通じて感じることができる。

 エンドユーザーコンピューティングがWebサービス時代に向けて復権しようとしていると言ってもいいだろうし、サービスオリエンティッドアーキテクチャ(SOA)が必要とするプレゼンテーションレイヤの姿を模索する動きが始まったと言ってもいいだろう。

 筆者の個人的な期待は、これらの動きが、無形資産としての知識や経験が再評価を加速させ、ビジネスアプリケーションが、企業の付加価値活動への従業員の関与を深める方向に進化していくことにある。もし、この方向に向かうのであれば、日本の企業や日本で働く私たちの利害に即したプラクティスを構築していく良い機会になるだろうし、何よりも日本の経験を構造的に表現することはITコミュニティーの多様性の維持に貢献することになるだろう。

 ただし、われわれが抱えている問題は、そういった活動に必要な知的活動の場がどこにあり、必要な資金をどうやって確保するのか、という点なのかもしれない。

[浅井龍男,ガートナージャパン]