エンタープライズ:コラム 2003/10/15 15:45:00 更新


Opinion:ポール・サッフォー氏の視点「テクノロジーのインパクト」

RFID技術は在庫管理に革命をもたらすと期待される一方で、プライバシーの侵害を危ぶむ声も聞かれる。小売店でのRFIDタグ導入は経済的な側面から時間がかかりそうだが、プライバシーと利便性を秤にかけたとき、一般消費者はどちらを取るだろうか。(IDG)

 そのうちに、あなたの近所の小売店でRFID(Radio Frequency IDentification)タグを見かけるようになるべく準備が進められている。これらの小さなチップは在庫管理に革命をもたらすと期待されているが、その一方で、RFIDが小売り環境に導入される可能性があるというだけで、既にプライバシー保護主義者の拒否反応を招いている。商業的利益のためにプライバシーがないがしろにされる恐れがあるからだ。しかし商業のバックエンドへの導入は目前だが、RFIDの経済性の面で課題が残されているため、消費者への販売地点に姿を現すまでには、しばらく時間がかかりそうだ。RFIDについて唯一確実なことは、普及への道のりは決して平坦なものではないということだ。

 Gilletteが今年、5億個のRFIDチップを発注したことで、同技術は一躍、ニュースで脚光を浴びることになった。この騒ぎをさらにあおり立てたのがWal-Martだ。同社が販売するすべての製品にRFIDタグを埋め込みたいという意向をサプライヤー各社に通知したのだ。Microsoftもこの分野に参入すべく、小売業および製造業向けにRFIDの使用をサポートするソフトウェアとサービスを開発するという方針を発表した。

 各社の意欲的な計画の背景にあるのは、製造装置から医薬品、さらにはレタスなどの農産品に至るあらゆる製品の追跡・管理の手法をRFID技術が根本的に変革するだろう、という確信だ。RFIDチップを部品やパッケージにつければ、これまで無口な存在だった製品が、センサーから発せられる無線信号によって刺激されるだけで、自身について説明できるようになるのだ。RFIDは最初に、特殊な事情を抱えている業界で受け入れられるだろう。GilletteがRFIDに関心を持ったのも、かみそりの万引きを防止したいという理由が大きい。一方、タバコメーカー各社は、各州間でのタバコの闇取引を防止する取り組みでRFIDを採用する考えだ。RFIDの最も贅沢な使い方は、広く普及しているバーコードの後継技術として利用するというものだ。

 RFIDの進む軌道ははっきりしているが、その普及の速度は定かではない。今日の最も安価なRFIDタグでも、大量購入時の単価がまだ2.5セント以上である。ノートPCに組み込む部品と比較すれば安いが、1個1個の牛乳パックや洗剤ボックスにチップを取り付けるにはあまりにも高価だ。それに、タグリーダーのコストや、RFIDによって生成される膨大なデータを収集、分類、移動するのに必要な非常に複雑なアーキテクチャのことも考えなければならない。Wal-Martが一度発表した導入計画を引っ込めたのも理由がないことではない。

 こうした問題をすべて解決するのは10年がかりの仕事になるだろうが、業界は既に助走を開始している。MIT Auto-ID Center(実質的にはRFIDの普及促進に向けた業界団体)のリーダーシップの下で登場したRFID標準は、広く受け入れられている。

 また、消費者に直接関係するRFIDの利用も、既にあちこちで始まっている。シンガポールの国立図書館は数年前、所蔵するすべての本にRFIDチップを取り付けた。現在、借り出し手続きは図書館利用者が行うが、返却手続きは「スマート」返却箱が自動的に行っている。

 将来のRFIDチップは、製造番号を吐き出すだけではない。さまざまなデータや無数のセンサーが組み込まれ、物言わぬ製品が「スマート製品」(周囲の環境と対話するインテリジェントな製品)になるのである。今日の検索エンジンブームにこの技術が加われば、そこかしこを走り回ってRFIDを見つけ出し、これらをカタログ化する「IndexBot」(索引ロボット)がいつか登場するのは間違いないと思う。

 消費者プライバシー保護主義者たちが、既にRFIDに対して苛立ちを示しているのも当然だ。スマート製品の世界におけるプライバシーについて考えたとき、実際、予想がつかないだけにそら恐ろしい気持ちになる。RFIDそのものがプライバシーを侵すわけではない。危険性の度合いを左右するのは、RFID標準とRFIDを支えるシステムである。関連分野での展開も、一向に不安を和らげてくれるものではない。例えば、「FasTrak」と呼ばれる(有料道路の)自動料金徴収システムの場合、匿名方式のシステムにすることも可能だったのだが、車がどこの料金所をいつ通過したかを几帳面に監視・記録する仕組みが採用された。FasTrakを料金徴収以外の目的には一切使用しないと開発者は約束していたが、既にカリフォルニア州ではこの約束が破られ、車の流れを分析・コントロールするために、FasTrakトランスポンダを追跡する追加センサーの配備が進められている。この場合も、個人データを記録するようなことをしないという約束だが、テロの恐怖におびえる昨今の状況では、非常に猜疑心が強い人でなくとも、この約束もどうせ当てにならないという気持ちになるだろう。

 プライバシーに対する最大の脅威は、企業や政府の「押し付け」ではなく、消費者の「引き込み」からやってくるのではないかと思う。簡単に言えば、プライバシーを心配するコンシューマー自身が、RFIDベースの家庭用在庫管理システムを喜んで購入する可能性が十分にあるのだ。人々はRFIDに反対しながら、ペットや子どもの通学かばんにRFIDチップを付けるかもしれない。

 RFIDの店頭への配備が始まれば、推進者たちは当然、家庭内デバイスとのリンクを実現するだろう。将来のホームショッピングでは、センサーを組み込んだ冷蔵庫が使用された食材を把握して購入注文を作成・発行したり、ユーザーが飲もうとするミルクが賞味期限をとっくに過ぎていると警告したりする、といったシナリオも考えられる。慎重なユーザーは、購入した商品のチップを無効にできるかもしれないが、その場合には自分で注文を行わなければならない。アメリカ人はプライバシーについて非常に神経質なようだが、その反面、うまそうな話に対しては深く考えもせず、簡単に乗せられてしまうのだ。プライバシーと利便性という悪魔の選択を迫られたとき、大多数の消費者は後者を選ぶだろう。(ポール・サッフォー)

※ポール・サッフォー氏は、Institute for the Futureのディレクターを務め、情報技術の長期的傾向およびその経済・文化・社会的影響を研究している。趣味は、トム・スイフトの初期の作品(「Tom Swift and his Photo-Telephone」:トム・スイフトの写真電話など)の収集。

関連記事
▼RFIDで製品追跡できる在庫システムはプライバシー問題がネックに
▼RFIDタグの追跡機能を無効化するスイッチ
▼Wal-Martが「スマートシェルフ」実証実験を中止した背景
▼カリフォルニア州議会、RFID問題めぐる公聴会開催へ
▼RFIDタグにハイテク企業も熱い視線
▼ミカンや牛乳にも「RFID」――NTTデータなどがスーパーで実証実験

[IDG Japan]

Copyright(C) IDG Japan, Inc. All Rights Reserved.