エンタープライズ:コラム 2003/10/16 18:13:00 更新


Opinion:ハワード・ラインゴールド氏の視点「テクノロジーのインパクト」

将来のコミュニケーションデバイスに関して、多方面にわたる技術革新の支配をめぐる戦いを放置すれば、われわれは数年後に、選択した技術の形態を変える自由を持った「ユーザー」ではなくなり、どのブランドを選択するかという自由しかない「消費者」になってしまうだろう。(IDG)

 歴史を通じて、新しい通信技術と新しい社会構造は、人々が集団行動をより大規模に組織することを可能にしてきた。大規模な組織化に伴い、文明は新たな複雑さのレベルへと飛躍する。印刷機が支配階級以外の人々に読み書き能力を広め、科学や民主主義という形の新しい集団的行動を可能にした。過去1世紀にわたり、地球の有線/無線化、そしてそれに続くインターネットの出現は、グローバルな規模の集団行動を可能にした。将来、モバイルコミュニケーションとパーベイシブコンピューティング技術が「スマートモッブ」(知的な大衆)時代の幕開けを告げるかもしれない。それは、われわれが持ち歩く(あるいは身に付ける)デバイスが、今日では想像もつかないような方法でわれわれを結び付ける時代である。

 しかし今日のPCおよびインターネットのユーザーが警戒を怠ると、これまでのようなユーザーを中心とした将来にはならないかもしれない。すべては、どのような法律や規制が次世代のハードウェアとOSに盛り込まれるかにかかっている。

 ここで言う集団行動とは、個々の人々の行為が互いに打ち消すことなく、総体として何らかの動きとなって現れるものを指す。巨大な獲物を倒すために団結した最初の人類、実験と発見の蓄積を通じて知識体系を築いた最初の科学者たち、ヨーロッパのコーヒー店で最初の近代的企業を考え出した投資家たち、Webページを閲覧する人々(各個人のリンクの選択の総計がGoogleのページランキングを決定する)――これらの人々はいずれも集団行動に参加しているのだ。

 今日の集団行動では、デバイスや社会的契約が関与する場合もある。(知的財産権の問題はさておき)Napsterは、7000万台のコンピュータが実質的に巨大な図書館になることを可能にした。Seti@home(setiathome.ssl.berkeley.edu)およびFolding@home(folding.stanford.edu)は、何百万人もの人々が、コンピュータの余剰計算能力を地球外生命の探索プロジェクトに役立てたり、タンパク質の構造を解明しようとする生物医学研究者を手助けすることを可能にしている。オープンソースソフトウェアは、オンラインで組織された人々によって集団的に開発される。Webそれ自体も、何百万人という人々の集団的貢献によって築かれるものにほかならない――個々人が作成するWebページやリンクが地球的規模で織り成す世界がWebなのだ。

 何十億個ものデバイス、しかもその1個1個が今日のコンピュータよりも強力なデバイスすべてが、ワイヤレスあるいは高速ネットワークを通じてあらゆる場所で互いに接続された世界では、どのような新社会構造を築くことができるのだろうか。新しい産業、新しい科学研究手法、あるいは人間の能力の大幅な拡張が、全世界のアマチュア(その大多数がアパートや寮の部屋から参加しているかもしれない)によって生み出されることも十分に考えられる。

 ポータブル/ウェアラブルなワイヤレスメディアによって人々がアドホックな社会的ネットワークを組織することが可能になった今日、評価ソフトウェア(eBayの出品者/落札者評価システムやSlashdotの投稿メッセージ評価方式など)を利用すれば、各地あるいは世界各国を移動しながらでも、周囲にいる見知らぬ人々の中に共通の目的を見つけ出すことができるかもしれない(ちょうど人々がオンラインで結びつくのと同じように)。今日、街を歩いているあなたの周りにいる見知らぬ人々は、ひょっとしたらあなたの行きたい所まで車で送ってくれる親切な人かもしれないし、あなたが売りたいと思っている自転車を買うかもしれない、あるいはデートの申し込みを受け入れてくれる人かもしれないのだ。言い換えれば、貴重な社会的資本が誰にも気づかれることなく、雲散霧消するか無駄に浪費されているのだ。強力な処理能力を持ち、ネットワークにつながったモバイル型パーソナルコミュニケーションデバイスは、人々をこれまで存在しなかった社会的ネットワークに引き入れるかもしれない。ちょうどeBayが、人々をこれまで存在しなかった市場に引き入れたように。

 スマートモッブと自己組織化メディアという未来が現実となるためには、将来のコミュニケーションデバイスがこれまでと同様、新しいメディアのどれでも自由に利用できることが条件だ。しかし技術革新の支配をめぐる戦いは、この状況を一変させるかもしれず、その戦いは既に勢いを拡大しつつある。

 多方面にわたるこの戦いは、以下の傾向の中に見て取ることができる――レコード業界によるファイル共有への攻撃。映画産業によるデジタル著作権管理の推進。政治家、コンピュータソフトウェアの独占企業およびハードウェアメーカーが結託して「信頼できるコンピューティング」を将来のメディアに組み込むという策謀。自社のコンテンツと競合するトラフィックの転送を拒否することによって、インターネットの共有地を分断しようとする電話/ケーブル会社の動き。デジタルミレニアム著作権法の各国版の採用に向けた世界的な流れ。1920年代に制定された無線法によって将来のワイヤレス通信を規制せよ、という現在の無線周波数帯域の免許所持者からの圧力。

 こういった傾向を放置しておくと、われわれは数年後に、選択した技術の形態を変える自由を持った「ユーザー」ではなくなり、どのブランドを選択するかという自由しかない「消費者」になってしまうだろう。インターネットや自分のPCをこれまでにない方法で利用しようとする場合は、ライセンスや上司の許可が必要になるかもしれない。

 幸いにも、戦いはまだ終わったわけではない。今、重要なことは、われわれが何を知り、何を言い、何をするかということだ。何億人もの人々が、パーソナルコンピュータとインターネットがもたらした自由と力とチャンスの味を覚えてしまったのだ。今、何が危険にさらされているのかを人々が理解しさえすれば、まさに集団行動を自己組織化するための戦いの戦果であるメディアを活用することができるはずだ。多くの人々がそのことを知っていれば、政治家も知らんぷりを決め込むわけにはいかないだろう。イノベーターたちは、従来の集中型メディアをできるだけ早く過去の遺物にしようとするだろう。そして全世界の人々がメディア環境の新たな地平を切り開くだろう――われわれがこれまでWebページを投稿し、お気に入りのリンクをリストに含めることによってWebを築き上げたように。

 今こそ、現実を認識し、主張し、行動すべきときである。技術の未来はあなたの手の中にあるのだ。これからも今と同じように技術を利用したいのであれば、それを有効に活用すべきである。(ハワード・ラインゴールド)

※ハワード・ラインゴールド氏は、インターネットコミュニティーとオンラインライフの研究に取り組んでいる。「Whole Earth Review」の元編集者で、現在は「HotWired」の編集主幹を務めている。派手な色の服装と、星とピラミッドを描いた靴で有名。著書には、「Smart Mobs: The Next Social Revolution」(スマートモッブ:次の社会革命)(2002年刊)、「Tools for Thought: The History and Future of Mind-Expanding Technology」(思考のためのツール:精神拡張技術の歴史と未来)(2000年刊)、「The Virtual Community: Homesteading on the Electronic Frontier」(バーチャルコミュニティー:電子フロンティアの開拓)(2000年刊)などがある。 同氏のWebサイトは、www.rheingold.comおよびwww.smartmobs.com

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