エンタープライズ:PR 2003/10/30 00:00:00 更新


Interview:人工衛星情報などを基にしたジオ・インフォマティクスを政策に生かす――慶應義塾大学総合政策学部

慶應義塾大学総合政策学部で進められている、ジオ・インフォマティクスをアジア地域の政策に生かしていく取り組みについて総合政策学部長に尋ねた。

 「ジオ・インフォマティクス(Geo-Informatics)」という言葉を聞いたことがあるだろうか。ジオ・インフォマティクスは、地表で起きるさまざまな自然/社会現象を、人工衛星を使ったリモートセンシングや統計、フィールドワークなどの手段を使い、国土や地域、都市といったスケールで把握して、情報を蓄積・分析したうえで、各種の計画や政策立案に役立てていく方法論のことだ。

 米国や国連の一部機関などですでに利用されているというジオ・インフォマティクスに、日本でいち早く取り組んでいるのが、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)にある総合政策学部だ。総合政策学部では、ジオ・インフォマティクスの手法により、アジア地域における政策を立案し、その実証実験を行うプロジェクトが動き出している。

 アジア各国の大学や政府と連携し、今後は日本政府のアジア地域政策へも影響を与えることになるだろうというこの「デジタルアジア構想」について、慶應義塾大学総合政策学部長の小島朋之教授にお話を伺った。


ZDNet デジタルアジア構想というのは、どのような経緯で生まれたものでしょうか。

小島教授 SFCには情報基盤センターに人工衛星からの情報を得るための日本でも有数の施設があり、総合政策学部の福井弘道教授は、これまでにも地球環境に関する基礎データを収集し、資源、環境、エネルギー、安全保障の問題に結びつくような分析を行ってこられました。そうした実績をもとに、福井教授を中心に、GIS(Geo-spatial Information System-Science-Services:空間情報科学)を活用していく必要があるのではないかと考えてスタートしました。

小島朋之教授

慶應義塾大学総合政策学部長の小島朋之教授


ZDNet どのような動きがあるのでしょうか。

小島教授 SFCに、アジアに特化させた形で情報を収集、整理し、分析して、それをアジアと日本の政策に還元していく目的で、「デジタルアジア地域戦略構想研究センター」を設立しようとしています。この計画の基盤となる技術として、地図情報と組み合わせて構築したGISを、インターネットを通じてWebで誰でも閲覧、意志決定支援ができるようにする「Web-GIS」システムを構築していきます。

 デジタルアジア地域戦略構想研究センターでは、中央・北西アジア(生態システムと地域社会の再編)、北東アジア・極東ロシア(森林マネジメント)、アジア各都市(環境都市作り)、メコン川(デルタ地帯の開発)といった地域でGISを基にした提案を行い、実証実験をしようとしています。ASEAN+3(ASEAN諸国+日中韓)で協力した大きなプロジェクトにできないかとも考えています。

 また、GISをアジアの政策研究の中に生かすために、デジタルアジア研究プラットフォームと呼ぶものも作ろうとしています。これは本年度、文部科学省の21世紀COEプログラムに選ばれた政策・メディア研究科の「日本・アジアにおける総合政策学先導拠点」とつながるものです。

※21世紀COE(Center of Excellence)プログラム:第三者評価に基づく競争原理により、世界的な研究教育拠点の形成を重点的に支援し、国際競争力のある世界最高水準の大学づくりを推進する目的で文部科学省が実施しているプログラム。「世界的研究教育拠点の形成のための重点的支援−21世紀COEプログラム−」

ZDNet 「日本・アジアにおける総合政策学先導拠点」とは、どのようなプログラムですか。

小島教授 これも日本とアジアのさまざまな政策課題に、具体的な形で政策提案を行い、そこから実証実験を行って、新しい総合政策のシステム作りを目指すものです。デジタルアジア研究プラットフォームで得られた知見を、こちらの総合政策学先導拠点の現地の政策形成と実証実験に生かすという形でつながっているのです。

 「日本・アジアにおける総合政策学先導拠点」のサブタイトルは「ヒューマンセキュリティの基盤的研究を通して」であり、

  • 開発とヒューマンセキュリティのローカルイニシアティブ
  • 東アジアの地域ガバナンス:日中環境政策協調の実証実験
  • 「ヒューマンセキュリティの基盤」としての言語政策
  • 少子高齢社会における安定居住支援システム
  • インターネット技術に基盤をおいたビジネス・社会モデル開発
  • 金融工学による保険・保証の分析:「ヒューマンセキュリティの実現を目指して
  • 東アジア地域の地方政府レベルのガバナンス:日本、中国、米国の地方政府財政と地方分権化の比較研究
  • ウェブ社会調査法開発:ソシオセマンティクス

といった課題に取り組んでいます。

ZDNet GISを生かした政策研究の具体例を教えてください。

小島教授 私がやっている土壌改良や植林を例に挙げましょう。

 中国の一部地域はアルカリ塩害土壌で、なにも作物が育ちません。土壌改良としてそこに脱硫石膏や石灰を入れることで中和してやると作物ができるようになります。そのとき、土壌改良前の状況はどうであったかを衛星写真で土壌の質などとともに確認します。そして土壌改良後にそのときがどのように変わって広がってきているかを、変化を確認します。これによって、土壌改良でどのような処置をどの程度したかというデータとつきあわせて、次に土壌改良をするときにどうするか、といった計画が立てられます。

 植林では、植林前、植林後、そして樹木のCO2吸収量ををチェックし、どのくらい環境に影響があるかということを確認します。そうすれば、植林した木全体のCO2吸収量がわかります。すると、(年末には国際会議で認証されて発効すると見られている)京都議定書が規定したCDM(クリーンデベロプメントメカニズム)を適用して、吸収されたCO2を日本などの企業に売却して得た資金を植林に投下することができます。CO2の削減を義務づけられている電力会社などはこれを買えば、買った分をその削減量に含めることができます。売った側は、売上金でさらに植林を進めるということが考えられるのです。

 人工衛星などから得られるデータは、軍事目的だけでなく、環境、経済、社会などへの政策作りに生かしていきたいと思っています。慶應義塾大学では、中国をはじめアジア各国の機関とのネットワーク化を進めていこうとしています。提案した政策は、実際に実行してその効果を評価します。効果的な政策立案のためには包括的で正確な情報が必要ですから、情報収集においても最先端のものを利用すべきです。

ZDNet GISの利用は、政策研究にどのような影響を与えているのでしょうか。

小島教授 これまで政策形成に携わってきた人たちの大きな欠陥のひとつは、既存のデータ、特に紙に書かれた情報・資料に依存して政策提案をしていったということがあります。しかし我々はそうではなく、まさに政策を必要とするような問題そのものに立ち返って、そのいまある問題それ自体をベースに政策を作成したいと考えています。そのとき、いま動きつつある問題そのものを今までになかったリモートセンシングなどの先端技術を駆使して措定していこうとしています。GISはそうした技術のひとつなのです。

 日本はまだまだ政策にGISを生かすところまで来ていません。世界的に進んでいるのはやはりアメリカやEUです。また国連の機関のなかには、GISを扱う技術者を育てるというようなことを行っているところもあります。GISは、非常に広い範囲の応用が可能だと思っています。

関連リンク
▼文部科学省 21世紀COEプログラム
▼慶應義塾大学総合政策学部福井研究室
▼慶應義塾大学SFC研究所
▼慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス

[構成:佐々木千之,ITmedia]