Mobile:NEWS 2002年10月21日 07:29 PM 更新

発売前に先行公開〜「シンプリー・パーム」プロローグ(2/2)


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 半年間研究に打ちこんだホーキンスが、ある夜書斎で読書をしていると、ふと人生をまったく変えてしまうアイデアが浮かんだ。「脳の働きについての僕らの直感は間違っている」と彼は言う。「あらゆる研究が、時間と予測の果たす役割を無視しているんだ」

「みんな、世界を認識するのは1枚の絵を眺めるようなものだと考えている。1枚の絵を眺めてそれを分析し、そして次の絵を見てまたその絵を分析していく、というように。しかし、僕らが世界を経験していくやり方というのは、むしろ歌を聴くようなものだ。音であろうと触感であろうと目に入るものであろうと、時間がたつと変化する。僕らはそうしたものを時間を通して経験するしかない。時間を通して思い出すしかない。なにもかも一度に思い出すことはできないんだ。順番に思い出すことしかできない――歌のようにね。たとえば、僕が『イエロー・サブマリン』や『メリーさんの羊』を知ってるかいと尋ねたとしよう。あなたは『はい』と答えるだろうけれど、いちどきに歌全体を思い浮かべることはできないよね? でも、いったん歌い始めれば、1フレーズずつ自然に思い出しながら歌い続けることはできる。つまり、時間がとても重要な役割を果たしているんだ」

 「予測」も同じだ、とホーキンスは言う。自分の家のドアノブが交換されたら、見た目は同じで、その変化がほんの少しだとしても、触れた瞬間になにかが違うと気づくだろう。「僕らは常に次に何が起きるか予測している。自分たちの聴いている歌の次のフレーズを予測しているようにね。時間の経過によるパターンの予測は知性にとって重要な鍵となるものだ」

 脳に関するあらゆる理論にずっと欠けていたものを発見したかもしれないと気づいたとき、ホーキンスは興奮のあまり、キャスター付きの椅子にすわったまま机から弾け飛んだ。もし自分の考えが正しければ、ついに人間の脳の働きを解明するという大発見につながるかもしれない。

 でも、間違っているかもしれない。

 ホーキンスは続く1年半を、あらゆる角度から自分の仮説を検討することに費やした。目についたすべてのデータを熟考したが、その仮説に欠点は見つけられなかった。

 むしろ、脳の機能に関する自分の洞察は始まりに過ぎないと確信するようになった。さらにホーキンスには、脳と同じ原則で動く機械――周囲の世界を理解してしまう装置――の登場までもが予見できた。「脳と同じように働く知的なメモリーシステムを開発するビジネスが、これから生まれるよ!」ホーキンスは妻にそう語った。  SF小説に出てくるロボットやアンドロイドのようなものにはならないだろう。その代わりに彼は、言葉の文脈を人間と同じように理解することで、言語を正確に翻訳してくれる機械を想像した。それから車や交通の流れを「理解して」勝手に運転してくれる乗り物を心に描いた。さらには野良犬と夜勤労働者と本物の強盗を区別して、それぞれにどう対応すればいいか知っている安全監視システムを。

 人間同様の知性を持ったテクノロジーの影響力は巨大なものになりうる――たぶん1948年のトランジスターの発明に匹敵するほど劇的なものになるだろう。トランジスターは、結局、あらゆる電子機器の基礎となった。ほとんどの人は、家で職場で車のなかで、何百万というトランジスターをそうとは知らずに使っている。ホーキンスが命名した「脳ビジネス」は、トランジスターと同様、便利な機器を雪崩のように次々と生みだしていく可能性を持っていた。そうして「脳ビジネス」がもたらす産業は、PC業界を凌駕してしまうだろう。

 ホーキンスの属する学科の主任もこの考えを気に入った。ただひとつ障害があった。自分が熱意を感じている研究に入る前に、標準の修士・博士課程を終えておかなければならない。そのために、たいして興味もない課題を六年間も勉強をしなければならなかった。それよりも企業のほうがずっと魅力的だった。製品開発者になれば、本当に必要なもの──つまり、自ら望んだ研究をするための資金集めに必要な社会的信用と財政的自立──をつかめる可能性がより高くなる。

 そこで、31歳のとき、ジェフ・ホーキンスは、次のような人生の基本計画を立てた。

    ステップ1 カリフォルニア大バークレー校を退学しハイテク企業の世界に戻る。

    ステップ2 脳の研究を完成させるのに充分な資金と名声を手に入れる。

    ステップ3 「脳ビジネス」の世界に入る。

 この計画を持って、ホーキンスは以前の雇い主に電話をかけ、職場に戻ってもよいかどうか尋ねた。目の前の道が曲がりくねっているのか、Uターンになっているのかはわからなかったが、少なくとも、自分が向かうべき方向だけは見つけたのだった。


「シンプリー・パーム」プロローグについて、無断複製複写、引用、抜粋などは、著作者および出版社の権利侵害になりますので、固くお断りします

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