News 2000年12月1日 09:24 PM 更新

ハッピーデジタルバースデイ

 BSデジタルの本放送が始まった。各局,それなりに工夫を凝らした番組がズラリと並んでいる。地上波まで,デジタルバースデイを祝って特番を組んでいるのがちょっと不思議だ。

 テレビの視聴形態は,人によって全然違う。たとえば,ぼく自身は,あまりザッピングをしないほうで,テレビをつけっぱなしで“ながら族”というスタイルは本意ではない。だから,番組表であたりをつけておいたプログラムを見るために,その時間の寸前にテレビのスイッチを入れ,終わったら,あまり間をおかずにスイッチを切るというタイプだ。ずっとそういう見方をしてきた。

 かと思えば,今,いっしょに仕事をしている某出版社の編集者は,自宅にいるときには,就寝時も含めてテレビのスイッチを切ることがないというから驚く。部屋に戻ってから翌朝出かけるまで,ずっとテレビをつけっぱなしだというのだ。そんな見方をしている人もいる。

多チャンネルTVとWebの類似性

 この夏のワンクール,NHK教育テレビでゴールデンタイムに毎週数分間だけ出演するという機会があったのだが,けっこうな人から,見たというメールをもらった。あげくの果てには,マンションのエレベータで顔を合わせたご近所さんからまで,「いつも見ています」と言われてしまった。教育テレビという特殊な部類に入るチャンネルでやっていた番組内の,ほんの数分間のコーナーをつかまえるなんてのは,ほぼ偶然に近いわけだが,「ザッピングの威力,恐るべし」と,改めて驚いた次第だ。そして,そういう見方をしている人がとても多いことも,改めて実感した。

 こんな見方ができるのは,今のテレビ放送が,東京でいうなら,地上波VHF,UHF,BSアナログを合わせても10数波しかないからだ。これなら,どんどんチャンネルを切り替えていけば,すぐに一巡してしまう。でも,それにCSやBSデジタルが加わることで,一気にチャンネル数は増え,どこでどんな番組をやっているのか,皆目検討がつかなくなってしまう。

 そうだ。これはWebに似ている。Webは,無限ともいえるチャンネルを持つテレビであり,対話的に情報を探せば,URLが見つかり,あるいは,興味のあるオブジェクトをクリックするだけで,一気に別のURLに飛んでいける。ここで大事なことは,そのザッピングが,シーケンシャルなものではなく,きわめてランダムである点だ。だから,通りすがりの偶然があまりない。情報をうまく整理したポータルサイトの充実も,この傾向を助長する。その結果,注目されないサイトは衰退し,注目されるサイトにはユーザーが殺到する。

デジタル文化はつまみ食い文化?

 デジタルメディアというのは,そういう面があるんじゃないだろうか。たとえば,音楽用のCDが登場したことで,いわゆるA面,B面という概念が消滅した。かつては,LP1枚の片面が約20分強だったから,それなりに集中して聴けたのだが,CDになってからは,10曲程度が60分前後に収録されるようになり,それを最初から最後まで集中して聞くということが難しくなってしまった(個人差はあると思うが,ぼく自身はそうだ)。ランダムアクセスも容易なので,つい次曲ボタンに指がいったり,途中でCDを入れ替えたりして,シーケンシャルな完成品としてのアルバムを楽しむ行為をしなくなる傾向がある。

 これは,やっぱりWebにもいえることで,ブラウザがザッと文字列を表示したら,それで安心してしまい,文章を全部読まないうちに,つい,別のリンクをクリックしてしまうということをよくやる。極端な言い方をすると,デジタル文化は,つまみ食いしやすい文化なんじゃないかとも思う。

 もし,BSデジタルが「ライバルはインターネット」というのならば,電話回線などを併用した対話性だけをアピールするのではなく,Webのこうした面を,なんとかして取り入れる工夫も必要になるだろう。なめらかに動く映像という点だけに頼りきっていては,ブロードバンド時代の到来によって,より豊かなコンテンツを提供できるようになるWebには勝てない。

 Webは,「突如として」に近い感覚で登場し,目にもとまらない速度で成長したメディアだったから,その使い方にはいわゆる定番がなく,誰もが好き勝手な楽しみ方を模索することができた。送り手側も同じだ。BSデジタルが不幸かもしれないのは,電波という旧態依然とした媒体を使い,テレビ受像器という慣れ親しんだ機器を使って楽しむという,しがらみがある点だ。これは強みでもあるし,弱みでもある。

 でも,模索の中から生まれる文化はおもしろい。地上波に比べて圧倒的な低予算で作らなければならないといわれているBSデジタルのコンテンツも,その苦心の中で,新しい形を見い出せるかもしれない。ここはひとつ,将来への期待をこめ,今日のところは,デジタルバースデイを祝おうではないか。

関連記事
▼ BSデジタル放送が一斉にスタート
▼ 期待はずれのBSデジタル

[山田祥平, ITmedia]

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.