News 2001年8月17日 09:08 PM 更新

ハリウッドの懸念は“ラスト20ヤード”

 今週は,月遅れの盆ということもあり,日本のインターネットはとても静かだった。お正月にも似たようなことを書いたけれども,主だったウェブサイトの更新はお休みだし,各社からのニュースリリースも少ない。メールマガジンの配信もまばらで,ビジネスメールもほとんど行き交わない。

 ただ,その裏側で,CodeRedが深刻な暗躍をしていたのはご存じの通りだ。我が家でも,一度だけ,ルータがハングアップした。こんなことは,インターネットに常時接続して以来初めてだ。

 そのお盆期間に,ふと思い立って映画を見てきた。3日間で5本という暴挙だ。タイトルは,想像に難くないと思うけれど,「千と千尋の神隠し」,「ジュラシック・パーク III」,「PLANET OF THE APES/猿の惑星」,「A.I.」,「パール・ハーバー」。その少し前に,「ドクター・ドリトル2」を見ているので,とりあえずこの夏の主要作品6本に目を通したことになる。個々のコンテンツについては,しかるべきライターがしかるべきウェブサイトでコメントしているだろうから,ここで言及することはしない。

 昔は映画といえば,2本立てなんて当たり前だったので,続けて映画を見るということには抵抗がなかったが,今となっては,映画館のハシゴはけっこうつらい。でも,お金をドブに捨てたと感じる映画はなかったので,それなりに満足しているのだけれど,短期間にごっそりと自分の中に入ってきた情緒の洪水に,ちょっと溺れそうになっている。

 なぜ,こんなことをしたかというと,今,それぞれの映画館が,今,どんなスタイルで映画というコンテンツを提供しているのかという状況を,できるだけ同時期の体験として比較してみたかったからだ。

 ぼくの住んでいる街は,新宿から私鉄で10数分の所にある。最寄りの駅前にも,小さな映画館があるのだが,いわゆる新作のロードショーを見るには,最低でも新宿まで出かけなければならない。

 今回のハシゴは,1作を除いて,全て新宿の映画館で見た。もちろん,全て別の映画館だ。新宿のようなターミナル駅は,いわば,街そのものが,シネマコンプレックスになっているといっていいだろう。それが東京という街の実状だ。

 そして,今さらながら思ったのは,映画館という空間が,あまりにも前時代的であるということだ。400席前後,600席前後,1000席前後という,それぞれのスケールを持つ映画館には,それに見合ったサイズのスクリーンと音響設備,さらに,座り心地のよい椅子などを期待して赴き,2時間前後の時間を過ごすわけだが,そのために支払う1800円という対価は,それに見合っているだろうか。

 価格破壊の昨今,1800円といえば,それなりに使いでのある金額である。もちろん,この料金には,純粋にコンテンツに対する金額も含まれるわけだが,果たして相応かどうか。1800円が高いというのではない。1800円分の満足感が得られているかどうかが問題なのだ。

 鍋料理で例えてみようか。コンテンツ,つまり,材料さえ厳選すれば,家庭でもかなりの味覚を楽しめる鍋を,わざわざ外食するのは,サービスを期待し,それに対価を支払う行為だ。映画だって同じじゃないかと思う。映画館にはコンテンツ以外の空間としての付加価値を求めたい。

DLPシネマ初体験の感想は……

 新宿で見なかった唯一の作品は,「千と千尋の神隠し」で,これは,日比谷のスカラ座で見た。この映画は,全編がデジタルで彩色,撮影されたもので,スタジオジブリのデジタル作品としては「ホーホケキョ となりの山田くん」に続くものだ。そのデジタルデータが,今回は,DLPシネマ方式の上映データに転用された。そして,日比谷スカラ座(東京),T・ジョイ新潟(新潟),梅田スカラ座(大阪),T・ジョイ東広島(広島) の4館では,これがDLPシネマで上映されているのだ。

 DLPシネマは,データを専用プロジェクターに直接入力して上映する方式で,今回は,日本映画として初となるそうだ。また,音響はドルビーデジタルサラウンドEXとDTS-ES。こちらも邦画のアニメーションでは初の6.1チャンネルのサウンドだ。

 DLPシネマに関しては,(日本テキサス・インスツルメンツのホームページ)で詳しく解説されているが,要するにフィルムを使わない映画であり,Texas Instrumentsの技術によるものだ。ちなみに世界初のDLPシネマは,「スターウォーズ・エピソード1」。その後,「トイ・ストーリー2」「ダイナソー」などが上映されている。

 ハードディスクからデータを読み出し,プロジェクターを介してスクリーンに投影された映像は,文字や輪郭が鮮明で,フィルムのように映写中に映像ががたついたりすることもないというのがセールスポイントだ。

 ぼくは,今回,DLPシネマを初めて見たのだが,いうほどには,輪郭の鮮明さは感じられなかった。それどころか,文字には輪郭に滲みがあるように見えたし,フォーカスにもちょっとした甘さを感じた。また,「千と……」では,平面的な登場人物のキャラクターのバックで背景がパンしていくような場面で,ズリズリという感じの不自然なスクロールのもたつきを感じることもあった。

 もっとも,フィルム上映のものを,同じスクリーンで比べたわけではないので,何とも評価は難しいのだが,さらなる進化を望みたいところだ。

 いずれにしても,こうした付加価値がない限りは,わざわざ映画館にまで出かけていき,場合によっては,多少の行列をガマンし,2時間前後の時間を楽しむには,その動機は,どんどん希薄になりつつある。いろんな悪循環の中で,映画館という「物理メディア」が,その営業にさらなる努力を払うのが難しくなりつつあるような状況もある。

 以前,SFCの特別講義で,孫正義氏が,起業を目指す学生からの質問に,「今,売るならレンタルビデオ屋の株じゃないですか」と答えていた。レンタルビデオ屋はブロードバンドインターネットに食われてしまうということだ。

 大劇場の大スクリーンから観客席まで約20ヤード。20メートル弱である。どんなにコンテンツが優れていても,この20メートルがきちんとしていなければ,誰も映画館には足を運ばなくなる。

 今回ハシゴした映画館の中には,こともあろうに,投影された映像がわずかに右肩上がりだったような所もあった。あるいは字幕がスクリーンの下部でギリギリ切れている所もあった。テレビでいえば,ちょうどオーバースキャンの状態だ。朝一番の上映なのにだ。さすがにこれにはちょっと幻滅した。

 映画館という特別な空間が,特別であり続けるためには,今,誰が何をすればいいのだろうか。一方,ハリウッドは,たとえそこがなくなっても十分なビジネスができるだけのインフラを準備するべく模索を続けている。

 DVDのコンテンツマネジメントを始め,あちこちで話題にのぼるハリウッドの数々の主張は,決して映画館を助けるためのものばかりではない。映画館は,それが怖くないのだろうか。コンテンツさえおもしろければ,放っておいても客が来るというような時代でもないと思うのだけれど。

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▼ DLPシネマ(日本テキサスインスツルメンツ)

[山田祥平, ITmedia]

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