News 2001年8月31日 11:24 AM 更新

ある社員が語る“ゲートウェイの最期”(1)

「あるいは,大規模なリストラですんだのかもしれない」──ゲートウェイのある社員はこう呟く。上層部しか知り得なかった情報を持つこの社員は,撤退という最悪の事態は回避できたはず,と悔しそうに語った。

 米Gatewayが,海外戦略の見直しとして日本市場からの撤退を発表してから一夜。ゲートウェイのとある古参技術部門担当者は,匿名を条件にZDNNの取材に応じてくれた。

 今回の一件のポイントは,本当に,撤退以外の道はなかったのかということだ。台所事情が苦しいとはいえ,米Gatewayは,世界第2位の市場である日本は重要な戦略拠点だと何度も繰り返してきた。「DOS/Vメーカー」としては珍しく熱心なファンが多いことでも知られるゲートウェイだけに,規模縮小でなんとか事業を継続することはできなかったのだろうか?

 この古参社員(仮にA氏と呼ぼう)は,こう答える。

 「ビジネスに“もしも”はない。だが,利益が出ていれば,あるいは,大規模リストラですんだかもしれない」――。

相次ぐプロジェクトの中止

 技術部門担当者であったA氏には,クリティカルな情報を含め,役員レベルでなければ知らないような情報もしばしば入ってきた。そんなA氏が「まずいな」と感じはじめた(撤退という最悪の事態などは予想もしていなかったが)のは,ワールドワイドで基幹システムを入れ替えるというプロジェクトが,突然中止になったときだ。なお同氏によれば,今回の撤退については,「上層部のごく限られた人間しか知らされていなかった」という。


人影少ない日本ゲートウェイの本社

 「現行の基幹システムは,“JDE”という名称で呼ばれている。これは,顧客管理から生産・出荷のスケジュール管理を行っていた。そして,これを刷新しようというのが“NEXTGENERATIONプロジェクト”だった」(A氏)

 NEXTGENERATIONプロジェクトの中止が告げられたのが,2001年7月。さらに,A氏によれば,同時期に「ゲートウェイ カントリー リロケーションプロジェクト」も立ち消えになる。

 ゲートウェイ カントリー リロケーションプロジェクトは,秋葉原にある「ゲートウェイカントリー」を移転して,旗艦店舗としてリニューアルしようというもの。ビル全体をゲートウェイのトレードマークである牛柄(カウスポット)で覆い,大々的にプロモーションを展開することが目的だった。

 ゲートウェイカントリーの新規出店計画を見直し,ショップ・イン・ショップ形式に方針転換していた時期だけに,「社内でも非常に盛り上がっていた。ほかの直販メーカーとの差別化を図るうえで,ランドマーク的な店舗は必要だと誰もが期待していた」(A氏)。またプロジェクトは,半年以上も動いていたので,どのフロアに何を入れるかまで決まっていたという。

 プロジェクトの中止はメールで伝えられる。投資に対して十分な利益が上げられるのか未知数だというのが,理由として記されていた。「ただ,驚くだけだった」(同氏)

 この2大プロジェクトの中止を境に,ゲートウェイは撤退に向けて一気に動き始めることになる。最新MPUを真っ先に採用していたゲートウェイだが,新製品はほとんどリリースされなくなり,雑誌向けの広告出稿もストップする。

 A氏によれば,今年に入ってからのゲートウェイのPC販売台数は月間1万5〜6000台。利益を出すにはユニットベースで5000〜7000台ショートだった。2001年第1四半期には約6億円の赤字を計上している。市場シェアは2〜3%にとどまっていた。

 個人向けに舵を取っていたゲートウェイに,PC市場不振の影響が直撃したことは明らかだが,A氏は「問題は,何も手を打たなかったことにある」と訴える。

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