News 2002年6月13日 03:50 PM 更新

水冷PCの開発者に聞く(前編)――「ポンプだけでも3代目なんです」

世界初のノートPC向け静音水冷システムを開発した日立製作所。この新冷却システムを生み出した開発者に、開発の経緯や技術的なポイントについて話を聞いた

 日立製作所が3月14日に発表したノートPC向け静音水冷システム(Silent Water Cooling System)。同社海老名事業所を訪ね、世界初の新冷却システム・水冷PCの開発者である戦略事業企画室担当部長の源馬英明氏と、主任研究員・工学博士の近藤義広氏にインタビューを行った。


水冷PCの開発者である源馬英明氏(左)と近藤義広氏(右)

 水冷システムは、文字通り“水”を使って熱を吸収することでプロセッサを冷やす。空冷式で必要な冷却ファンを使わないため、静かな動作と信頼性の高い冷却が可能だ。同社が開発したノートPC向け水冷システムでは、普通の水ではなく、不凍液に近い独自の冷却液を使っている。冷却液循環用チューブと放熱板を液晶パネルの裏側に収納し、従来冷却には使われていなかったディスプレイ側を冷却スペースにすることで、効率よく放熱できる。


同社が開発したノートPC向け水冷システム

 ノートPC向けの水冷システムを開発するきっかけは、何だったのだろうか。

 同社は1997年に、薄型スリムノートをコンセプトにした「FLORA200シリーズ」を発表した。当時、ノートPCの開発部長だった源馬氏は「FLORA200シリーズは、きょう体にカーボンファイバーを使うなど、当時の最先端技術を投入して、とにかく“薄く”することにこだわった。当時の150MHz前後のPentiumでも、薄型きょう体に収める上で熱対策に苦労したが、2〜3年後のCPUロードマップをみて、右肩上がりに発熱量が増えていく将来に不安を感じた」と振り返る。

 さらに、スリムノートの狭いきょう体スペースを放熱させるためには、小型で高回転の冷却ファンが必要となる。しかし冷却ファンは、回転数に比例して騒音も大きくなっていく。「ユーザーアンケートでも、ファンの音が気になるという意見が、改善要望のトップ5にいつも入っていた。BIOSでファンの回転数を制御したり、ファン自体に防音対策を施したりもしたが、根本的な解決策にはならなかった」(源馬氏)。

 空冷式ではいずれ限界が訪れると考えた同社のノートPC開発陣は、全く新しい冷却方式を模索し始めたという。これが、水冷システム開発への第一歩となった。

水冷システムは“スパコン”がお手本

 冷却方式として水冷が候補に上がったのが今から約3年半前。「要素研究的なものはそれ以前からやっていたが、開発に本腰を入れ始めたのが1998年後半頃から」(近藤氏)という。水を使った冷却システムは、スーパーコンピュータやメインフレーム(汎用機)などですでに以前から採用されていた。メインフレームの開発部隊にいたこともある源馬氏は、水冷マシンは見慣れたものだった。

 「昔のスパコンは、屋上にプールを作ってビルの中を配管して冷やしたりもしていた。この時に培った通水による腐食など配管系のノウハウは、今回の水冷システムにも生かされている」(源馬氏)。スパコンからノートPCまで扱う同社ならではのエピソードだ。

ポンプだけでも3世代目

 スパコンなどで水冷のノウハウがあった同社でも、今回の新冷却システムの開発には3年以上を費やしている。長期に渡った原因の1つが、冷却液を循環させるポンプだ。

 「薄さを求めるスリムノートには、できるだけ小さなポンプがよいのでは」ということで、最初は小指の第一関節ぐらいの小さな「マイクロギヤポンプ」を採用し、1年間ぐらい評価実験を行ったという。「メカトロニクスや医療用などで使われるポンプだが、値段が高いのと、7000回転ぐらいで動作するためギヤの磨耗が激しく音もうるさいという理由からボツになった」(近藤氏)

 近藤氏らが次に目をつけたのが「ピエゾポンプ」。交流の周波数振幅でピエゾ素子を振動させる小型で軽量のポンプだ。しかし、PCは直流で動作するためピエゾポンプ用に別途インバータが必要となってしまう。「ポンプが小型でもインバータがスペースをとってしまうため、これも不採用となった」(近藤氏)。

 最終的に採用されたのが、「遠心式ポンプ」。羽根車の下にモーターが付いていて、回転によって羽根が水を押し出すタイプだ。だが、汎用品の遠心式ポンプは大型のものしかないため、今回の水冷システム用に新たに小型のものを開発したという。「結局、3世代目になって、やっと使えるポンプにめぐり会えた」(近藤氏)。


CPUを冷やす水冷ジャケット(左)と、3世代目となる「遠心式ポンプ」(右)

 3年以上にも及ぶ開発期間を経て、いよいよ水冷PCが今年第3四半期に登場する。第1弾製品のスペックや具体的な発売時期、また水冷システムの可能性などについては、「後編」で紹介したい。

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[西坂真人, ITmedia]

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