News | 2002年9月5日 09:18 PM 更新 |
マイクロソフトが今、もっとも力を入れているプロダクトを挙げるとすれば、おそらくそれはTabletPCということになるだろう。6月、Tablet PCが本格的にお披露目になったPC Expoでのレポートでもお伝えしたように、マイクロソフトはWindows XPにかけたマーケティング予算の約半分を費やして、Tablet PCのプロモーションを行っていくという(6月28日の記事)。
すでに米国では各所にAcer製TabletPCにベータ版のWindows XP TabletPC Editionをインストールして貸し出し、そのレポートも掲載されたが、日本でも同様の活動を開始。先週末、TabletPCのレビューワーズワークショップに参加したプレスに対して、評価用機材が発送された。11月の発売日以降は、全国の主要な量販店で大々的なプロモーションキャンペーンを行う予定だ。
マイクロソフトから貸し出されたSOTECブランドのTablet PCは、米国で貸し出しが行われたAcer製のハードウェアと同一のもの。B5サブノートPCのディスプレイ部をクルリと回してタブレット型にできる、コンバーチブルタイプのハードウェアである。
まず試したのは、Tablet PCを使い込むことよりも、PCを生業としていない人たちの反応を見ることだ。先週末、8人ほどの知り合い(男女それぞれ4人ずつ)に、Tablet PCのごく簡単な使い方を教えながら手渡してみた。
このうちの1人はネットワーク技術者で、いわばこちら(PC屋)の身内のようなもの。もう1人はネットビジネスのコンサルティングが専門で、こちらもPCのフィールドに近い人間といえるだろう。彼らの反応は、ハッキリ言ってイマイチ。しかしそれ以外、PCから離れた立場にいる人たちの反応は、すこぶる良好だった。
彼らの意見で一致しているのは、ペンで書き込むという、日常生活ではごく当たり前の行為がPCで行えることへの感動だ。逆に言えば、キーボードとマウスでの操作にいくら慣れたとしても、それはあくまでもPCを使うための儀式でしかなく、自然なユーザーインターフェイスとはかけ離れたところにある、ということだろう。Tablet PCには、画面上の一部を赤ペンで囲んで書き込みを加えて引用する機能があるが「こんなことが今までできなかった方が不思議」と口をそろえる。
文字の入力効率の事を言えば、いくらPCを生業にしていないとは言え、今回話を聞いた全員が、キーボードの方が得意だ。それでもタブレット入力を魅力的と口をそろえるのは、キーボードもマウスも(そしてその上で構築されているGUIも)、結局は使いやすいユーザーインターフェイスを実現していなかった裏返しでもある。問題は入力効率ではない。文字だけでなく図などを含め、アイディアをストレートに表現できるもっとも手軽な方法として紙と鉛筆の代わりにタブレットを受け入れているのである。
結局「タブレットPC」というものを素直に受け入れられるかどうかの度合いは、PCへの中毒度によって異なる。PCを長時間使っている人ほど、タブレットPCへの興味は低くなっていくようだ。
マイクロソフトはTablet PCを、主にビジネスツールとして売り込むようだが、むしろより自然なコミュニケーションツールとしての方が、一般ユーザーには受け入れやすいのかもしれない。タブレットPCの標準アプリケーション、ジャーナルに書き込んだノートはHTMLアーカイブ形式に変換してメール送信できる。メッセージの受信者はInternet Explorerでこのファイルを広げると、タブレットで描いた筆致をほぼそのまま再現できる。この機能を好む人は意外に多いようだ。
もっとも、タブレットPCなんて絶対にダメだと言う人も多い。その多くは、この業界で長く仕事をしている人たちである。筆者はその中でもタブレットPCに対して大きな期待を持っている方だが、それでもビジネスとしてのタブレットPCには、まだ多くの疑問を持っている。
そのもっとも大きな理由は、タブレット入力の効率の悪さである。タブレットによる文字入力は、キーボードに慣れた身にはかなり厳しい。簡単な文章の入力ならまだしも、URL入力を行う際には、特にまどろっこしさを感じる。
もちろん、コンバーチブルタイプならば、必要に応じて切り替えて利用すればいいのだが、それでは本末転倒である。“Tablet PC Editon”と名乗るからには、Windowsに最初から入っているすべてのアプリケーションが、タブレット入力を考慮したユーザーインターフェイスになっているべきだ。
価格の問題もある。Tablet PCに用いる電磁式デジタイザは、非常に精度の高い筆圧情報付きの筆致データを入力できる反面、そのコストは無視できないほど高価である。ベンダー筋の話では、量産することを前提にして調達したとしても100ドルを大きく超えるコストが上乗せされるという。またマイクロソフト関係者はWindows XP TabletPC Editionのライセンス料金が、通常のWindows XP Professinalに若干のプレミアムを載せたものになると話している。
たとえ価格の問題を許容できたとしても(あるいは戦略的な価格設定が可能であったとしても)、タブレット機能を持たないハードウェアと同じポータブル型PCとしての機能性を持つことが難しい。
重量面での不利もさることながら、コスト面を考えると現状は10.4インチ以外の画面サイズを選択しにくい、周辺光の反射を抑える表面処理を行えない、などなど。現行最高クラスのサブノートPCが、重量面、性能面、使い勝手など様々な面について、何ら犠牲にすることなくタブレット化できなければ、新しいものに飛びつくアーリーアダプタ層をユーザーとして捕らえることは難しいかもしれない。
このように、タブレットPCを否定する意見を探すのは難しくない。今、この時期にタブレットPCなどに手を染めている場合なのか!?、と声を荒げる者もいるほどだ。
実際にTablet PCを1週間使ってみて確信したのは、このタイプの製品がはじめて正しい方向での進化を“始めた”ということだ。これまでペン入力型コンピュータの多くは、キーボードの代替としてペンを考えていた。しかし、タブレットPCは最初からキーボードよりも効率の良い入力など求めていない。その代わりに、タブレットの特性を活かして、これまでは考えられなかった切り口をソフトウェアに与えようとしている。方向としては非常に正しい。
ただし、同時に始まったばかりの分野であることも痛感させられる。英語版のTablet PC向けアプリケーションには、手書き情報と文字認識情報をうまくミックスさせて管理する「1Planner」という電子手帳ソフトも発表されている。しかし、この手の手書きと認識後のテキストデータを同時管理するといったアプローチが、より多くのアプリケーションに反映されるまでにはまだまだ時間がかかるだろう。
また対応アプリケーションの開発が進めば、Windows XP Tablet PC Editionに対して新しいAPIを求める声も出てくるに違いない。まだまだ、タブレットの応用は始まったばかりなのだ。WindowsのGUIがこの10年で大きく変化してきたように、タブレットの使い方もこれから改善されていかなければならない。
そしてもっとも難しいと考えられるのは、PCとそのソフトウェア環境を評価する立場にいる人たちにとって、タブレットPCはあまり魅力的に映らないと考えられることだ。タブレットPCは、キーボードで考えをテキストとして自由に入力できる人たちではなく、PC以外のものでアイディアをまとめることが得意な人たちにとって魅力的だからである。
思い起こせばWindows浮揚のきっかけとなったWindows 3.xの時代、DOSに慣れたユーザーからは、何度もGUI不要論が聞こえてきた。GUIの進化とユーザー層の広がりによって、今ではほとんど聞かれなくなったが、今でもキャラクタベースのユーザーインターフェイスの方が効率的と思っているソフトウェア開発者は少なくない。同様に、今のPCユーザーインターフェイスに慣れている人々にタブレットPCの長所を訴えかけても、大きな反響を得ることは難しいのではないだろうか。
タブレットPC普及の難しさは、現在のPCをあまり便利とは思っていない(言い換えれば、PCに対する興味が比較的薄い)人たちに対してアピールしながら、同時にまだ若く未成熟なタブレット対応アプリケーションを育てていかなければならない点にある。
個人的には、マイクロソフトがWindowsが進化する方向の一つとして、タブレット入力をターゲットにしたことは間違いではないと思う。すべてのPCで、タブレット入力が当たり前となれば、使い方もユーザー層も大きく広がることだろう。
しかし、みんながハッピーになるためには、ハードウェア、OS、アプリケーション、そして市場環境(タブレットPCを受け入れる市場マインド)のすべてを、時間をかけて変えていかなければならない。もしマイクロソフトが、タブレットPC投入の効果が得られることを期待しているならば、プロジェクトは失敗に終わるだろう。しかし、時間をかけてじっくりと取り組んでいくのであれば、将来的にPC市場に変化をもたらすことができるはずだ。
[本田雅一, ITmedia]
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