News 2003年7月1日 07:50 PM 更新

日本のグリッドコンピューティング研究開発拠点が本格稼動を開始

欧米に比べて一歩出遅れているグリッドコンピューティングの技術力を向上させるため、産官学一体のプロジェクト「NAREGI」が始動する。欧米もまだ模索中のナノテクノロジーに耐えうるパフォーマンスの実現が目標だ。

 国立情報学研究所は7月1日、「超高速コンピュータ網形成プロジェクト」(National Research Grid Initiative:略称「NAREGI」)の本格的な活動開始を発表、プロジェクト活動拠点の開所式を行った。

 開所式に先立って行われた記者説明会では、プロジェクトリーダーの三浦謙一氏(グリッド研究開発推進拠点プロジェクトリーダー。国立情報学研究所客員教授)がプレゼンテーションを行い、プロジェクトの目的や組織構成、ロードマップを説明した。


プロジェクトリーダーの三浦謙一氏。富士通のフェローも兼任しているが、まもなく国立情報学研究所の専任教授に就任する予定

 「超高速コンピュータ網形成プロジェクト」という日本語では分かりにくいが、英語表記にあるように、NAREGIはグリッドコンピューティングの研究開発プロジェクトだ。

 欧米では、すでに科学技術計算分野の実用段階に入り、ビジネス利用の可能性を模索している。グリッドコンピューティングの標準化を進めるGlobal Grid Forumによって、ミドルウェアソフトや開発ツールの認定が行われるなど、グリッドコンピューティングに関する開発はかなり進んでいるといえる。

 日本国内でも、IBMやヒューレット・パッカードのプライベートフォーラムで紹介されているので、あまり意識されることがないのだが、日本の研究機関や企業におけるグリッドコンピューティングの研究は、欧米と比べて立ち遅れている(もちろんGlobal Grid Forumに参加し、レベルの高い研究を行っている個人も少なからずいるが)。このような現状において、NAREGIを中心に、産官学が一体となって研究開発を推進していくのがプロジェクトの目的となっている。


当初、プロジェクトの規模は、ハードウェアの開発も考えて100億円を想定していた。しかし、実際は20億円の予算がつけられ、ソフトウェアの開発のみに縮小されてしまった。そのため、ハードウェアとネットワークインフラは既存のリソースを利用することになっている

 プロジェクトは2003年から5カ年計画で進められる。2003〜2004年度にかけて研究開発を行い、2005年度に中間評価。2006年度から実用化に向けた強化研究が行われ2007年に行われる実証試験を経て、2008年度に実用化される計画だ。最終的な処理能力の目標として、NAREGIプロジェクトは100テラflopsという数値目標を掲げている。


プロジェクトのスケジュールは2005年までの研究開発段階と2007までの実証研究段階に分けられる。2007年の実証実験を経て2008年から産業界で実用される予定

 研究内容は大きく分けて、グリッドアプリケーションの開発を行う「システムの実証研究開発」、グリッドミドルウェアの開発を行う「グリッド研究開発」、運用技術の開発を行う「インフラ」の3つに分けられる。

 グリッドアプリケーションの用途としてNAREGIが推進するのが「ナノテクノロジー領域におけるシミュレーション」だ。岡崎国立共同研究機構の分子科学研究所と連携し、ナノ分子、ナノ電子系などに関するシミュレーションを行えるアプリケーションの開発を目指す。産業界において需要が高い分子エレクトロニクスやバイオ分子素子の分野で、NAREGIが開発したアプリケーションやミドルウェアを利用してもらう構想だ。

 グリッドミドルウェアには、Globusが開発するGlobus Toolkitなど、すでに広く普及しているミドルウェアや開発ツールキットが存在している。NAREGIでは、これらのツールキットに対して「使えるものは使っていく」(三浦氏)方針で臨む。すでにあるものと競合するのではなく、それらを活用しつつ、新しいツールやミドルウェアを開発するわけだ。NAREGIが開発したソフトウェアは、これまでのグリッドコンピューティングコミュニティーの方針通り、すべて公開される予定。

 プロジェクトの研究開発体制は、今回開設されたグリッド研究開発推進拠点内に「グリッド研究開発」「グリッドネットワーク利用技術開発」を設置し、グリッドコンピューティングミドルウェアで重要になる、コンピュータ網のルーティング制御に関わるソフトウェアの開発を行う。

 また、グリッド研究開発推進拠点の下部組織として、アプリケーション開発拠点が分子科学研究所に設けられ、ナノテクノロジーシミュレーションを行うグリッドアプリケーション開発を担当する。開発に携わる人員は最盛期で「ソフトウェアベンターの常駐スタッフも含めると100人規模になるだろう」(三浦氏)


グリッド研究開発推進拠点とアプリケーション開発拠点といった基幹組織以外にも、産業界からのリクエストを開発にフィードバックする組織「研究グリッド産業応用協議会」や研究開発に必要なリソースを共有する「IBTL」など、外部の組織や研究機関との連携も数多く図られている


グリッドコンピューティングの要とも言えるネットワークインフラはスーパーSINET/SINETのネットワーク網を利用する。スーパーSINETの帯域は10Gbps、SINETの帯域は30〜100Mbpsであるが、欧米における幹線帯域が40Gbpsに達しているため「国内でもより太い回線が求められている」(三浦氏)

 すでに述べたように、欧米ではすでに実用段階に達し、2004年からビジネス利用の本格普及を目指す状況。2008年の実用化を目指すプロジェクトで「グリッド技術の標準化への先鞭を目指す」(三浦氏)のは、時期を逸するのではないだろうか。

 この疑問について、三浦氏は「建築構造や自動車の衝突シミュレーションは、基礎的なグリッドコンピューティングの技術でも処理できた。しかし、ナノテクノロジーで求められている処理能力は、もっと高度な技術でグリッドを構成しなければならない。その分野で、まだ日本が入り込める余地がある。ビジネス利用のために用意されたOGSAもまだ完成度は低い。本格的な普及はまだ4〜5年はかかるのではないか」と、日本のグリッドコンピューティング技術が、世界的と競争するだけの時間は十分残されていると強調した。


現在普及しているGlobusなどで実現するグリッドコンピューティングでは、これから研究が行われるナノテクノロジーには対応できない。NAREGIは、この分野において世界に通用するグリッドコンピューティング技術を開発しようとしている

関連記事
▼ Globusリーダーも「グリッドの商用利用に期待」
▼ グリッドとオートノミックはどこまで現実に近づいたか――IBM Forum2003
▼ 611年の計算を4カ月で NTTデータ、PCグリッドの成果を発表

関連リンク
▼ 国立情報学研究所

[長浜和也, ITmedia]

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.