News:アンカーデスク 2003年8月18日 10:20 AM 更新

発展途上国のメディアを支えるPC技術(2/2)


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 ちなみに車がなんでそんなにいっぱいあるかというと、輸入するときに同じ車を3台買うからである。現地で故障しても部品がないので、スペア1台、部品取り用1台なんだそうだ。それもどうよ。

 いやこんな連中だから、何か教わりに来てるハズなのに、こっちの言うことなんざてんで聴きゃしねえからびっくりだ。「そういう編集はあり得ないから他の方法を考えた方がいい」と教えてるのに、いいやオレがこれでいいと言えばいいんだ、これがダメならオマエが代わりにやれ、カネのことなら心配するな、と平気で言ってくるから大爆笑である。きっと国ではどっかの族長だったりするんだろうなぁ。通訳のお姉さんも間に入って大困惑であった。

時代が変われば……

 まあそんなこんなの経験があったので、JICAの研修でCGを教えるというと、かなり前途多難であることが予想されたわけである。だが時は流れて15年、その間にJICAで研修に訪れる国も人間も、大きく変わっていた。

 今回の研修には10人が参加しており、年齢もぐっと若くて20代から30代といったところである。参加国も中東ではヨルダンぐらいで、あとは本当に世界中から来たという感じだ。イスラム圏ではない国から女性の研修生も4人参加していた。

 コンピュータの操作も、思ったほど難航しなかったのは意外だった。数学的なレベルは怪しい人も中にはいたが、ペルーから来た男性は自国で実際にCGを作成している。いつもは「3D StudioMAX」を使っているという。初心者を対象とした研修なので、彼にはずいぶん退屈な講義だったろうが、生あくびをかみ殺しながら付き合ってくれた。

 また今回ディスカッションしてみて感じたのは、みんな英語の発音がかなり良くなっていることだ。特に中米から南米にかけて、放送フォーマットは違うものの米国の放送もかなり入るようで、耳から英語を覚えているようだ。

 加えて、人間としても金持ちの頑固なオッサンではなく、ちゃんと優秀な人間が来ているようだ。概念の理解には若干時間がかかったものの、技術的な問題はほとんど感じられなかった。こちらも気を利かせて、JICAから英語OSをインストールしたPCを手配したのも良かったかもしれない。

 CGの普及はまだまだこれからだが、各国ともビデオ編集にはノンリニアシステムを導入しているところは多い。カザフスタンの女性は、ノンリニアシステムはMatroxが導入されていると言った。日本ではMatroxといえばグラフィックスカードぐらいしか知られていないが、欧米ではノンリニアシステムのシェアは高い。

 またノンリニアシステムを導入するに当たって、どの製品がいいのかいろいろな質問を受けた。パソコンやパソコンパーツを買って帰りたいという希望もかなり高い。ただ問題は、こちらで買って帰るとOSが日本語になってしまう点だ。宿舎が代々木にあるので、休みの日には新宿に行ったらしいが、免税品を探すなら秋葉原へ行ったほうがいい、と言われたそうである。

埋められない経済格差

 コンピュータを使って放送機材のコストを下げたいという希望は、実は日本の地方局のニーズとあまり変わらない。そして直面している問題にも近いものがある。ノンリニアシステムの導入に積極的なのは、その利便性ではなく、純粋にコストを重視しているからである。

 彼らのコンピュータやデジタルデバイスに対する教育水準は、決して低いものではない。TCP/IPが何かも、本を読んで知っている。しかし実際にそれを配線しネットワーク設定をし、LANを構築できる人材がいないのである。知識は豊富だが、実地経験がない。

 従って、なんらかのデータのやりとりは、FDDやCD-Rなどのメディアをベースにしている。ヨルダンの男性は、CD-Rが100円で買えるなんて安いもんだ、と言っていた。メディア1枚100円なんて、今や日本ではかなり高いと思うが、現地ではもっと高いのだろう。CD-Rドライブも5000〜6000円で買えるので、メディアと一緒に数台買って帰るつもりだと話していた。

 今回CG研修に教材として使用したのは、UleadのCool3Dだ。文字専用のソフトだが、放送にはそれだけでも役に立つし、基本的なことを学ぶには十分である。

 日本円にすれば数千円のソフトウェアであるが、彼らはバス代も倹約して、最寄り駅から歩いてNHK研修センターにやってくる。これがあれば……という思いから、つい不正コピーしたくなる気持ちにもなるかもしれない。

 グループ単位で研修しているので、ソフトウェアは4本あれば足りたのだが、ユーリードの日本法人に窓口になって頂いて、英語版のソフトウェアを人数分、廉価で購入することができた。彼らにはCG研修のお土産として、ソフトウェアパッケージを持って帰ってもらう。「これから」の国を背負って立つエリートに、泥棒のまねごとをさせるわけにはいかない、という思いからである。

 こういう態度は、もしかしたら高慢なのではないだろうか。筆者の中にも、わだかまりが残る。彼らの国に比べて、日本がどれだけのリッパなのだろうかと思う。単に金持ってるだけじゃないか、と。彼らの国にも、他国に誇れる古い文化がある。近代になって独立したため、国内経済が不安定なだけだ。

 読者諸氏がこれをどのように感じたかわからないが、「フェアにやること」を示すことも、まんざら無意味ではなかったと思いたい。彼らの国のコンテンツが、より豊かになってくれればいい、そう思いながら2日間の研修を終えた。

小寺信良氏は映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。

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[小寺信良, ITmedia]

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