News 2003年9月19日 07:54 PM 更新

Intelが提唱する「ワイヤレス技術のルネッサンス」

IDF Fall 2003の最終日、Intel上席副社長兼CTOのパット・ゲルシンガー氏の基調講演が行われた。同氏は、アダプティブ(=適応性)というキーワードを軸に、ワイヤレス通信技術で起こっている世の中の変化をさらに先に進めるための「具体的な近未来技術」を紹介した。

 米国カリフォルニア州サンノゼで開催された開発者向け会議「Intel Developer Forum Fall 2003」の最終日、恒例となっているIntel上席副社長兼CTOパット・ゲルシンガー氏の基調講演が行われた。


 近年、ゲルシンガー氏の講演はIntelの最先端技術に対する取り組みとその背景といった視点で描かれ、「前衛的であるが故にどこかSFチック」なものが多かった。しかし、今年のゲルシンガー氏が語ったのは、もっと近い未来。現在、ワイヤレス通信技術で起こっている世の中の変化をさらに先に進めるための「具体的な近未来技術」を紹介した。

 それは、IntelがCentrinoプラットフォームに実装しようとしている技術であり、それほど遠くない将来、我々が購入する製品に反映されるものだ。

ワイヤレス技術、次のキーワードは“アダプティブ”

 ゲルシンガー氏は講演の冒頭、前提となる考え方について話した。この考え方とは、「技術的な可否を考えるのではなく(技術的問題は解決できるものとして)現在の技術が人間にとってよりよいものになるために改善を行っていくことで、新しい領域に入っていけると」いうことだ。

 「誰もがスゴイと思うことでも、大抵の場合、技術的な解決は行えるものだ。技術で解決できないものは基本的にはない。例えば、かつて科学者のテスラは無線通信の基礎的な技術とビジョンを構築し、それを商業ベースに乗せた。そのテスラのビジョンを継承し、改善して実装したのがマルコーニの無線機器である。これは主に船舶用に開発され、モールス信号を認識できる程度(ゴー、ゴーという音しか出ない)の無線機器でしかなかった」(ゲルシンガー氏、以下同)

 「現在、我々は携帯電話をはじめとして高度な無線機器を使うようになり、テスラの時代から比べると“スゴイこと”がいとも簡単に行えてしまっている。技術的には大きな進歩だ。しかし無線技術による通信というビジョンは同じである。かつてテスラの構築したビジョンをマルコーニが改善・実装したように、今、ワイヤレス技術のルネッサンスが始まっている」(同)

 つまり無線通信という昔から存在するビジョンはそのままに、技術的な進化が新しい用途、新しい市場を作り出し、新しい価値観を生み出そうとしているというわけだ。

 ワイヤレス技術を軸にした、新しい価値観の創造、ルネッサンスを実現するためのキーワードとしてゲルシンガー氏が挙げたのは“アダプティブ”。すなわち適応性だ。

 「(有限な資源である)電波は最初、政府だけが利用できた。これが特定通信に開放され、さらには放送向けに開放された。そして現在、個人向け製品にも利用可能な電波の帯域が割り当てられている。しかし、これまでの無線技術機能も用途も固定されたものでしかない。だが将来的には、ワイヤレス技術は透過的かつアダプティブでなければならない。利用状況に応じて利用する技術を変えたり、より効率的な動作を行うため、自由に変化するワイヤレス技術が必要だ」(同)

 では、ゲルシンガー氏の言うアダプティブな無線技術とは、どんなものだろうか?

適応性でスペクトラム効率を向上させる

 ゲルシンガー氏が挙げたのは、物理的な通信部にアダプティブな技術を導入すること、ネットワーク制御をアダプティブに行うこと、そしてユーザーの使い方に対してアダプティブに対応できることの3点である。

 ご存じの通り、有限資源である電波は、利用に際しての規制があり、利用できる周波数帯(スペクトラム)を異なるアプリケーションで共有したり、利用可能な範囲が指定されていたり、出力が限定されていたりする。このため、ワイヤレス通信を行うためには、帯域、スループット、通信カバー範囲などのバランスを取るための選択を行わなければならない。

 そこでIntelの研究所では、さまざまな無線通信技術の可能性を探るため、電波帯域ごとの特性をさまざまな形式で実験、計測を重ねているという。

 その実験の中には、もちろん無線LAN技術もある。今年8月に立ち上がり2006年8月の規格決定を目指している802.11の新しい作業部会「802.11n」が検討している無線技術の評価では、なかなか興味深い結果が出ているようだ。

 例えば、802.11aの接続速度を計測してみると、通信距離10メートルを超えるあたりからスループットが落ち始め、20メートルでは半分以下、30メートル離れると1/3以下に落ち込む。しかし802.11nで検討されている技術を元にシミュレーションを行うと、より高速で、なおかつ40メートル以上まで大きな接続速度の落ち込みを抑えることが可能だという。

 802.11aも802.11nも、利用可能な帯域幅は同じであり、いずれも変調方式はOFDM。では何が違うのか? その違いこそが、通信の物理レイヤーにおけるアダプティブ技術だ。

 「実利用環境で電波を計測してみると、数MHzといった狭い周波数帯でも、信号レスポンスが一定しないことがわかる。電波技術は非常にセンシティブで、湿度や温度による変化もある。このようなことはワイヤード技術では起こらない。このため、ギリギリまで詰めた通信規格にするのが難しく、通常はワーストケースを前提に規格を作る」(同)

 しかし、利用電波帯における信号レスポンスの違いを、数ミリ秒単位で動的に適応させる変調技術を用いれば、理論的には2倍の通信スループットを実現できる。つまり、それまで利用できず捨てていた部分の帯域を有効活用するための、アダプティブ技術である。

 「もちろん、こうした操作を高速かつアダプティブに行うことは難しい。しかし、ムーアの法則(すなわち半導体技術)がこれを解決する」(同)

MIMOスマートアンテナにもアダプティブ技術を応用

 802.11nには、アンテナ技術の改良も含まれている。802.11nで検討されているのは、一般にMIMO(Multi Input Multi Output)と呼ばれているもので、送信側、受信側双方に複数のアンテナを用意し、データを分割して送信するためアンテナ数に応じてスループットが向上する。

 ゲルシンガー氏はMIMOに、アダプティブなスマートアンテナ技術を応用することで、劇的に通信品質の改善されることをデモの中で証明してみせた。デモで行われたMIMOスマートアンテナは、通信相手の方向に対して信号が最も強くなるように電波位相を微調整し、その場に合わせた指向性を持たせる技術を採用していた。障害物からの影響も最小限に抑えることができるという。

 デモで使われていたのは、4つのアンテナを用いたもので、信号強度で約20dB、スループットで2倍改善されていた。

 「スマートアンテナとMIMOには、ワイヤレス通信の品質を何100万倍にも高める可能性がある。実際にMIMOスマートアンテナをノートPCやPDAなどに、安価に実装するための標準規格をみなさんと作りましょう。近い将来、デファクトスタンダードとなるように商品化を行うつもりだ」とゲルシンガー氏は視聴者に訴えた。

アダプティブ制御でパフォーマンス低下を抑制

 上記は物理的な無線通信レイヤへのアダプティブ技術導入例だったが、ネットワーク技術にも同じ考えを導入する必要がある。なぜなら、現在の無線LAN技術では多数のユーザーが同時に通信を利用しようとしたとき、大幅なパフォーマンス低下が発生する可能性があるからだ。

 ゲルシンガー氏は、視聴者にわかりやすく説明するため、3台のCentrinoマシンを用いてデモンストレーションした。「信号品質が高い場合は、3台がそれぞれ均等に帯域を分け合い、問題なく通信を行える。しかし、ここに通信品質の悪いPCが入ってくると、そのPCが帯域を食い潰してしまい、他の3台の速度が大幅に落ちてしまう」(同)

 これを改善する手法の一つが、アダプティブなメディアアクセス制御(MAC)である。アイドル時間を詰め、通信状況に応じてバラバラに入ってくる通信タスクをひとまとめにし、それぞれのオーバーヘッド部分を節約する。

 これらアダプティブMACの技術は、すでにワイヤレスLAN向けQoSを実現する802.11eとして規格化されており、今後の製品化が見込まれている。Intel製無線LANチップとしては、来年投入予定のCalexico IIが802.11eをサポートしている。

 さらに帯域を無駄に消費するノードを減らすため、Meshネットワークを使う方法も考えているという。Meshネットワークはその場に応じてアドホックに(つまりアダプティブに)一番近いノードにピアツーピア接続し、コネクションをバケツリレー的に繋げていく手法。最も品質の良い経路を使うため、アクセスポイントから遠いユーザーが、本来パフォーマンスが良いハズのユーザーの体験を落とすといったことがなくなる。

 ゲルシンガー氏は、これらネットワーク部分へのアダプティブ技術導入が、どのような結果をもたらすかを、シミュレーションしてみせた。例えば500ユーザーを1台のアクセスポイントでカバーしようとすると、ほとんどのユーザーはまともな通信が行えなくなり、全体のスループットは合計でも5Mbpsにしかならない。

 しかし802.11nベースでアクセスポイント×1、メッシュで繋がったワイヤレスアクセスポイント×1の構成だと、全体のスループットは合計値で256Mbpsにもなる。この傾向はユーザー数が増えれば増えるほど強くなり、いくらアクセスポイントを増やしても帯域の合計はほとんど増加しないが、将来の無線LANはアクセスポイントの増加に対して、かなりリニアにスループット合計値が上昇していく。

 「No More Copper! これが私たちの次の目標だ。実用化に向けて開発中の無線LAN技術を用いれば、銅線を使っての通信は不要になる。もうユーザーが増えたからといって、新しい線を敷設する必要はない」(同)

ユーザーの状況にアダプティブに対応するコミュニケータをデモ

 最後のテーマは、ユーザーの利用状況、ニーズに合わせてアダプティブに対応するアプリケーションの必要性について。ゲルシンガー氏は「ユニバーサル・コミュニケータ」のデモンストレーションを行った。

 研究用に試作したユニバーサル・コミュニケータには802.11bとGPRS、SDメモリーカードスロットなどがあるスマートフォンライクな端末だ。しかし、注目すべき点は端末のハードウェア自身ではない。利用可能なネットワークとその帯域、利用料金などから、自動的に経路やアプリケーションの品質設定を切り替え、さらには経路切り替えが発生しても(Mobile IP技術で)、そのまま継続してネットワークサービスを利用可能なように作られていることが重要だ。

 例えば、テレビ電話を利用しながら無線LANのサービスエリアから出ると、自動的にGPRSに切り替える。さらに無線LANのエリアに再び入ると、再度無線LANへと切り替わる。GPRSに切り替えると、ビデオ品質が悪くなるものの、帯域が増えると自動的に品質が高くなる。これらがすべて自動で行われるのだ。

 ご存じのように、利用する周波数帯や変調方式、ネットワークシステムの違いなどにより、通信コスト、速度、カバーエリアなどの特徴は異なる。将来的には複数の通信方式が一つのデバイスに搭載され、自動的に切り替わるようになるはずだ。

 ゲルシンガー氏はこれらの問題に対して、すべてシリコン、すなわち半導体の力を用いようとしている。アナログ部分は最低限だけを実装し、残りは全部デジタルにする。現時点では難しいことだが、デジタル化を進めることで、ムーアの法則にのっとった問題解決を図れるからだ。ゲルシンガー氏は、こうしたワイヤレス通信に関する考え方の変化を「ラジオ・ルネッサンス」と呼んだ。



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[本田雅一, ITmedia]

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