「もしもし、今の株価は?」→AIオペレーター「日経平均株価はX万XXXX円です」――こんなシーンが日常になるかもしれない。大和証券がコンタクトセンターに「AIオペレーター」を導入した。専用ダイヤルに電話をかけて「今日の取引が多かった銘柄は?」「オンライン取引サービスのログイン方法を教えて」などと話しかけるとAIが音声で返答する。
「お客さまの利便性を高め、お客さまの資産価値最大化に貢献することが最終ゴールです。人間のオペレーターを直ちに再現するのは難しいので、第一段階として『AIが電話口で要件を聞き取って正しく回答できるか』という点を重視してAIオペレーターを公開しました。現在も開発、改善を続けています」――こう話したのは、開発プロジェクトを担当した大和証券の内海春輝氏だ。
これまで人間のオペレーターが対応していたコンタクトセンター業務の一部を生成AIに置き換えることで、顧客の待機時間を短縮する狙いがある。正確性や信頼性が最重視される金融業界で、顧客対応にAIを使うのは異例だ。60人以上が携わった半年間の開発プロジェクト、その裏側を取材した。
AIオペレーターへの問い合わせ件数は1日に数百件に上る。投資に対する関心が高まり、金融機関への問い合わせが増加傾向にある中で、オペレーターが対応し切れず顧客を待たせてしまう恐れがある。内海氏は「人員を拡充することも必要ですが、採用や育成期間の観点から、それだけでは限界があります。昔からあるこの課題をAIで解決できればお客さまの待機時間を減らし、オペレーターが複雑な用件の応対業務に集中できます」と説明した。
回答できるマーケット情報は日経平均やS&P500などの主要な株価指標、個別銘柄の値動きや決算内容、配当利回りや出来高に基づく個別銘柄ランキング、外国為替などだ。大和証券のオンライン取引サービス「オンライントレード」に関する相談やNISA(少額投資非課税制度)に関する質問など、一般的な問い合わせにも対応する。
大和証券に口座を持っていれば誰でもAIオペレーターを24時間いつでも利用できる。フリーダイヤル「0120-81-22-55」(語呂合わせ:AIにゴーゴー)に電話をかけるとAIオペレーターにつながる。電話がつながり、大和証券の口座番号を入力すると「ピーという発信音の後にご用件をお話ください」という音声が返ってきた。
――ユニクロの株価って今、幾らになっていますか?
AIオペレーター「お調べ致しますので少々お待ちください……ファーストリテイリングの直近の株価はX万XXXX.X円、前日比XX.X円高です。他にご要件があればお話ください」
――今日の取引が一番多いところはどこですか?
AIオペレーター「お調べ致しますので少々お待ちください……5月1日の出来高上位ランキングを読み上げます。1位は日本電信電話、東証プライム。出来高は14時33分で1億XXXX万XXXX株です。2位は――(以下略)」
――もうかりそうな株ってありますか?
AIオペレーター「かしこまりました。お調べ致しますので少々お待ちください……申し訳ございません。お答えできません。(以下略)」
ブランド名と運営会社名が異なる銘柄の情報を聞いたり投資について意見を求めたりしてみたが、AIオペレーターは適切な答えを返した。人間に問いかける感覚で話しても内容を間違えることなく聞き取って返答してくれる。機械音声ながら自然な発音のため、機械と会話していることを忘れてしまうクオリティーだ。
「人間のオペレーターのように、お客さまの要望を対話で引き出すことは現時点では難しいですが、AIが顧客応対する土台はできたと考えています。」
大和証券がAIオペレーターの開発を構想し始めたのは2023年末ごろ。翌年10月4日の「投資の日」にAIオペレーターを公開するために検討したものの、金融機関ならではの難しさがあったと内海氏は振り返った。
「対外的なAIサービスの提供は金融機関として挑戦的な試みです。『社内の業務効率化だけでなく、お客さまの満足度が向上するような直接的な取り組みにもAIを活用していくことが大切だ』という会社の方針に基づく取り組みです。しかし、法務やコンプライアンスのハードルを越えられるのか、スケジュール通りに開発できるのか、そもそも技術的に可能なのかなどの課題がありました」
こうした懸念を踏まえて開発パートナーを選定するに当たり、AI開発パートナーを紹介するプログラムを展開している日本マイクロソフトに相談。複数の企業に要件などを伝え、さまざまな基準で比較検討した結果、開発体制や技術力だけでなく「やります! 一緒に最高のサービスを作りましょう!」という情熱が強かったヘッドウォータースに依頼することが決まった。
AIシステム開発に強みを持つヘッドウォータースは、Microsoftが実績や技術力を保証する「Specializationパートナー」だ。「大和証券としても初めての試みであり、手探りな部分もあったため、AI開発の経験が豊富で、『やります』ときっぱりと答えてくれたヘッドウォータースが心強く感じました」と語る内海氏の言葉を受けて、ヘッドウォータースの河本友規氏は次のように話した。
「生成AIのハルシネーションという特性を踏まえ、厳密性を求める金融機関で活用するには技術的、運用的なブレークスルーが不可欠だと考えました。また、AIシステムをイチから開発して約半年でリリースするという厳しいスケジュールも存在しましたが、技術力に信頼のおけるメンバーがそろう当社であれば実現可能だと確信していました」
2024年5月にAIオペレーター開発プロジェクトが始動した。大和証券が中心に立ち、ヘッドウォータースがシステム開発を担当した他、大和総研やNEC、QUICKも参画。5月中にはプロトタイプを作ってPoC(概念実証)を始めて、7月に本格的な開発に着手した。8月から9月にかけてテストを繰り返しながら精度を向上させていき、10月リリースに間に合わせた。
大和証券は、「ChatGPT」を全社員9000人が利用できる環境を2023年4月に整備しており、AI利用のルールやセキュリティ対策が整っていた。加えて、OpenAIが開発したAIモデルを組み込める「Azure OpenAI Service」を利用できる点が決め手になり、AIオペレーターのシステム基盤に「Microsoft Azure」を採用したと内海氏は明かした。
Azure OpenAI Serviceを含む「Azure AI サービス」をフル活用したシステム構成で、1000回線の通話に同時に耐えられる。フロントに「Azure AI Speech Service」を置くことで電話の音声認識に対応。内容をテキスト化してAzure OpenAI Serviceに送信してAI処理する。マーケット情報の確認であればQUICK社が提供するAPIをコールして最新情報を取得し、大和証券サービスの利用方法といった問い合わせであれば「Azure AI Search」を使ってFAQ情報を格納したデータベースや社内情報を検索して回答を生成する仕組みだ。FAQの回答にはRAG(検索拡張生成)を採用した。
「開発スピードが重要だったので、当社の生成AI活用プラットフォーム『SyncLect Generative AI』を中核に据えました。『マーケット情報を回答するAIエージェント』『FAQに回答するAIエージェント』をメインとして、入出金方法案内など特定のフローに沿って回答するAIエージェントなどを並べたマルチエージェントシステムにしています」(河本氏)
AIオペレーターのプロトタイプが完成した後は、2カ月間ひたすらテストとチューニングを繰り返す日々だったという。大和証券のオペレーターにも協力してもらい、2万件以上の電話やチャットを手作業で送って改善に生かすことでAIオペレーターの精度を向上させることに成功。
開発初期に50%未満だった回答精度は、リリース時には顧客に提供しても問題ないと社内判断できるレベルに達した。リリース後も会話データをモニタリングしており、精度に磨きをかけ続けている。内海氏によると1日当たり数百件の問い合わせに対して、エラーは数件程度にとどまっているという。
AIオペレーターの開発は、参画企業やオペレーターなど合わせて60人以上が参加した大型プロジェクトになった。河本氏は「スケジュールがタイトなので、わずかなトラブルも許されない状況でした。参画人数が多いとコミュニケーションミスがトラブルの原因になることが多いので、大和証券さまとヘッドウォータースの間でのやりとりや当社チーム内での情報共有などを丁寧にして、認識の食い違い防止に神経をとがらせました。技術に長けた優秀なメンバーがそろっているので、コミュニケーションミスさえ防げれば越えられない壁はないと思っていました」と回想した。
金融機関が守るべきセキュリティやデータ保護の基準を満たすために、第一段階のAIオペレーターは顧客情報を参照しない設計にしている(2025年5月1日時点)。
「会話ログは『Azure Cosmos DB』に格納していますが、お客さまが入力した口座番号などの個人情報はデータベースに保存しません。大和証券さまだけに本番環境データベースのアクセス権限を付与しており、当社もアクセスできないようにしてセキュリティを確保しています」(河本氏)
AIオペレーターの返答速度にもこだわり、レスポンス時間を短くするためにクラウドリソースのスペックを上げた。また、API経由で入手したマーケット情報をそのままAIに渡すのではなく、情報をそぎ落とすことで処理を軽くする仕組みを取り入れている。無言が続くと「待たされている」と感じやすくなるため、「少々お待ちください」など間をつなぐ言葉を入れる工夫をしたと内海氏は明かす。
「AIを使うべきところ、使うべきでないところを明確に分けて設計しました。API経由で取得したデータやFAQデータセットはAIで大きく加工せずそのまま使う方が効率的です。正確な回答をするための確かなシステムを構築した上で、お客さまとの柔軟な対話が必要なところを見極めてAIを使用しました」(河本氏)
わずか半年間でここまで仕上げられた理由の一つが、Microsoftの支援プログラム「Azure Innovate」にある。特定分野における高度な専門性を証明するMicrosoftの「Specialization」を取得したパートナー企業に提供されるものだ。ヘッドウォータースは、開発チームにAIエンジニアの人数を増やすことでAIオペレーターの開発体制を盤石なものにした。さらに契約周り等の社内手続きと並行してPoCに向けて動き出す上でもAzure Innovateの支援が役立ったと内海氏は強調する。
AIオペレーターに対するコールセンター現場の反応は好意的なものが大半で期待が集まっているが、効果を明確に実感できるまでには至っていない。大和証券は、対応できる問い合わせ内容の拡充に力を入れる方針だ。
「人間のオペレーターが時間を割いている単調な業務をAIオペレーターで代替することを目指しています。顧客情報を扱えるようにするなど改善すべき点が多々あるので、投資と効果検証を繰り返してより良いサービスに仕上げていきます」(内海氏)
AIオペレーターの機能を増やす上で今後の開発が難航することがあるかもしれない。河本氏は「ヘッドウォータースは全力で大和証券さまをサポートします。当社は『やり切り力』を強みとしており、困難な技術的課題を粘り強く分析して解決策を見出すことで、着手したプロジェクトは必ず最後まで完遂します」と力を込めた。
AI開発は、知見が十分に整っていなかったり期待した効果につながらなかったりと従来のシステム開発にはない難しさがある。AI開発で実績のある企業にサポートしてもらうのが賢い選択の一つだ。大和証券とヘッドウォータースがAIオペレーターをどのように進化させていくのか期待したい。
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提供:株式会社ヘッドウォータース、日本マイクロソフト株式会社
アイティメディア営業企画/制作:ITmedia AI+編集部/掲載内容有効期限:2025年6月11日