
生成AIの普及により、企業の関心は「AIで何ができるか」から「AIをどう実装して価値を生むか」という実務的な問いに移行している。だが、活用の本質や働き方の変化に対する解像度はまだ低い。
では2025年を皮切りに、AIエージェントが本格的に導入され日常の業務に深く組み込まれるようになったとき、人間の時間や創造性はどのように変わるのか。AIで生まれた“余白”を人はどのように使いこなすべきなのか。AIと人間の関係性を「道草」という思想から読み解くAI起業家のusutakuこと臼井拓水氏と、日立製作所(以下、日立)でAI戦略をリードする吉田順氏が語り合う。
臼井拓水氏(Michikusa 代表取締役 AI木曜会代表 デジタルハリウッド大学 特任准教授):AI起業家のインフルエンサーとしてYouTubeチャンネル「usutaku_channel」(登録者数15.6万人。2025年12月現在)も運営臼井: 2025年は「AIエージェント元年」と言われていました。吉田さんはAI活用の現在地をどう見ていますか?
吉田: 個人レベルでは「日常的に使っている」状況ですよね。私自身も臼井さんのYouTubeを見て勉強していますし(笑)。
臼井: ありがとうございます(笑)。おっしゃる通り、生成AIに関しては個人の生活にだいぶ浸透しましたよね。
吉田: 一方で、視点を「企業」に移すとどうかというと、日立グループは自分たちで1000件以上のユースケースを経験し、それらを本格的な「実装フェーズ」に役立てています。ただ、世の中全体を見渡すと企業の活用状況にはグラデーションがあるなと。まだ「成功例やROI(投資対効果)が見えてから」と、導入をためらう企業も多いという印象です。
臼井: そうですね。「決定版の技術が出てから」という声も聞きますが、その日は当分来ません。導入をためらう企業と活用を始めた企業の間には、埋め難い「経験の差」が確実に開きつつあります。
吉田: だからこそ、いきなり高度なことをめざすのではなく段階を踏むことが重要かなと。全従業員が使う基本を整え、その後に営業や人事など非エンジニア部門の文化を醸成して、最終的に「AIをつくる」段階へ進む。そうしたステップを踏む必要があります。
臼井: AIエージェントに関しては、正直まだこれからのフェーズですよね。それこそ一部の企業がPoC(概念実証)に進んでいる例にとどまっていて、業務レベルで活用できている会社は多くありません。
吉田: そうですね。生成AIやAIエージェントを業務に組み込むには、一度立ち止まって「自分たちの業務プロセスはどうあるべきなのか」を見直す必要があります。「AIを使って効率化しよう」と走り出す前に、あえて立ち止まって考える。2025年を振り返ると、実はこの立ち止まる時間、「余白」や「道草」こそが最も重要なプロセスだったのかもしれないと感じます。
臼井: 私は人生の中で「道草」を大事にしてきました。学生時代、とにかく“点を打とう”と動き回った(=道草した)経験が、実は後でつながって今に生きています。「たくさん道草を食ってきたからこそ今がある」と言っても大げさじゃないんです。
道草をするには時間(余白)が必要で、それを生み出すためにAIを活用するのが当社のミッション「AIの力で時間を作り、人生にミチクサを。」につながっています。現状のAIは「1から10」全てはできませんが、AIエージェントはそこをめざす存在です。AIが担う領域が広がるほど、人間には余白が生まれます。
吉田: 余白を生むというのは、単に楽をするためではないんですよね。
臼井: はい。その余白こそが創造の起点となる道草になる。結果、人間はより面白いことに挑戦できるようになるはずです。
吉田: 生産性が上がって楽になるというよりは、「本当は自分がやらなきゃいけないこと」にもっとフォーカスできる時間が生まれる。それによって仕事の質が変わるというのが本質ですよね。
臼井: そうですね。世の中を見ていると「仕事じゃない仕事」に時間をかけている人があまりに多いなと思うんです。人間がやるべきなのは、現場に行って顧客の声を聞くとか、新しい商品を考えるとか、あるいは何度も試行錯誤すること。そういった「価値ある道草」にこそ時間を使うべきなんです。
吉田: 日立の社内でも、よく営業担当者が商談中に必死で議事録を打っていたりするんですが「それはAIに任せて、もっとお客さまの目を見て話しましょう」と伝えています。事務作業をAIエージェントに任せることで、人間は「考える時間」を取り戻せる。それが、AI時代における人間本来の仕事の在り方かなと思いますね。
臼井: 日立さんは、AIを自社内で使い込みながら開発や設計に反映されていると伺っています。その中で、価値ある試行錯誤――道草から得た発見はありますか?
吉田: やはり最初は社内でもAIに対して抵抗感がありました。工場の現場にいきなりAIを持ち込んでも使ってもらえません。そこで私たちは、あえて回り道をしました。まず若手のデータサイエンティストを現場に送り込んで、一緒に汗をかいてもらったんです。
臼井: AIの前に、「人」を送り込んだんですね。
吉田: そうです。まずはその若手を信用してもらう。「彼が言うことなら信用できるかな」という関係性ができて初めて、「実はAIならここまでできます」と提案するんです。さらに、目的を「AI導入」ではなく「熟練者の技術伝承」に置き換えました。ベテランの暗黙知を残すためにAIを使いましょう、というアプローチに変えたんです。これは一見すごい遠回りで時間がかかるんですが、この過程があったからこそ、今現場にAIを浸透させることができました。
臼井: まさに「価値ある道草」ですね。AIを使っていると、どうしても最短距離で効率化することをめざしがちです。でも、あえて丁寧に時間をかけて現場の信頼や文脈を作るという道草ができる組織は強い。結果的にそれが一番の近道だったりします。
吉田: そうした経験から、私たちは「業務プロセス」「データ」「利用者」の3つをセットで見ないと変革は進まない、と痛感しました。当初は利用者から「こんな精度では使えない」「費用対効果はどうなのか」といったネガティブなフィードバックもたくさんありましたから。
臼井: そうした声を、どうやって乗り越えたんですか?
吉田: 個別の声を無視せず、全社的に吸い上げるAI CoE(Center of Excellence)という組織を作りました。成功例だけでなく、失敗や不満も含めて多様な知見を集約し、横展開するようにしたんです。
臼井: 日立さんのような大企業で、そこまでAIを推進して形にする会社は本当に珍しいですよね。
吉田: そう言っていただけるとありがたいです。大量の知見が集まると、ノイズのように見える情報もあります。ただ、ノイズだと思っていても話を深掘りしてみると「なるほど」と思うこともあって。実際にノイズを起点に新しいインサイトが得られたケースもあります。
臼井: 日立さんって、なぜこんなにAI推進が活発なんですか?
吉田: 背景には「Lumada」(ルマーダ)があります。2016年から始まった日立のデジタルソリューションの総称ですが、さらにさかのぼるとリーマンショックでの赤字経験が原点にあります。「どう立て直すか」という危機感の中で、「One Hitachi」として事業を横串でつなぎ、ビッグデータやIoT、AIを活用して発展すべきだという考えが経営層から現場まで浸透しました。
臼井: 「歴史」と「現場」を持っていること自体が、これからのAI時代には最強の武器になりますよね。今のAI活用の場はテキストやデジタル空間が中心ですが、これからは物理空間に干渉するフェーズに入ります。そうなったとき技術だけあってもダメで、物理的なアセットや制御のノウハウがないと太刀打ちできません。そこを長年やってきた日立さんは、次の時代のリーディングカンパニーになるんだろうなと。
吉田: ありがとうございます。まさにおっしゃる通りで、私たちが「フィジカルAI」で世界一をめざす理由はそこにあります。日立には、鉄道や電力といった物理的なプロダクト、それを動かすOT(制御技術)、そしてITの3つがそろっています。AIが導き出した答えを現実世界で安全に実行・制御する――これは非常に難しい領域ですが、日立だからこそ実現できる価値だと信じています。現在、「HMAX」(エイチマックス)では物理空間とデジタル空間のデータをドメインナレッジとして集積し、フィジカルAIやAIエージェントによる最適解をロボットを介して現場に反映することに挑戦しています。OTとITの全体最適をめざした自律運用、その先にある未来を創っていきます。
臼井: AIエージェントによって人が余白を取り戻せれば、まさにその「未来の価値」を創出できる可能性が広がりますよね。私はずっと、一見無駄に見える道草の中にこそ創造の種があると考えてきました。しかしAIは、人間のような“物語”を創ることはまだできません。(AIが発展しても)スポーツや芸術がなくならないといわれるのも、そこにある物語に人が価値を感じるからです。AIはその物語を生み出す手前の余白を広げることで、人の創造性を押し上げる存在になれるはずです。
吉田: ゲームや音楽も同じですよね。人が創ったり演奏したりするからこそ心が動く。この先どんなに世の中が便利になろうと、完全にテクノロジーに置き換わらないものってありますよね。
臼井: だからこそ、これからの人間に必要になるのは“好奇心”だと思うんです。AIで「できること」の範囲は広がっています。でも、好奇心がなければ何も生まれない。そこだけはAIが肩代わりできない、人間固有の能力です。
吉田: 私は「問いを立てる力」がより重要になると思っています。AIは指示がなければ動かず、インプット(質問)の質がアウトプットの質を決めます。良い問いを立てるには知識や経験が必要で、人間の学びが止まるとAIに相談することさえ難しくなる。AI時代は、人が学ぶ意味が濃くなるんじゃないかと。
臼井: 同感です。問いを立てられる人は、AIと何度も試行錯誤しながら力を伸ばせます。一方、問いを立てられず作業に依存している人はこれから厳しくなるかもしれません。AIエージェントは“人間の道草をサポートする存在”になれます。壁打ち相手のように視点を広げたり、好奇心を刺激する提案をしたり――「問いを立てる力」や探求心、遊び心を増幅するパートナーであるべきです。
吉田: まさにそれが、このほど日立が「AIエージェントの教科書」※を著した意義だと思います。生成AIやRAG(検索拡張生成)は広く知られるようになりましたが、AIエージェントはその価値に対する世間の認識が曖昧なままです。技術だけでなく、活用の現場や未来像まで示すことで、読んだ人が「こういう世界が来るのか」と、解像度を上げられるはずです。日立が蓄積してきた知見も、そこで必ず役に立つと思います。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
提供:株式会社日立製作所
アイティメディア営業企画/制作:ITmedia AI+編集部/掲載内容有効期限:2026年1月22日