視聴率偏重主義が破壊する番組制作の常識(3/3 ページ)
某局で放送中のある番組は、じっくりと風景などを見せる、派手さはないがいい番組である。スポンサーになりたがる企業が後を絶たず、順番待ちをしているほどだ。ところが人事異動でプロデューサーが交代したところから、この番組の受難が始まった。
「視聴率」という考え方は、その誕生時期からすれば、どれだけ番組が見られているかということを調査するだけで精一杯だったろう。しかし広告の立場で考えれば、視聴率が高ければそれだけ製品の販売に繋がるという、単純な図式ではない。スポンサーである企業は、番組のテレビCMでどれぐらいの製品が売れるものかを、疑問視し始めている。
先月末に発売されたソニーの「ウォークマンスティック」が、Appleの「iPod Shuffle」を抜いたという。各紙で盛んに報道されたため、ご存じの方も多いだろう。
このウォークマンスティックの販促は、テレビCMに頼らなかった。その代わりに銀座ソニービル全館をウォークマンでジャックするという「WALKMAN × Mora Sony Building Jack Promotion」を開催、これに連動して各ソニースタイルストアでもイベントを行なった。
言わば外部に金を使わずに、「ホームパーティ」に客を呼ぶことで、広告としたのである。結果はご存じの通りだ。仮に大々的にテレビCMを打った場合の費用を考えると、新作ウォークマンともなれば制作費だけで3000万〜5000万円ぐらいはかかるだろう。さらに各局の広告枠を買えば、トータルで億単位の出費となる。費用対効果を考えれば、10倍以上の差があったのではないかと邪推する。
もちろんこのベースには、もともと製品に対する注目度が高く、少なくとも告知には困らないという部分はあったろう。そして購買に繋がる次のステップとして欠けているのが、実際に品質を目で見て触れてみるという「体験」であった。この部分をイベントで埋めることで、セールスに直結する広告として成功した。
すなわちウォークマンスティックは、テレビCMで派手に金を使わなくてもモノが売れる、もっとも最近の一例となったのである。
テレビが広告費で成り立っているという、非常に希な構造を持った産業であることは、そう簡単に変質するものではない。いわゆるいい旦那がいて芸が磨けるという、昔の役者商売のようなものなのである。だがそこに視聴率というデータが加わり、自分の芸を自分で評価するという歪みが、状況をおかしなものにしていく。
これはテレビ関係者にとっても、不幸なことだ。自分の仕事の成果が、視聴率というふわふわしたものでしか計れないというのは、空気の重さを量るのに「天秤ばかり」を渡されて右往左往しているようなものなのである。
しかし既にテレビCMの実際の費用対効果を測定するための装置が開発され、調査プロジェクトとしてヒューストンで試験的に測定が開始されるという。視聴率と広告効果の実態が露わになったとき、テレビ局はその衝撃を受け止めきれるだろうか。
「いい番組とは何か」という評価基準をリセットすべき時に来ていることに気付いていないのは、他ならぬテレビ局だけかもしれない。
小寺信良氏は映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。
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