検索エンジンが「ユーザーのその日の気分」を知る方法(中):ネットベンチャー3.0【第11回】(2/2 ページ)
佐々木俊尚氏が日本のベンチャーにおけるWeb2.0ビジネス最前線を描く連載企画。Web2.0のキーワードの1つ「集合知」を情報の選別に利用しようとするソーシャルサービスの問題点を検証する。
ソーシャルルニュースサイト「newsing」の試み
「newsing」(ニューシング)というソーシャルニュースサイトがある。『近江商人 JINBLOG』や共著書『アルファブロガー』(翔泳社)でも有名な上原仁さんが今年7月に起業して立ち上げたサービスである。ユーザーはさまざまなネット上のニュースに投票することができるほか、それぞれのニュースに対して「○」「×」で評価したり、コメントやタグも付けられる。投票数やコメント数に、ニュースの新しさを加えてニュースがランキングされ、newsingのトップページには各ニュースがランキング表示される仕組みだ。
上原さんはNTTレゾナントの社員だったが、退職して起業した。そのきっかけについて、彼はこう語っている。
「ネットの世界は情報があふれて、ニュースを収集しきれない。RSSリーダーは1日見ないで放置していたら、読みきれないぐらいにフィードが溜まってしまう。自分自身で頭を使って膨大な情報を整理するのはたいへんだし、かといって未完成な現在のRSSリーダーでは対応しきれない。だったら今まで自分たちがやってきた世界観に基づいて、みんなで情報を整理するしくみがつくれるのではないかと思ったのがきっかけだった」
その考えを具現化していくベースになったのは、上原さんらが主催していたRTC(Real Time Context)カンファレンスだった。毎月開催し、ビジネスパーソンや学生がITや経営、金融などについてディスカッションしていこうというミーティングである。このカンファレンスの中で、マスメディアとインターネットの機能の分担について議論が及んだことがあった。――つまりマスメディアは自社で取材した一次情報を自社のサイトから発信しているが、しかしその発信はユーザーを囲い込み、さらにはトラフィックを囲い込もうというもので、きわめてWeb1.0的である。それに対してインターネットの世界はミクシィに象徴されるように、コミュニケーションの場を作り、その場をコミュニティー化していくことによって、自己増殖的に議論を広げていく機能を持っている。
「だったら、ネットの先端に敏感なビジネスマンや学生たちの自己増殖的な議論をうまくすくい上げることができるフレームワークを用意できたら、いい感じになるんじゃないかと思ったんです」
そう上原さんは話す。つまり、はてなブックマークが技術系のコミュニティーになっていたのに対し、新たにビジネス寄り、文系寄りのソーシャルニュースコミュニティーを作ることができないかと考えたのである。これがnewsingの出発点だった。RTCカンファレンスに参加している人たちに対してプロモーションを行い、コアコミュニティーとなる約30人を選んだ。上原さんが描いているnewsingの利用者ターゲットにそのまま重なる人たちである。それらの人たちに、newsingコミュニティーの最初のメンバーになってもらった。
newsingはまだ発展途上で、完成形ではない。先に紹介したようにはてなブックマークが「衆愚化」し、より一般的になっていっているとすれば、それに対するnewsingのカウンターとしての役割はどうしても希薄化せざるを得ない。また、母集団がビジネスパーソンになると、どうしてもエンタメ系のニュースがランキング入りしやすくなる。そのあたりはビジネス層の気持ちをたしかにすくい上げてはいるのだろうが、しかし情報収集ツールとして考えたとき、こうしたエンタメ系のニュースをどう扱うのかというのは、また別の課題となってくるだろう。
いずれにせよ、ソーシャルを軸にした情報収集サービスは、常にコミュニティーが巨大になっていくことによる希薄化と戦い続けなければならないのだ。
大規模化しても希薄化はしていないミクシィ
その際に参考になるのは、ミクシィだ。ミクシィは利用者数が570万人(9月14日現在)とキャズム(参照:情報マネジメント用語事典)を超えて巨大化しつつあるのにもかかわらず、ソーシャルの希薄化を招いていないように見える。ミクシィ内で私の知人から商品やコンテンツをお勧めされれば、それは私にとっては有効なお勧めであり、知人も私という人間を知っているからこそその商品やコンテンツをお勧めしている。そこには小規模であるけれども、ある種のソーシャルな仕掛けが成り立っている。だからこそミクシィは今後、巨大なマーケティングシステムに変貌することが期待されており、それが高株価のひとつの要因にもなっている。つまりミクシィ内の小コミュニティーをうまく利用すれば、徹底的なバイラルマーケティングをネット上で展開することが可能になるのである。
なぜそのようなマーケティングが可能なのか。ミクシィは、ミクシィという単体の巨大なコミュニティーを形成しているのではなく、リアルの人間関係をそのままミクシィのサービス上に転写した小さなコミュニティーが数多く点在し、それら膨大な数の小コミュニティーの集積として成り立っている。だからソーシャルサービスをその中に持ち込んでも、母集団の巨大化によって希薄化しないのである。
それは悪い言い方をすれば、ある種のタコツボコミュニティーともいえるかもしれない。同じような思想を持つ人同士がつながりやすい一方で、異なる考え方の人たちとは分断が生じてしまうケースがネット上では多く起きていることを、アメリカの憲法学者キャス・サンスティーンは『インターネットは民主主義の敵か』(2001年、毎日新聞社刊、石川憲幸訳)の中でサイバーカスケード(集団分極化)と呼び、ネットの危険性のひとつとして指摘した。
歴史的背景にまで言及すれば、これまで戦後高度経済成長的な大きな社会的基盤の中で生きてきた人たちが、その基盤が消滅し、その中で雪崩を打つようにしてインターネットの世界に流入し始めている。一方ではそうした傾向を胡散臭く感じ、拒否している団塊世代のような層もいるが、しかし30代なかばの団塊ジュニア世代以下は、ネットの中で新たなコミュニティーのパラダイムを経験しつつある。その中では人々の意見が集約されて「集合知になる」と言われ、「新たな直接民主制の始まりになるのではないか」「インターネットの中の民主主義が成立しつつある」とも言われてきた。だがそんな幸せな未来が実現するためには、まだ考えなければならないことはたくさんある。先ほどの松永さんの異議もそのひとつだ。
一方で、オープン(開放)からクローズド(閉鎖)へと進みつつある流れもある。その象徴がミクシィであり、タコツボのようなムラ社会的役割を果たしつつある。ミクシィに集まっている人たちは小さなムラ社会的コミュニティーに分かれ、共存共栄を図るようになってきているのだ。そして真にパーソナライズな情報収集・検索を実現しようとすれば、このムラ社会的コミュニティーをうまく活用し、そのムラ社会からのソーシャルなコンテキストを情報収集の中に持ち込んでいく必要がある。
その意味で、ミクシィのようなクローズドなムラ社会的コミュニティーは、非常に重要な意味を持っている。
そしてnewsingを運営する上原さんは、そうした小コミュニティーをうまくソーシャルニュースサービスに取り込んでいけないかと考えているのだ。その考えについては、次回で触れよう。
(次回掲載は10月20日の予定)
佐々木俊尚氏のプロフィール
1961年12月5日、兵庫県西脇市生まれ。愛知県立岡崎高校卒、早稲田大政経学部政治学科中退。1988年、毎日新聞社入社。岐阜支局、中部報道部(名古屋)を経て、東京本社社会部。警視庁捜査一課、遊軍などを担当し、殺人や誘拐、海外テロ、オウム真理教事件などの取材に当たる。1999年にアスキーに移籍し、月刊アスキー編集部デスク。2003年からフリージャーナリスト。主にIT分野を取材している。
著書:「徹底追及 個人情報流出事件」(秀和システム)、「ヒルズな人たち」(小学館)、「ライブドア資本論」(日本評論社)、「検索エンジン戦争」(アスペクト)、「ネット業界ハンドブック」(東洋経済新報社)、「グーグルGoogle 既存のビジネスを破壊する」(文春新書)、「検索エンジンがとびっきりの客を連れてきた!」(ソフトバンククリエイティブ)など。
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