バイラルマーケティングには可視化とリスペクトが必要だ(上):ネットベンチャー3.0【第18回】(2/2 ページ)
佐々木俊尚氏が日本のベンチャーにおけるWeb2.0ビジネス最前線を描く連載企画。ブロガーを巻き込み、ブログをマーケティングツールとして使うバイラルマーケティングの問題点と変化を取り上げる。
ネットが「やらせ」への意識を変えた
ところが90年代末以降、こうした「やらせ」に対する人々の受け止め方は、劇的に変わってきた。「やらせ」への受け止め方というよりは、プロセスがきちんと外部から見られるようにしてほしいという透明性の担保への要求が急速に高まってきたのである。
ではなぜ、可視化への要求が高まったのだろうか。その背景にはさまざまな要因がからんでいるが、ひとつには政府や自治体、企業の活動のプロセスそのものが透明になってきたことがある。仮にプロセスを隠して活動を行おうとしても、インターネット上で匿名の個人によって暴露されてしまう。暴露されれば、隠していたこと自体が激しい批判に晒されてしまうわけで、それらのリスクを回避するために徐々に活動プロセスの可視化が進んできたというわけだ。これはある意味で、社会のフラット化が起こしたポジティブな帰結のひとつといえるかもしれない。情報のフラット化が進行した結果、情報を隠密理に操作するのは、いまや不可能になってきているのだ。
もちろん、要因はそれだけではないかもしれない。だが少なくとも、プロセスの可視化に対する要請がきわめて強くなっているのは間違いなく、そうした社会では、プロセスを隠した「やらせ」は嫌悪感の対象となる。そして今回の女子大生ブログ炎上事件は、そうした嫌悪感がもたらした必然的な帰結だったと言えるのだ。
では、ブログにおけるマーケティングはどのように行われるべきなのか。NHKの先の番組では、ナレーションが「これはバイラルマーケティングと言われて注目されています」と持ち上げ、バイラルマーケティングの方法を説明している。こうしたバイラルマーケティングは、一概に否定されるべき存在なのか。
こうした手法が嫌悪されるか、あるいは受け入れられるかはかなり「皮膚感覚」のようなものであって、明確に閾値を設定して「ここから先は嫌悪される」と線引きを行うのは難しい。結局のところ、どこまでプロセスの可視化を行い、きちんと情報を外部にディスクロージャーしていけるかどうか、そしてその段階でブロガーの側が「ブロガーとしての主導権を握れるか」ということがカギとなる。つまりブログを書くという行為がまず最初に軸としてあり、宣伝広告はそこから派生する副次的な行為であるということだ。逆に言えば、宣伝広告のためだけに存在する個人ブログは、拒否されやすい。
アフィリエイトに見る富の分散化
こうした方向性への進化は、いまやインターネット空間のさまざまな場所で同時並行的に生まれ始めている。たとえば、アフィリエイト。アフィリエイト大手、リンクシェア・ジャパンの花崎茂晴社長は、「アフィリエイトの不特定多数化が進行している」と話す。
2004年ごろまでは、アフィリエイトを行うウェブサイト――いわゆるアフィリエイターは、「アフィリエイト専業型」がほとんどだった。アフィリエイターとして収入を得るため、商品紹介だけを専門に行うサイトが大半を占めていたのである。ところが2005年に入るころから、この構造が劇的に変化してくる。アフィリエイト専業サイトの絶対数そのものはあまり変わっていないのだが、エントリーの中でアフィリエイトを行う個人のブログが急速に増え、新規登録数の構成比率でいえば、専業型サイトと肩を並べるまでになってきたのである。
もちろん、販売額ベースで見れば、アフィリエイトに徹底的に特化した専業型アフィリエイターの方が圧倒的に多い。とはいえ、2005年1月には個人サイト中、専業型が95.1%、ブログが4.9%だった販売額比率は、2006年5月にはそれぞれ76.1%、23.9%にまでなっている。
花崎社長は「2006年春にGoogleが検索エンジンのロジックを変更し、アフィリエイト型のリンク集がランキング上位に上がらないようになった。検索の精度が上がって、商品へのリンクを集めただけのサイトではランキング上位に入れなくなった。つまりはコンテンツ重視になったわけで、この傾向はアフィリエイト全体を覆うようになってきている」と話す。SEOのテクニックで稼げる時代は終焉を迎え、コンテンツ重視の時代がやってきたのだ。
そしてアフィリエイトの世界では、こうしたブログ構成比率の増加にあわせて「富の分散化」も進んでいる。2004年ごろには、リンクシェアに登録しているアフィリエイトサイトは3000足らずしかなかったのが、2005年末には1万を突破した。そして04年2月には上位50位のアフィリエイトサイトが報酬全体の実に65.3%を占めていたのが、06年2月には38.4%にまで下落したのである。スーパーアフィリエイトサイトが富を独占していた世界から、膨大な数の普通の個人が少しずつ利益を分け合う世界へと移り変わりつつあるのだ。これはアフィリエイトのロングテール現象である。テール部分を占めるブログの構成比率がどんどん増えているのだ。
この傾向はおそらく、今後も継続的に続くと思われる。たとえば「2007年問題」。2007年には団塊の世代の第一陣が大量退職を迎え、これは日本の産業界を空洞化させかねない深刻な社会問題としてメインストリームメディアでは受け止められているが、しかしネットの世界から見れば、大量の団塊ブロガーの登場の可能性としてとらえることができる。実際、あるパソコン教室経営者によれば「ここ数年、定年後に水彩画や音楽などの趣味系ソフトを楽しんでみたいという団塊世代の入学希望者が増えてきている」という。WordやExcelではなく、趣味としてのコンピュータ、趣味としてのインターネットにはまりたいと考えている人が多いのだ。花崎社長も、「今後はアフィリエイトの参加者として、アクティブシニアが数多くブロガーとして入ってくると思う。彼らの存在が、アフィリエイトのロングテール化をさらに推し進める可能性は高い」と話すのだ。
アフィリエイト報酬は情報価値に応じた配分に
花崎社長はこうも話す。「アフィリエイトは単なる金儲けのツールから、価値を共有するグループの提携プラットフォームへと変わっていっている。情報に価値のないサイトは、どんどん売上が落ちているし、結果的に情報の中身によって、検索の結果が反映されるとすれば、結果的にはアフィリエイトも情報の価値に応じた報酬の分配になる。情報価値との報酬額の相関関係が起きるのではないか。たとえばそうした価値共有の好例としては、アップル・コンピュータのiTS(iTunes Store)がある。iTSでは一曲ごとにアフィリエイトが行えるようになっているが、一曲150円の曲をアフィリエイトしても、サイトに入ってくる報酬はわずか6円に過ぎない。iTSのアフィリエイトをしている人たちは儲けようと考えているのではなく、自分がその曲に持っている思い入れを多くの人に知ってほしいと思っているだけだ」
つまりは「思い入れ」の証明としてのアフィリエイト報酬なのだ。あるいはそこには、自分の影響力を確認したいという気持ちもあるかもしれない。広い意味で言えば、価値観の延長線上にアフィリエイトという存在があるのだ。
上流から下流へと、企業がマス媒体などを通じて大量の情報を流し込むモデルはそろそろ終わろうとしている。ロングテールモデルによって、多くの利益を少しずつ、人々が広く得る時代へと変わってきている。そうした考え方の基底には、おそらく「カネではなくリスペクト(信頼)」というような考え方の変化がある。そしてそうした時代においては、バイラルマーケティングやブログマーケティングにおいても、リスペクトとモラルが求められることになるはずだ。
ではバイラルマーケティングは、どのように行われるべきなのか。次回、バイマを運営しているエニグモが昨年暮れにスタートさせたプレスブログというサービスを紹介してみたい。
(毎週金曜日に掲載します)
佐々木俊尚氏のプロフィール
1961年12月5日、兵庫県西脇市生まれ。愛知県立岡崎高校卒、早稲田大政経学部政治学科中退。1988年、毎日新聞社入社。岐阜支局、中部報道部(名古屋)を経て、東京本社社会部。警視庁捜査一課、遊軍などを担当し、殺人や誘拐、海外テロ、オウム真理教事件などの取材に当たる。1999年にアスキーに移籍し、月刊アスキー編集部デスク。2003年からフリージャーナリスト。主にIT分野を取材している。
著書:『徹底追及 個人情報流出事件』(秀和システム)、『ヒルズな人たち』(小学館)、『ライブドア資本論』(日本評論社)、『検索エンジン戦争』(アスペクト)、『ネット業界ハンドブック』(東洋経済新報社)、『グーグルGoogle 既存のビジネスを破壊する』(文春新書)、『検索エンジンがとびっきりの客を連れてきた!』(ソフトバンククリエイティブ)、『ウェブ2.0は夢か現実か?』(宝島社)など。
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