科学なニュースとニュースの科学
【第3回】思考と脳内活動 ~血流で考えろ?
昨年11月に日立製作所が行った「考えるだけでスイッチの切り替えを行う実験に成功」という発表には、正直驚かされた人も多いのではないだろうか。
これは、暗算や暗唱などによって生じる脳内の血液量の変化を電圧信号に変えることで、鉄道模型の電源スイッチの「オン」「オフ」を切り替えるというもので、実際には「スイッチを切る」と考えることによって電源スイッチを切ることができるようになったわけではない。要は、被験者が暗算や暗唱といった思考を開始すると、それを装置が感知して模型の電源を入れ、逆に、被験者が考えるのをやめると電源が切れるというものだ。
ただ、この研究がおもしろいのは、思考というと脳内のニューロンと呼ばれる神経の働きであり、脳波、すなわち電気信号の変化であるという観点から離れて、思考によって脳内活動が活発化するとき、血流も増加することに着目している点だろう。このため、日立は「光トポグラフィ」と呼ぶ自社開発の脳機能計測法を用いて、脳内の血液量を計測している。この計測法は、近赤外光を頭皮上から照射して脳血液量の変化を画像化できるというもので、計測にあたって、被験者に計測用の専用キャップをかぶせるだけなので、身体を傷つけることがないのが利点だということになっている。
また、ホンダと国際電気通信基礎技術研究所(ATR)も、似たような研究成果を5月に発表している。こちらはなんと、「じゃんけん」をする時の脳内の血流の変化を外部からとらえ、ロボットの指を人間の思い通りの形に動かすというものだ。日立の研究と違って、思考の内容とその結果が一致しているところがすごい。こちらは、被験者に機能的磁気共鳴画像(fMRI)装置にかかってもらい、脳内の血流の変化を磁気共鳴画像(MRI)で読み取って、「グー」「チョキ」「パー」それぞれの特徴をコンピューターで解析し、ロボットに伝えるというもので、現状では85%の一致度だという。
脳内の電気信号を解読して、考えただけで機械を直接制御するというのは、SFなどでは昔からおなじみのアイデアだけど、これを実現するには今のところ、どうしても脳内にアクセスするために外科的に電極を埋め込んだりという方向性が主流だった。これは、まだまだ実用化途上の技術なのに、身体に装置を埋め込んでしまうというのがつらいし、なにより感染症のリスクもあった。
でも、血流の増減を外部から計測する方法だと、確かに身体に傷はつかないんだけど、今のところ電気式よりも大きな弱点もある。
ひとつはもちろん、精度の問題。日立の研究では、被験者が考えている内容と、それに対する機械の反応が全然一致していない(というより、最初からそこは目指していない)し、ホンダとATRの研究も一致度85%というのは、1割以上誤作動するということだから、実用にはまだまだだ。
もうひとつ、もっと大きな問題は、タイムラグがありすぎるという点にある。これが、電気式よりも血流式が劣る最大のポイントだ。ホンダとATRのほうはロボットが動くまで約7秒かかるというし、日立の方は被験者が考え出してから電源が入るまでもっと時間がかかるらしい。
なんせ、相手にしてるのが電気信号じゃなくて、液体(血液)だからねえ。
ただ、そうはいっても、全く動きのとれない重度の障害を持つ人には、少しでも自分の意志で周囲の環境にアクセスできるということはすごい朗報なわけで、もっと確実かつ迅速な手法が開発されるまでの過渡的な技術として、実用化に向けてさらなる研究を期待したいところ。
なにより、考えただけで機械を動かせるというアイデアそれ自体が、なんともわくわくさせられるではないですか。
そうそう。もう1点指摘しておきたいのは、思考を解読するというほうに注目が集まりがちだけど、この技術って、光トポグラフィやfMRIといったいわゆるCT(Computed Tomography:コンピュータ断層撮影)技術の発展に寄るところがものすごく大きいんだよね。てか、本当に最近のCTやMRIの進歩はものすごいんですよ、ってところが、この手のニュースの読みどころだったりして。
(次回はニセ科学の話題を取り上げます。2月2日掲載予定)
堺三保氏のプロフィール
作家/脚本家/翻訳家/批評家。
1963年、大阪生。関西大学大学院工学研究科電子工学専攻博士課程前期修了(工学修士)。NTTデータ通信に勤務中の1990年頃より執筆活動を始め、94年に文筆専業となる。得意なフィールドはSF、ミステリ等。アメリカのテレビドラマとコミックスについては特に詳しい。SF設定及びシナリオライターとして参加したテレビアニメ作品多数。仕事一覧はURLを参照されたし。2007年1月より、USCこと南カリフォルニア大学大学院映画学部のfilm productionコースに留学中。目標は日米両国で仕事ができる映像演出家。
ウェブサイトはhttp://www.kt.rim.or.jp/~m_sakai/、ブログは堺三保の「人生は四十一から」。
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