子会社上場への風当たり強まる――IT・ネット系企業に与える影響:金融・経済コラム
東証は昨年6月、株式市場の健全性の確保を目的とする「上場制度総合整備プログラム」を発表しました。プログラムの一環として「上場制度整備懇談会」が今後の上場制度の整備に向けた協議を重ねていますが、その中間報告の概要が見えてきました。
上場制度整備懇談会の中間報告
東京証券取引所では、上場企業の情報開示の充実、上場審査基準の改善、投資家保護などを目的として「上場制度総合整備プログラム」というものを昨年の夏より進めています。
また、具体的な方針の中では、「株価形成を著しく不安定にする、不公正取引を誘引するなどの企業行動についても積極的に関与をする」となっていますので、以前は野放しになっていた株式の100分割や、MSCBの発行など株主に不利益を与えかねない行為に対しての反省も含まれていると思われます。
子会社上場は推奨されない
プログラムの具体的アクションとして、「上場制度整備懇談会」という学識経験者、上場会社、機関投資家、証券会社等を委員として構成される会を2006年9月に設置し、以後月に1度のペースで協議を重ね、今年の春に中間報告を取りまとめるとなっています。そして、その中間報告の概要が見えてきたのですが、子会社上場は推奨されないという見解が含まれる可能性があるようです。
エスタブリッシュ企業では元々子会社上場は解消の流れ
最近はエスタブリッシュ企業を中心に子会社上場の流れは少なくなってきており、むしろ今存在する子会社上場企業に関しては、(1)親会社が100%子会社化して上場廃止にする(例:イトーヨーカ堂が上場子会社であったセブン・イレブン・ジャパンを100%子会社化した)、(2)外部企業に売却されるケース(例:日立製作所が上場子会社であった日本サーボを日本電産に売却、松下電器産業がビクターを米系ファンドに売却予定)、(3)MBOにより独立するケース(例:東芝の関連会社であった東芝セラミックスがMBOにより独立)のいずれかにより、子会社上場は解消の傾向です。
上場子会社の100%子会社化は収益の完全取り込み
上場子会社を自社の100%子会社化とするケースは、他にもソニー、NEC、松下などでも見られたケースであり、自社戦略上重要な子会社に関しては、上場をして利益の一部を外部株主に提供してしまうよりは、100%子会社として完全にグループ内にとどめておいた方がグループ全体としての収益向上につながること、また、完全子会社の方が他のグループ企業とのシナジーを発揮しやすいことなどを企業が認識してきたことの裏返しでしょう。
東証の考えは、一般投資家保護
その点、東証がわざわざ「子会社上場は推奨されざるべし」と言わなくとも自然と解消される流れかもしれません。ただ、東証が子会社上場を推奨しない理由は、企業のシナジーがどうこうという問題ではなく、一般投資家、少数株主の保護の観点からです。圧倒的大株主が存在する場合、一般株主の意向を無視した企業の戦略決定も不可能ではありません。
上述エスタブリッシュ企業においても、上場子会社を100%子会社にする際、一般株主や少数株主の保護という観点が存在した企業はほぼないのではないかと想像します。子会社上場に関しては、企業の観点と株主の観点は微妙に異なります。
そもそも子会社上場のメリットとは……?
一方、子会社を上場させることの最大のメリット、そして意義は、子会社独自に柔軟な資金調達ができること、子会社の上場株式を利用して株式交換での他社買収も可能となることが挙げられます。付随的なものとしては、上場会社となることでの従業員のモチベーション向上、知名度向上により採用がやりやすくなることがあります。これらはどれも成長段階の企業においてより有効な戦略です。
実際、ネット系企業ではGMOインターネットにはGMOペイメントゲートウェイとGMOホスティング&セキュリティ、サイバーエージェントにはネットプライス、アエリアにはゲームポットなどの子会社や関連会社が存在し、他のネット系企業経営者と話していても、子会社を上場させたいと考えている企業は多く存在します。
また、SBIホールディングスでは多くの子会社と関連会社がありますが、わざわざそれらの合計時価総額と自社の時価総額を比べての含み益まで公開しています。
子会社上場は本当に必要なのか?
資金調達をしたければ、親会社レベルで資金調達をすればいいわけであり、株式交換で買収をしたい場合も、親会社の株式を用いて株式交換をすればいいので、親会社が上場している限りにおいては、わざわざ子会社が上場する必要性がどこまであるかは疑問です。
また、実際は、エスタブリッシュ企業も含め、上場子会社の中で上場の本来のメリット(資金調達や株式交換)を活用している企業は多くはないという実際もあります。むしろ、子会社上場の1番のインセンティブが、実は親会社やストックオプションを持っている子会社経営陣や従業員が株式の売却益を得ることだったというケースも少なくありません。
もちろん、親会社が子会社上場の売却益で得た現金を新規事業や他社買収に使うというケースもあるので、売却益を目的としたものでも子会社上場の意義はあります。
ただ、売却益という言葉が示すように、子会社上場はあくまでも子会社の売却手法の1つです。例えば、アメリカでは、子会社上場をして親会社がずっと大株主として君臨するケースは多くなく、戦略的意義が高ければ100%子会社として維持、そうでなければ逐次完全売却を目指すことが一般的です。
子会社上場、するかしないかは自由だが…
方向性としては、東証は子会社上場を推奨はしないと言うのみでとどまり、禁止するわけではなさそうです。企業には子会社上場という選択肢は残るのですが、一般投資家保護の風潮が高まる中、その子会社上場が、売却プロセスの一環なのか、または、親会社が大株主として君臨し続け一般投資家に犠牲を強いるかもしれない中途半端な形が維持されるのか、企業はヤンワリと態度を表明していく必要性が出てくるものと思われます。もしくは、投資家がより賢明になり、中途半端な子会社上場株式には手を出さない(つまり、株価は低迷)していくことになるかもしれません。そうなると、そもそも上場したことの意味が薄れてしまいます。
東証が子会社上場への態度を硬化させることは、すでに子会社叙情を解消しつつあるエスタブリッシュ企業よりも今後たくさんの子会社を上場させようと思っていたネット系企業にとってこそ影響が大きそうなことだけは間違いなさそうです。
ただ、今のように新興市場のIPO環境が低迷したままだと、子会社上場をしたところで、親会社の望むような売却益が実現されずに、やむなく子会社上場を延期し続ける企業も出てくるかもしれません。そうなると、この子会社上場の議論そのものは必要なくなるのですがね。
保田隆明氏のプロフィール
リーマン・ブラザーズ証券、UBS証券にてM&Aアドバイザリー、資金調達案件を担当。2004年春にソーシャルネットワーキングサイト運営会社を起業。同事業譲渡後、ベンチャーキャピタル業に従事。2006年1月よりワクワク経済研究所LLP代表パートナー。現在は、テレビなど各種メディアで株式・経済・金融に関するコメンテーターとして活動。著書:『図解 株式市場とM&A』(翔泳社)、『恋する株式投資入門』(青春出版社)、『投資事業組合とは何か』(共著:ダイヤモンド社)、『投資銀行青春白書』(ダイヤモンド社)、『OL涼子の株式ダイアリー―恋もストップ高!』(共著:幻冬舎)、『口コミ2.0〜正直マーケティングのすすめ〜』(共著:明日香出版社)、『M&A時代 企業価値のホントの考え方』(共著:ダイヤモンド社)、『なぜ株式投資はもうからないのか』(ソフトバンク新書)。ブログはhttp://wkwk.tv/chou/
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