生成AIが注目を集めて久しいが、生成AIによって成果を挙げる企業とそうでない企業は二極化している。特に、IT人材が少ない非IT企業では生成AIの活用と推進に課題があることが多い。
生成AIの活用を成功に導く上で有用なのは、先進的な事例から学びを得ることだ。本稿では、国内のグループ社員1万8000人に広がっているというパーソルグループの生成AI活用を取材。グループ全体を対象にした生成AI活用の施策を取りまとめるパーソルホールディングスの上田大樹氏と、主要中核企業の一つであるパーソルキャリアで社内の生成AI活用プロジェクトを推進する梅村政貴氏にインタビューを実施した。
非IT企業である同グループは、どのようにして生成AIで成果を得たのか。舞台裏を探る。
「はたらいて、笑おう。」をグループビジョンに掲げ、総合人材サービスを提供するパーソルグループ。同グループは、2026年までの中期経営計画で経営の方向性を「テクノロジードリブンの人材サービス企業」と定義し、その実現に向けた取り組みの一つとして生成AIの活用を進めている。目指すのは「“はたらくWell-being”創造カンパニー」だ。
“はたらくWell-being”は、ウェルビーイングを5つの要素(キャリア、ソーシャル、フィナンシャル、フィジカル、コミュニティー)に細分化し、その中でもキャリアに関する要素を同グループが定義したもの。「仕事だけでなく人生もキャリアの一部と捉えた上で、キャリア面で幸福を構築できているか」と表現している。
「目指すビジョンやミッション、バリューを実現する上で、中核にあるのがテクノロジーです。そのため、中期経営計画でも『テクノロジードリブンの人材サービス企業』という姿を提示しました。もちろん生成AIだけに注力しているわけではありませんが、われわれが掲げる“はたらくWell-being”の創造を実現する上で、非常に重要なものだと捉えています。
というのも、“はたらくWell-being”の創造には自己決定感が重要だと考えているからです。必要な業務をいかに効率化し、自身がやりたい業務にどれだけ挑戦できるか。これによって自己決定感が高まると考えており、その点で生成AIには大きな可能性を感じています」
生成AIは、幅広い業務に利用できる汎用(はんよう)性を持っている。定型業務だけでなく、「これまでのAIでは難しいとされていた業務の効率化にも期待している」と上田氏は話す。利用のハードルも低い。チャット形式で使えるため、非IT人材でも活用しやすい点も“はたらくWell-being”の創造と「テクノロジードリブンの人材サービス企業」への進化を後押しすると同グループは考えている。
上田氏は、パーソルグループは生成AIを「事業変革」「業務活用(各事業で推進)」「共通利用」の3テーマで活用していると話す。
「最終的に目指すのは事業変革ですが、いきなり実現はできないものです。そもそもグループ内の企業にもIT部門の有無や規模の大小などさまざまな違いがあります。そのため、ホールディングスとしてまずはグループ全体の共通基盤を強化することに努めました」
こうしたホールディングスの取り組みを主導するのが、2023年の春から活動している生成AI推進チームだ。ITだけでなく、法務やセキュリティなど幅広い部門から15人ほどのメンバーが集まり活動している。
組織横断で協力した結果、スピーディーに生まれた社内GPTが「PERSOL Chat Assistant」、通称CHASSU(チャッス)だ。グループ内にあった生成AIに対する懸念や課題を取りまとめ、「グループ全員が安心安全に使えること」かつ「発展途上の技術だからこそ利用者が活用しながら学べること」、そして「学び得たノウハウを共有し、共創する文化を作ること」の3つをコンセプトに設定。従業員体験の向上に寄与する社内専用の対話型AIとして2023年8月にグループ各社にリリースを開始した。
3つあるコンセプトの中でも、「共創」はCHASSUの利用拡大に貢献したキーファクターになっている。代表例が、生成AIに質問したり指示したりするプロンプトがまとまった「プロンプトギャラリー」の展開だ。
「われわれのプロンプトギャラリーは『学び』『共創』というCHASSUのコンセプトを重視しています。プロンプトを個々が自由に、そして迅速にグループ内で共有できるようにしています。グループ内で共有するための審査はしていません」(上田氏)
取材を実施した2024年11月現在では、500弱のプロンプトが集まっている。当初は投稿が集まらず苦労したというが、投稿のハードルを下げたことが転機となった。未完成ないし「自信がないもの」であっても、プロンプトを投稿すれば評価の対象となる社内イベントを行ったのだという。
「生成AI推進チームは生成AIをテーマにした社内コミュニティーを運営しています。そこでプロンプトを社内共有したいという機運はあるものの、完成度が高くないと投稿しにくいという空気があると感じていました。そこでハードルを下げるイベントを企画し、多くの人が投稿しやすい環境をつくりました」(上田氏)
生成AI推進チームは、利用する社員と開発・審査者向けのガイドライン、社員が生成AIを学習するためのロードマップやイベント企画などさまざまな取り組みを続けている。
生成AIの活用が進まない企業共通の傾向として、「使える環境を用意しただけ」がある。従業員が自走して生成AIで業務を効率化して事業を変革してくれるのが理想だが、現実的ではない。パーソルグループのような、継続的な利用と活用を見据えたサポート体制があるかないかが生成AIで成長する企業と変われない企業の明暗を分ける要因になりそうだ。
ホールディングスの取り組みがグループにおける生成AIの「共通利用」とすれば、「事業変革」につながる事業活用を推進しているのがパーソルキャリアだ。パーソルキャリアは、業務活用に特化した対話型AI「ChatPCA」(通称:チャッピー)を2023年10月にプレリリースし、翌11月に正式リリースした。
ホールディングスのCHASSUは、学びと共創によってグループ全体のリテラシーや生成AIの活用機運を高める「プレイグラウンド」のような存在だ。一方、ChatPCAは顧客体験の向上による事業への貢献という、より直接的な成果を目指す立ち位置にある。プロジェクトオーナーの梅村氏は「グループ全体の基盤としてCHASSUがあるため、社内で独自に生成AIに取り組む上では業務とその先のお客さま対応の質向上を重視しました」と振り返る。
パーソルキャリアの業務は多岐にわたる。社内には数多くの職種があり、業務フローも異なることからさまざまなユースケースが考えられる。そこで同社は、ChatPCAを多様なニーズに応えるツールに進化させるために利用者アンケートなどを実施しながら機能をアップデートしている。
検索拡張生成(RAG)の採用もその一つだ。社内のさまざまな申請に必要な文書の検索機能として、2024年3月にβ版をリリース。当初は約100種類の文書が対象だったが、8月の正式リリースでは対象を数千種類に拡大し、最新版の文書もインデックスできるようになった。
各職種の細かい業務フローに対応する機能もローンチ予定だ。チャット中に職種のモードを選択すると、対応した業務フローを表示。業務の段階やクライアントの業界などに適したテンプレートを提供するという。
CHASSUとChatPCAの提供開始からまだ1年しかたっていないものの、すでに成果は生まれている。
「2024年夏に、実際に業務で生成AIを活用している事例を集めるグループ横断のイベントを開催したところ130ほどの事例が出てきました。イベント参加者にヒアリングしてみると、約80人の参加者合計で月間1500時間ほど創造できている――という結果になりました。
必要な業務を効率化し、自身がやりたい業務に集中できる時間が増えたことで、グループで目指している“はたらくWell-being”の創造に一定の成果が生まれていると考えています」(上田氏)
「ChatPCAを利用している社員のうち約1400人に調査した結果、パーソルキャリアでは1人1カ月当たり約6〜8時間の業務を削減できていることが分かりました。単純計算で1カ月当たり約2000万円分の工数を削減し、新たな時間を創出できています」(梅村氏)
工数の削減以外にもChatPCAは効果を発揮している。転職エージェントが転職希望者と面談し、その結果を踏まえてChatPCAで企業への推薦文をブラッシュアップしたところ「以前よりクオリティーが向上している」と梅村氏。ChatPCAの活用が進む部門と使っていない部門とでパフォーマンスに差が生じていることも定量的に把握しており、パーソルグループで目指す生成AIによる「事業変革」に向けて順調に歩みを進めている。
続々と成果が生まれているパーソルグループの生成AI活用。今後に向けてはどのような展望を描いているのか。
梅村氏は「生成AIでサービスの付加価値を今以上に高めたい」と話す。転職サービス「doda」は、登録者が生成AIで職務経歴書を自動生成する機能をすでに提供しており、さらなる機能追加なども見込んでいる。
「ChatGPTだけでなく、広く生成AIサービスの実証実験も進めています。さまざまなサービスを組み合わせてChatPCAやパーソルキャリアが提供するプロダクト、サービスをどんどん強化して、社内はもちろん社外のお客さまにもさらなる付加価値を提供したいと考えています」(梅村氏)
グループ全体の活用について、上田氏はこう語る。
「ホールディングスとしては、現在のコンセプトを維持しながらマルチモーダルやRAGへの対応、AIを組み込んだワークフローをノーコードで開発できるプラットフォームのリリースなど、従業員体験の創出や向上に引き続き取り組んでいきます。そうした取り組みを通して蓄積したノウハウを各事業会社に還元し、グループ全体で事業変革ができる環境を整備したいですね」
ホールディングスが主導するグループ全体の「ヨコ」と、パーソルキャリアなど各事業会社が各自で行う「タテ」の2軸で生成AIを活用しているパーソルグループ。活用促進の工夫は、多くの企業にとって参考になりそうだ。
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提供:パーソルホールディングス株式会社
アイティメディア営業企画/制作:ITmedia ビジネスオンライン編集部/掲載内容有効期限:2024年12月19日
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