多様な勤務体系や雇用形態の職員が混在する組織で、毎月の勤怠締め作業をいかに効率化するか――。これが、グループ全体で1500人以上の職員を抱える明和会の悩みだった。
明和会は、中通総合病院、中通リハビリテーション病院、大曲中通病院をはじめ、秋田県内に複数の医療機関・介護施設を開設する社会医療法人だ。医師、看護師、介護福祉士などの医療従事者から、管理部門や医療事務などのバックオフィス職員まで、多岐にわたる職員の勤怠管理、給与管理、福利厚生を本部人事部が一手に引き受けている。
毎月の締め作業の一貫である「勤怠記録に含まれる登録ミスや差異のチェック」を効率化する目的で、明和会は「Microsoft 365 Copilot」を導入。職員の申請ミスや打刻漏れなどのヒューマンエラーを素早く的確に検出できるようになった。その結果、作業工数や時間はどれほど効率化されたのか。これまでの課題と、業務改善までの道のりを、明和会本部人事部に聞いた。
本部人事部にとって大きな課題は、勤怠管理システムに登録された出退勤記録の内容と、各人が申請する事由の内容に差異や矛盾があるケースの確認作業だった。代表的な差異は「出退勤の打刻漏れ」だ。打刻の方法はスマートフォンからの登録やタイムレコーダーなど各種用意してあるものの、職員の打刻忘れはどうしても一定数発生する。遅刻、早退、残業をする場合には事由とともに申請するルールとなっている。しかし臨床は多忙を極め、医療従事者は日勤、夜勤、緊急呼び出しなどさまざまなシチュエーションで働いているからこそ、登録時のミスや申請間違いが起きがちだった。本部人事部の保坂和希氏(課長代理)は、「日勤をしている日に対して有給休暇の申請が出ていたことがあります」と例を挙げる。本部人事部の佐藤真祐子氏(課長代理)も、「遅刻なのに『早退申請』で登録されたことがありました」と振り返る。
勤怠記録の確認作業が完遂しないと給与計算は進められない。こうしたヒューマンエラーを減らすために、各施設の職場長向けに操作マニュアルを配布したり、職員向けの広報チラシで打刻や申請の手順を周知したりと、本部人事部は継続的に情報発信したが、改善効果は限定的だった。
打刻漏れや申請間違いを勤怠管理システムで検出・制御する手法も検討した。しかしさまざまな勤務体系の職員がいるからこそ「あちらを立てればこちらが立たず」の状況になり、何かの項目に入力制限をかけると別の職種に影響が出てしまう懸念があった。複雑なチェック作業を、勤怠管理システム側で処理するためのカスタマイズも避けるべきと考えていた。「過去に利用していた勤怠管理システムは膨大なカスタマイズを加えていましたが、その後の法令改正の対応で問題が生じ、使い続けることができなくなりました。そのため現在のシステムに移行するとき、今後はカスタマイズをせず、標準機能の範囲で使おうと考えていました」(佐藤氏)
これらの事情から本部人事部は、勤怠管理システムからエクスポートしたCSVファイルを基に、「Microsoft Excel」で勤怠記録点検用のシートを作成。「そのExcelシートにフィルターを適用したり解除したりしてデータを絞り込んで、打刻漏れや残業などの申請漏れを見つけていました」と保坂氏は説明する。約1500人分の勤怠記録を、本部人事部の職員7〜8人で「施設担当」を決めて分担して点検し、ミスを見つけたら本人に連絡して修正してもらうまでが締め作業の流れだ。その他、職場長が指示している勤務スケジュールと、本人からの申請事由を比較して、有給休暇や準夜勤の妥当性をチェックしていた。
さまざまな制限があり、やむを得ず「現場の頑張り」でこのような対処をしていた本部人事部だったが、勤怠記録の点検作業に要する時間と手間の大きさはメンバーを常に悩ませていた。保坂氏によれば、本部人事部が毎月の点検作業に要する時間は暦日で約9日、工数は約57時間だ。具体的には、
という流れになる。看護師や介護福祉士など、シフト勤務の医療従事者は平日休みの場合があり、登録ミスを見つけても連絡がつかなかったり、すぐに修正してもらえなかったりするのも、点検作業に時間がかかる一因だった。
打開の糸口が見え始めたのは2024年9月のことだ。保坂氏が「生成AIは自然言語が使えるのだから、Excelと生成AIを組み合わせて勤怠記録の点検作業をやってもらえるのではないか」とひらめき、以前から付き合いがあったITベンダーにこのアイデアを相談した。するとそのITベンダーから「Copilotを使えば、本部人事部の課題の7〜8割は解決できる可能性がある」との回答があった。
この相談をきっかけに保坂氏と佐藤氏は、そのITベンダーにCopilotの試用を依頼し、実際の業務データを使った検証を開始した。ITベンダーの指導を受けながら、Excelで勤怠記録を点検するためのCopilotプロンプトを作成。プロンプトの調整と検証を繰り返し「自分たちのスキルでもうまく使いこなせる」ことを確認した。「一度プロンプトを完成させ、実施手順を決めてしまえば、誰でも同じように簡単に勤怠記録の点検ができるはず、と確信しました」と保坂氏は語る。事務職員のほとんどが「Microsoft Office」の各種ツールを使っており、Copilotによる業務改善の効果が大いに期待できたこと、そして導入費用も予算に見合っていたことから「ぜひ導入したい」と保坂氏は決心した。経営層の了解を得た上で、2024年11月にMicrosoft 365 Copilotのライセンスを購入する運びになった。
2024年12月ごろから、本部人事部はExcelとCopilotを組み合わせた勤怠チェック手順を実務に取り入れ始めた。まずは保坂氏と佐藤氏がCopilotのチェック手順を採用したところ、従来の方法と比べて十分に満足のいく成果だったそうだ。「自分が担当する業務の範囲では、Copilotに出力してもらった数式での点検結果と、従来の手作業での点検結果はほぼ一致していました」と佐藤氏は語る。保坂氏も「プロンプトに自然言語が使えるのは便利です。Copilotとの対話でトライアンドエラーを繰り返しながら理解を深め、業務を改善していけるのが楽しいです」と語り、高く評価する。
プロンプトの一例を紹介しよう。Excelのリボンメニューから「Copilot」を選択してチャットウィンドウを開き、
列Eに年休、または記念日を含む場合は、列ARに「有給申請漏れ」を挿入すること。ただし、列Gまたは列Iまたは列Kまたは列Mまたは列Oに有給休暇を含む場合は除外すること
のようなプロンプトをキーボードから入力(またはひな型からコピー&ペースト)すると、
=IF(AND(OR(ISNUMBER(SEARCH("年休",[@勤務体系名称])),ISNUMBER(SEARCH("記念日",[@勤務体系名称]))),NOT(OR(ISNUMBER(SEARCH("有給休暇",[@事由1名称])),ISNUMBER(SEARCH("有給休暇",[@事由2名称])),ISNUMBER(SEARCH("有給休暇",[@事由3名称])),ISNUMBER(SEARCH("有給休暇",[@事由4名称])),ISNUMBER(SEARCH("有給休暇",[@事由5名称]))))),"有給申請漏れ","")
という数式が回答として返されるので、「適用」ボタンをクリック。従来はフィルターを何回も切り替えたり解除したりしていた点検作業が、これだけの操作で同程度の成果を得られるようになった。
勤怠記録のチェック作業に要する期間と工数も大幅に削減した。佐藤氏が点検作業を担当する中通リハビリテーション病院の勤怠記録チェックに、従来は約4時間半かかっていたが、Copilot利用後は約1時間削減し、3時間半程度で終わるようになった。
最も職員が多い中通総合病院の勤怠作業担当者は、初回点検に12時間かかっていた作業が、約4時間の削減に成功している。本部人事部内でのCopilot利用者がさらに増えれば、作業時間は従来の約半分まで削減し得るのではないかと保坂氏は見ており、「業務が重なる年末調整の時期は、この効率化が本部人事部の負荷軽減に大きく貢献するはずです」と期待を寄せる。
保坂氏と佐藤氏は、今後は勤怠記録チェックの効率化だけでなく、他の業務にもCopilotを役立てていきたい、とさまざまなアイデアを温めている。
新しい用途の一つとして想定しているのが、就業規則やマニュアルなどを社内情報プラットフォーム「Microsoft SharePoint」で共有しておき、職員からの問い合わせの一次対応にCopilotを使うことだ。各施設の職員が本部人事部に休暇や福利厚生などの質問を直接問い合わせてくることはたびたびあり、応対する担当者はその都度作業を中断せざるを得なくなる。各施設の職員にMicrosoft 365のライセンスを支給して、各自でCopilotに質問できるようになれば、基本的なルールに関しては自己解決が可能になる。職員にとっても、知りたいときに必要な答えがすぐ得られるようになるのはメリットだ。
CopilotはOfficeツールを利用する業務と親和性があり、本部人事部に限らず幅広い部署の業務効率化に応用できる可能性がある。「医療機関に限らない話ですが、規模が大きくなればなるほど、現状の業務フローを変えづらくなるものです。しかし生成AIという新しい技術で業務効率を高め、効率化で生まれたゆとりを新しい挑戦に投入すれば、時代の変化に対応できる組織になれるはずです。当たり前になっている作業を疑い、効率化の余地を見つけてCopilotを活用すれば、人材不足の緩和にも貢献できるかもしれません」と保坂氏は意気込みを見せる。佐藤氏も「業務の全てをCopilotに任せようとするのではなく、『ちょっとお知恵を拝借』という感じで、やりたいことを代わりに任せてみるのが良い付き合い方のように感じます。一緒に仕事をする仲間として、生成AIと共生していきたいですね」と、目指す働き方を語ってくれた。
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