「大学などの高等教育機関が抱えている課題は世界共通です。課題の大枠は約30年間ほぼ変わっていませんでしたが、最近になって変化が見え始めました」――こう話すのは、国内にある大学の半数に上る約400校をITで支援する日本マイクロソフトの侘美千夏氏(公共本部 本部長)だ。
高等教育機関は「経営基盤の強化」「学生の支援」「教育や研究の質の向上」などを課題として多様な取り組みを展開している。以前から「働き方改革」「セキュリティ対策」に取り組んでおり、そこに少子化の波やAIブームが押し寄せたことで「AI活用」「学生の確保」「教育プログラムの拡充」などにも注目が集まっている
「『データやAIを活用したい』という要望が増えています。経営環境が厳しくなる中、経営判断にデータを生かすことが狙いの一つです。生成AI関連のスキルを備えた人材を輩出するために教育プログラムの拡充も迫られています」
日本マイクロソフトが提唱するのが、AI活用を起点にしたITシステムの高度化だ。AIを効果的に使うにはデータを蓄積しておく必要があり、データを扱う上でセキュリティ対策が欠かせない。「セキュリティ基盤→データ蓄積→AI活用」という手順を踏むことで、さまざまな課題を解決できるITシステム基盤が完成するという。
高等教育機関におけるITシステム改革のモデルケースが東京工科大学だ。20年以上前から学生のノートPC携行を必須にし、パブリッククラウドを使ったITシステムを約10年前に構築。「AI活用の拠点大学」を目指してAIテクノロジーセンターを2025年4月に開設する。
「東京工科大学(Tokyo University of Technology)は、工学(Engineering)ではなく『テクノロジー』を掲げています。学問としての研究を深めつつ、それを社会課題の解決につなげることを意図しています」――東京工科大学の生野壮一郎教授はこう話す。
同学は2012年にパブリッククラウドを採用。ネットワークシステムの更新に合わせて「Microsoft Azure」を導入し、100台以上あったオンプレミスのサーバをクラウドに移行していった。生野教授は「数社のクラウドを検討しましたが、約10年前に成熟していたのはMicrosoft Azureしかありませんでした」と振り返る。
Microsoft Azureの導入に併せて、教職員が使うITツールを「Microsoft 365」に統一。複雑だったワークフローを「Microsoft SharePoint」に一本化した。東京工科大学として重視したのが「データの集約」だ。Microsoft Azureを中心に据えて学生情報や教務データなどを集め、学内システムや就職支援システムなどを疎結合で接続することでスムーズなデータ活用を狙ったと生野氏は説明する。
「オンプレミスのITシステムをクラウド移行したことで、システム管理の手間が大幅に減りました。物理的な装置の世話が要らないので、八王子と蒲田のキャンパスで使っているITシステムを4人で運用できています」
2024年夏に猛烈な雷雨が八王子市を襲った際、大学が停電になってオンプレミスのITシステムにトラブルが生じた。校務システムは翌朝の授業までに復旧しておく必要がある。過去には徹夜で対応したこともあったが、大半のITシステムをクラウドに移行していたおかげで復旧が楽だったという。
「当時の学長とメディアセンター長がトップダウンでかじ取りをして、クラウド化を約10カ月で完了させました。その際、日本マイクロソフトに伴走支援をしてもらい、ロールモデルとして見守ってくれたので、いろいろと試せました」
唯一オンプレミスに残しているのが「ラーニングマネジメントシステム」(LMS)だ。学生の学習を支えるもので、授業の開始時にアクセスが急増するので物理的に近い位置にある方がよいという判断をしていた。しかしネットワークを強化した今、クラウド化することで日中、夜間、長期休暇など状況に応じてリソースを調整できるというメリットが生まれる。コスト面の課題もあったが、2026年度を目標にクラウド化したいと生野氏は意気込む。
ITシステムをクラウド化したことで、セキュリティ対策を強化できた。IT企業勤務を経て東京工科大学で教える細野繁教授は「大学という環境は特殊です」と語る。大学職員のPCは一元管理できるが、教授や研究者はBYODでPCを用意したり多種多様なITツールを利用したりするので管理し切れないという。
「企業であればPCは会社のものですが、大学は私用PCも混ざりがちです。学生情報や研究データなど機密情報を扱うので情報漏えいは避けなければならず、データを端末内に保存せずクラウドに置く仕組みが望ましいのです」
校務データをMicrosoft Azureに集約した上で、IDや閲覧権限の管理を徹底することでセキュリティ対策を強化。データをダウンロードせずに閲覧できることでユーザビリティーを向上させられた他、BIツール「Microsoft Power BI」を使ったデータ分析も容易になった。
「クラウド化したことで家からでも校務システムに安全にアクセスできます。Microsoft SharePointを中心に業務をすることで、学部をまたいだ情報共有も簡単になりました。ITインフラとして困ることはありません」(細野教授)
メールにパスワード付きZIPファイルを添付して、後からパスワードを送る「PPAP」が常態化していたので「メールボックスで宝探しをしていた」(生野教授)というが、Microsoft SharePointや「Microsoft Teams」「Microsoft OneDrive」とID管理を組み合わせることで便利かつ安全にファイルを共有できるようになったことも教職員に好評だ。
ITインフラもITツールもMicrosoft製品に統一したメリットについて、生野教授は「どこでも仕事ができ過ぎてしまいます」と笑う。
Microsoft Azureの導入は学生にもメリットがある。ITシステムの構築方法がオンプレミスからクラウドに変わる中で、学生に実践的なスキルを教えるために「仮想マシンを立てる」などの演習を実施するようになった。Microsoftのトレーニングメニュー「Microsoft Learn」が演習や宿題に役立っていると生野教授は説明する。
先進的なクラウド基盤を構築した東京工科大学は、生成AIの活用に注力している。2025年4月に同学のAIテクノロジーセンター長に就任する細野教授は「30年前はデータベースそのものを研究していましたが、今はデータベースを使って新たな研究や活用を模索しています。AIも同様で、AIそのものの研究から活用にシフトしてきたので、学生全員が使えるようにします」と意欲を見せる。
AIスキル習得の最短ルートが実践にあると考える同学は、MicrosoftのAIサービス「Azure OpenAI Service」を使った授業を実施。AIアプリケーションやAIエージェントの構築などの演習をしている。
演習に当たって、教員が運用しやすい仕組みをつくった。Microsoft 365アカウントでリソースやAIモデルを管理できるようにした。Microsoftのパートナー企業に相談して前払い制の「バウチャーチケット」を用意してもらい、青天井になりがちなクラウドのコストをあらかじめコントロールすることで、課金状況に気を取られず実習に集中できたと細野教授は強調する。
今後は「Microsoft 365 Copilot」の本格利用によって業務効率化を推進する考えだ。AIの活用や演習において同学は「AIエシックス」を重視している。AIの透明性や安全性などを巡る考え方で、データ保護や信頼性の確保といったガイドを整備することが重要だ。
細野教授は 「これからもITシステムをアップデートし続けます。多くの学問が集まっており、ITの使い方もさまざまです。社会の縮図と言える環境なので、大学でのIT活用を考えることで社会に還元できるものがあると信じています」と取材を結ぶ。
Microsoft Azureを軸にしたITインフラの改革によって「校務の効率化」「セキュリティ対策の強化」「運用負荷の軽減」などを実現し、AI活用にまで踏み込んでいる東京工科大学は、国内大学が取り組む教育DXのモデルケースと言えるだろう。
IT環境をMicrosoft製品で統一したことが成功の理由の一つだと侘美氏は指摘。ばらばらに導入するとセキュリティや分掌の漏れが発生するが、Microsoftのソリューションに絞ることで管理しやすくなる。侘美氏は「クラウド基盤や業務ツールをワンパッケージで導入すると、利便性の向上やセキュリティ対策につながるだけでなく、コストメリットが大きい」と補足する。
そうは言っても予算や知見の不足がITインフラ改革のネックになるケースがある。しかし、日本マイクロソフトの福田哲也氏(Digital Technology Specialist) は「古いものを捨てずに新しいものを導入するから運用コストがかさんでしまいます」と指摘。外部ベンダーに頼り切りになると、IT施策をコントロールし切れない上に知見もたまらないと説明する。
「そうした課題意識が共有されたことに加えて、クラウドや生成AIを活用したサービスが進化していることを受けて、自組織に適したサービスを外部ベンダーに依存せず自ら選定し、活用する事例が増えています」
東京工科大学が使っているAzure OpenAI Serviceは、生成AIとクラウドの長所を両取りできるサービスだ。高性能なAIモデルや機能を簡単かつ安全に利用できるように設計されている。Microsoft 365やMicrosoft Azureの各種サービスと連携可能で、校務や研究などさまざまな場面で利用が始まっている。例えば、検索拡張生成(RAG:Retrieval-Augmented Generation)と呼ばれる導入手法を使えば、AI実行時に学内ドキュメントを参照することで「ドキュメント検索システム」「誤情報の生成を防ぐ仕組み」などを実装可能だ。
柔軟なITインフラ環境を整備する用途では、クラウド型のデスクトップ仮想化(VDI:Virtual Desktop Infrastructure)サービス「Azure Virtual Desktop」(AVD)が役に立つ。クラウド型なので、PCのスペックに左右されにくい柔軟な学習環境を構築できる。PC内にデータを保存しないのでセキュリティが向上する効果もある。物理的なデバイスやサーバを抱える必要がないので初期投資や維持費を軽減でき、オンプレミスの運用から解放されると福田氏は力説する。
「高等教育機関の皆さまがやりたいことは、クラウドで実現できます。AI活用の波に乗り遅れないようにする、高度化するサイバー攻撃に対処する――こうした大学経営の喫緊の課題をクラウドで解決可能です。SaaSで明日から使えるものもあれば、数年かけてクラウド基盤を整えるものもありますが、Microsoftや当社のパートナー企業がずっと伴走します」(侘美氏)
日本マイクロソフトは、クラウドへの移行や活用に向けたオファリングを充実させている。侘美氏は「まずはご相談していただければ、組織に合ったクラウド活用戦略を一緒に設計していきます」と結ぶ。
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