少子高齢化に伴う人材不足は、社会インフラを支える鉄道業界にとっても深刻な課題だ。従来のマンパワーに頼った安全確保や顧客サービスには限界が見え始めている。
こうした状況を打破するため、西日本旅客鉄道(以下、JR西日本)はAI技術の活用に活路を見いだした。駅に設置した膨大な数のカメラ映像をAIで解析するなど、安全性の向上と業務効率化の両立を目指している。この先進的な取り組みを技術で支えるのが、ネットワークカメラの世界的リーディングカンパニーであるアクシスコミュニケーションズ(以下、Axis)だ。
両社の協業によって生まれたAI映像解析ソリューション「mitococa Edge」は、いかにして鉄道の「安全・安心」を新たなステージへと導くのか。本プロジェクトをリードするJR西日本の井上正文氏、竹内傑氏、山本有紗氏、Axisのピーター・リッツ(Peter Rietz)氏、落合大氏が、開発秘話や今後の展望について語り合った。
※以下、敬称略。
――JR西日本の安全管理について教えてください。
井上 JR西日本は鉄道事業者として、お客さまの安全・安心を第一に考えています。社会全体で人材不足が深刻化する中、これまで通り安心して利用できるサービスを提供し続けるには、システムの活用による業務の効率化、強化が不可欠です。
セキュリティや安全をデジタル技術で改革するため、当社はデータ解析や自動化といった取り組みを7〜8年前から始めています。データサイエンティストの育成やAIモデルの開発などを通じてデジタル人材を拡充してきました。限られたリソースの中ではありますが、社内でAI技術の基盤を着実に築いてきたことで、現場課題に即したAIモデルを内製し、実運用へとつなげてきました。
鉄道会社というと“お堅い”というイメージがあるかもしれませんが、協業などを通じて他の業界の技術やノウハウを積極的に吸収しています。JR西日本は、常に挑戦して進化し続ける会社なのです。
――AIで監視カメラ映像を解析しているとのことですが、取り組みのきっかけを教えてください。
井上 駅構内やホームに監視カメラを設置して安全対策に努めており、近年ではほぼ死角がない状態まで増強しています。ホームの安全対策としてはホーム柵も有効ですが、全ての駅に設置できるわけではありません。監視カメラによる現場対応も依然として重要な施策です。
これまでは膨大なカメラ映像を駅係員が目視で確認する“人海戦術”で対応してきましたが、常時監視は業務負担が大きく、人材不足が大きな課題となっていました。そこで、AIで映像を解析して危険な状況を把握し、迅速に対応できる体制を整えたいと考えたのです。
AIによる映像解析は、車いすや白杖(はくじょう)をご利用の方、盲導犬をお連れの方などをいち早く発見して係員が積極的にお声掛けやサポートをするといった、駅サービスの強化にも役立つと考えています。
――AxisとJR西日本の協業はどのようにスタートしたのでしょうか。
井上 JR西日本が開発したAIソリューションは他社でも活用できると考え、展示会に出展していました。するとAxisの方が「鉄道会社が面白いことをやっている」と興味を持ってくださり、話をすることになったのです。
私たちが注目したのは、Axisのネットワークカメラで当社のAIモデルを稼働させられるという点でした。当時開発していたAIモデルはサーバで処理するタイプだったので、カメラ側で処理を完結させるエッジAIの実現は非常に面白いアイデアでした。そこで連絡先を交換し、翌日には当社のエンジニアを連れてAxisの新宿オフィスに伺いました。
Axis側で多くのデモンストレーション機材を用意してくださり、さまざまな検証ができました。当社のAI技術についても紹介したところ「ぜひ一緒にやりましょう」と共感していただき、その日のうちにカメラをお借りして開発に取り掛かかれました。出会いから1週間ほどで協業がスタートしたのです。
リッツ JR西日本の取り組みは日本の中でも先んじていると感じますし、私たちが掲げる“Innovating for a smarter, safer world”という理念に合致しています。イノベーションは1人で成し遂げられるものではなく、多様な人々との議論を通じてアイデアを醸成し、発展させるものです。このパートナーシップはAxisにとっても非常に重要だと考えています。
――JR西日本とAxisが協業して開発したmitococa Edgeについて教えてください。
井上 mitococa Edgeは大規模なインフラ工事やサーバ導入が不要で、安全管理をしたい場所にピンポイントかつ安価にAI映像解析機能を導入できるのが特徴です。イベントで混雑が予想される際に、一時的にカメラを増設するといった柔軟な運用も可能です。
JR西日本自身がmitococa Edgeのユーザーであり、鉄道会社として多種多様な施設を運用しているからこそ、どのようなAIカメラが効果的なのかを熟知しています。そうした私たちの細かな要求に応えられるAIカメラは市場に少なく、Axisのネットワークカメラシリーズが最適だと考えています。
ユーザーインタフェース(UI)の操作性も重要なポイントです。Axisのカメラは検知に応じた外部出力の設定がアプリ上で柔軟に行えるため、現場の機器やシステムにあわせた調整がしやすいのがありがたいですね。
落合 Axisは1996年にネットワークカメラを発売して以来、世代を重ねるごとに機能を向上させてきました。カメラOSからチップセットまで自社開発しているため、製品に搭載されている全てのトランジスタを精密に制御でき、極めて安全性の高いカメラであることも特徴です。
当社は、毎年約130機種もの新製品をリリースしており、合計でどれほどの機種があるのか私でも把握し切れません(笑)。これほど幅広い製品ポートフォリオがあるからこそ、さまざまな環境や用途に対応でき、お客さまの多様なニーズにお応えできるのです。特定のバージョン以上のOSをサポートする製品で、日本独自のIoT製品セキュリティ評価制度である「セキュリティ要件適合評価及びラベリング制度」(JC-STAR)における「★1」(レベル1)の基準にも適合しました。
――エッジAIのメリットについて、もう少し詳しく教えてください。
竹内 インフラ工事やサーバ調達が不要で、スタンドアロンで設置できることが最大のメリットですね。トータルコストも削減できます。
mitococa Edgeの営業担当者は、カメラと電源、三脚などを詰めたトランクを持っています。お客さまのところに訪問したら、これだけですぐにデモンストレーションできるのです。現場担当者にその場で効果を確認していただくことで、具体的な導入イメージを持ってもらいやすくなります。単なる技術提案ではなく、“使えるかどうか”を肌で感じてもらう営業スタイルを重視しています。
AI映像解析技術と聞いても、何ができて、どのような効果があるのか、伝わりにくい面がありました。「その課題はこのように解決できます」と素早く具体的に提示できるのは大きな魅力です。
――AIカメラ上で映像を分析する仕組みは、さまざまな業界に応用できそうですね。
井上 工場やスタジアムのような大規模施設での作業員の安全確保、ホテルや店舗でのサービス向上など、幅広く活用いただいています。自社や協力会社の多様な環境で実証を重ね、効率良く高い効果を発揮する汎用(はんよう)モデルとして提供できるようになりました。
JR西日本の駅には鉄道の利用に不慣れなインバウンド観光客も多く訪れるため、窓口や券売機が混雑しやすいという課題があります。そこで、カメラ映像から混雑状況や待ち時間を推定し、駅のディスプレイやアプリなどでリアルタイムに情報を発信できないかと実証実験を進めています。
――将来的に、監視カメラや映像解析はどのように進化するのでしょうか。
井上 AIは100%の技術とは考えていません。全ての業務をAIに任せて、人間の責任がなくなることはないと思います。しかし人材が減少する中で人が担える領域も限られていくと考えられるので、AIの支援は大いに役立つでしょう。
従来の監視カメラとは、人が注目して、こちらから映像を「見に行く」仕組みでした。これからは監視カメラが情報を「教えてくれる」存在になります。
リッツ さまざまな領域で活用される未来に向けて、Axisはより良いカメラと画質、より強力なAI機能の開発を進めます。映像以外のセンサーも重要だと考えています。音声やその他の環境情報を映像と統合して最適なインサイトを提供することで、適切な意思決定をサポートしたいですね。
この実現にはエコシステムが不可欠です。私たちのネットワークカメラを中心に、さまざまなベンダーの環境センサーやマイク、スピーカーを組み合わせるのです。音声と映像を解析して異常を検知すると自動でスピーカーから警告を発すると同時に録画を開始するといった、より高度な連携が可能になるでしょう。
――最後に、今後のパートナーシップについて期待することをお聞かせください。
竹内 Axisのネットワークカメラは機能が充実しており、堅牢(けんろう)で信頼性が高く、AI基盤としてもパワフルです。しかしそれ以上に、人と人とのつながりに大変満足しています。Axisの営業担当者やエンジニアの方々は、当社のmitococaシリーズを深く理解してくださり、mitococa Edgeの開発においても常に的確なアドバイスを頂いています。
山本 Axisとの協業をきっかけに、JR西日本のAI技術は「鉄道会社」や「西日本」という枠を超えて、さまざまな業界や地域で活用していただけるようになりました。技術は進化し続けるものであり、常に新しい可能性を探っていく必要があります。今後も技術やノウハウを補完し合いながら、より良い製品とサービスを共創したいと考えています。
リッツ このパートナーシップは、まさにAxisが理想とする関係です。両社が課題を共有し、共に解決策を探求する。日本のスタッフがJR西日本と一体となって活躍する姿を見て、この協業の成功を確信しました。これはAxis全社にとっても大きな励みとなります。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
提供:アクシスコミュニケーションズ株式会社
アイティメディア営業企画/制作:ITmedia ビジネスオンライン編集部/掲載内容有効期限:2025年9月6日