「少子高齢化が進む中、質の高い公共サービスを維持して国民のニーズの多様化に柔軟に対応するために、国と地方のデジタル基盤の共通化を推進する」――今、全国約1700の地方自治体はこうした目標の下、ガバメントクラウドへの移行と基幹業務システムの標準化に取り組んでいる。
2025年度末と完了期限が目前に迫っているにもかかわらず、移行後の運用コスト増を訴える声が後を絶たない。一方で「令和6年度ガバメントクラウド早期移行団体検証事業」(以下、早期検証)に参加し、移行後のコストダウンという成果を出している自治体も存在する。兵庫県もその一つだ。
同県はそのノウハウを兵庫県内の市町に共有して移行を支援しており、デジタル庁に「好事例」として取り上げられている。移行に関わる職員は、以前は「難しい」という印象を持っていたが、早期検証を行う中で「それほど大変なことではない」と感じるようになったという。この変化の要因はどこにあるのか。
本稿では、兵庫県がガバメントクラウド移行の早期検証に参加した背景や検証内容について、取り組みをリードした企画部 デジタル改革課のキーパーソンにインタビュー。クラウド移行を「我がごと化」し、コストダウンするための秘訣を明らかにする。
兵庫県のガバメントクラウドに対する取り組みは主に2つある。1つは兵庫県が持つ業務システムの標準化と移行、もう1つは兵庫県内の市町への移行支援だ。
市区町村は、住民基本台帳や税関連など20業務が対象だが、都道府県は20業務の中の生活保護と児童扶養手当の2つのみとなっている。2業務ゆえに先行して取り組む都道府県が少なかった中、兵庫県が早期検証に参加した背景は何だったのか。理由について上野健全氏(課長)はこう話す。
「生活保護と児童扶養手当のシステムを移行するには、統合宛名管理システムやマイナンバー関連のシステムも移行する必要があります。都道府県では住民サービスに関わるものなど30業務がマイナンバー情報と連携していることもあり、『移行の流れは止まらない』と考えたのです」
統合宛名管理システムは、各業務システムに住民データを連携させるための共通機能だ。法令的にマイナンバーを直接住民データに関連付けることはできないため、自治体内で個人を識別する独自の番号を各業務システムに連携させる役割を担っている。
参加の主な目的は、2業務移行の当事者として本当に移行ができるのかどうか、コストはどうなるのかを検証することだ。加えて、県が先行して得た知見を市町への支援に生かす狙いもあった。
20業務を移行する市町は県以上に負担が大きく、小さな自治体の場合は一人でシステムを運用している例も見られる。もともと地域に根差したITベンダーとの信頼関係があって、行政業務が成り立っている状況だ。そのベンダーがクラウドに対応したことがないと、必要以上の性能を持ったインスタンスを提案されることになり、コストが高くなる一因になり得るという。
藤本洋氏(主任)は、コスト増の背景には自治体とベンダーの認識の相違があると指摘する。「想像するに、自治体はベンダーに『何百人の職員で使う』『24時間365日、絶対使えるシステムが欲しい』といったことを伝えているのではないかと思いますが、伝え方によってはベンダー側が拡大解釈して、より安心できる性能で稼働を保証しようとしてしまうのです」
兵庫県はクラウドサービスプロバイダーとして「Amazon Web Services」(AWS)を採用した。内海正仁氏(副課長)によると、AWSはグローバルで知られており信頼性が高いこと、コスト面でも規模の経済が働きやすいとの考えがあったからだという。「『本来安くできるはずのものが、なぜそんなに高い、高いと言われるのか』という疑問がありました。逆に、どうすれば安くできるのかを検証したいと思いました」
検証したのは、移行によって削減できるサーバの台数やインスタンスの選定、ピーク時におけるパフォーマンスだ。構成としては、オンプレミスに外部連携サーバと30近くのマイナンバー系システムを残しながら、クラウドに統合宛名管理システムを移行する案を採用。4台の物理サーバで12台の仮想マシンが稼働する構成だったが、1カ月弱ほどの期間で移行を完了し、物理サーバ3台と仮想マシンの9台を削減できることを確認した。マイナンバー系システムとの情報連携も従来通り可能なことも分かった。
パフォーマンス検証で利用したサービスは、「クラウド料金の9割近くを占める」と言われる仮想マシン(VM)を稼働させる「Amazon Elastic Compute Cloud」(EC2)と、データベースを稼働させる「Amazon Relational Database Service」(RDS)だ。インスタンスとしてはCPU、メモリ、ネットワークの各リソースをバランス良く使える「M6i」「M5」、必要に応じていつでもCPU使用率をバーストできる「T3」を採用して比較した。検証期間8日のうち準備期間は5日、解析は2日程度だったが、多くの知見が得られたという。
まず分かったのは、オンプレミスのサーバ設置変更と比較して仮想サーバ設置変更が簡単だったことだ。「従来は何日もかかる作業でしたが、EC2のインスタンス変更にはベンダーとやりとりしてから10分もかからなかったのです。書籍などにある情報としては知っていたのですが、経験する方がインパクトがありました。経験したことで人に伝える際に説得力も出ます」(藤本氏)
EC2やRDSのCPU使用率を自らモニタリングして、「単純に高額で高性能なインスタンスにすれば安定稼働するものではない」「システムの特性などに応じてインスタンスを選定するのが重要だ」「もっと低いインスタンスでも十分」といったことを実感した。
検証結果は資料として市町に共有している。しかしそれだけではなく、検証で得られたさまざまな知見やノウハウ、ポイントを伝えることが重要だという。「市町やベンダーから『ガバメントクラウドへの接続手順はどうすればいいのか』といった問い合わせが多くありましたが、ネットワーク接続や手順も早期に経験したことで相談に乗ることができました」(内海氏)
このような成果を得られた早期検証だが、苦労した点はなかったのだろうか。これに対し、「移行作業についてもAWSやガバメントクラウドについても、特別なスキルが必要になることはほぼなかった」「担当した職員はAWSに慣れていない者が大半だったが、手を動かしてみると予想以上に簡単に移行できることが分かった」――と、デジタル改革課のメンバーは口をそろえる。
「AWSは難しい」という印象を持っていた職員も、AWSのコンソールを触る研修などを受けて「簡単にサーバを用意できて、データもセットできる。それほど大変ではない」と意見が変わる例が多かった。研修の結果、市町の職員にも具体的な話を共有できるようにもなった。しかし、市町の職員にAWSを「それほど大変ではない」と思ってもらい、「我がごと化」してもらうにはまだハードルがあるという。そのため、兵庫県は「いろいろな研修を市町に提供したり、定期的なヒアリングで市町とベンダーの各担当者から意見を聞いたり、必要に応じてAWSのテンプレートやIaC(Infrastructure as Code)のノウハウなどを共有したりしています」(上野氏)
多くの都道府県では、市町支援は委託事業者に任せきりになる傾向が見られる。兵庫県の取り組みがユニークなのは、ここまでの話からも分かるように県職員自らがクラウドの知識を習得して市町支援を「主体的に運営している」点だ。市町との勉強会では導入ベンダー別にグループ分けを行い、各ベンダー特有の課題やノウハウを共有しやすくするといった工夫も凝らしている。県自らが技術を深く理解しているからこそ、単なる意見交換に終わらない解決策に踏み込んだ伴走支援が可能になっているようだ。
兵庫県は、市町がベンダーと対等な立場で対話できるよう、デジタル庁も推奨する「AWS Pricing Calculator」の活用を支援している。「もし夜間や休日にシステムを停止したら?」――こうした仮説を立てて自ら試算する経験は、クラウドのコスト構造への理解を深める。この試算結果は、そのままベンダーに要求を突きつけるためのものではない。技術的な実現可能性や運用上の制約といった論点を洗い出し、ベンダーと建設的に議論するための「共通言語」作りに役立つのだという。
ベンダーと交渉する上で重要になるのが、コミュニケーションの内容だ。兵庫県の早期検証に参加したベンダーも他の地域と同様にガバメントクラウドやAWSの知見がない状態からのスタートだったが、「『今後、行政システムはどんどんクラウドに移行する』という世界観には共感してくれていたので『検証環境が用意されている間に自分たちも検証しておきたい』と前向きに取り組んでもらえました」(藤本氏)
信頼関係を築けていたとしても、将来像を共有できていないとクラウド移行とコストダウンだけが目的になってしまう。目指すべきは「国民のニーズの多様化に柔軟に対応する」ことを目的にしたシステム標準化のはずだ。ベンダーにもクラウドへの意識変革が迫られる今、移行後のシステムの在り方を共に描くコミュニケーションがベンダーの我がごと化にもつながるのではないだろうか。
兵庫県は標準化を見据え、移行だけではなくクラウドネイティブなシステムへのモダナイズを目指している。統合宛名管理システムをコンテナ化して、EC2を使うかサーバレスにするかを検討できる状態にする意向だ。早期検証の成果として、クラウドの知見がなかったベンダーにもノウハウがたまり、今後モダナイズする雰囲気を醸成できたのも大きかったという。
統合宛名管理システムを移行し、ガバメントクラウド運用基盤のプロトタイプを先行して開発検証したことで、2025年度と2026年度の生活保護・児童扶養手当システムの移行と標準化に備えて共通で使用できるデータ連携基盤構築のめども立った。上野氏は、デジタル改革課に共通する思いを次のように語る。
「私たちは県として『頼られたらとことん付き合う』というスタンスを重視しています。今後も、さらにインスタンスなどの検証を本番移行と併せて実施して知見をより深め、それを市町のお役に立てるように情報提供していきます」(上野氏)
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