南部アフリカのツルたち:山形豪・自然写真撮影紀
日本でネイチャーフォトを撮る者にとって、釧路湿原のタンチョウヅルは非常に有名だが、実はアフリカ大陸にもツルの仲間が数種類生息している。今回はそんなツルについて。
日本でツルというと真っ先に連想されるのは、北海道のタンチョウヅルだろう。白、黒、赤という色のコントラストが見事な鳥で、求愛のダンスが美しいことでも知られている。一度つがいになると一生添い遂げると言われ、中国や日本では古来めでたいものの象徴とされてきた。
日本画や着物のモチーフとしても頻繁に登場し、かつては1000円札にも求愛をするツルのつがいが描かれていたと記憶している。また、撮影対象としても人気があり、毎年冬場の北海道、釧路近郊の鶴居村には望遠レンズを携えた多くの写真愛好家が詰めかけ、サッカーワールドカップのピッチ際カメラマン席のような賑わいとなる。
ツルの仲間は全世界に15種類おり、アフリカ大陸にはそのうち6種、南部アフリカには3種が生息している。いずれの種もタンチョウヅルに負けず劣らず美しく、被写体としても魅力的な鳥たちである。では、それらを順番にご紹介していこう。
カンムリヅルは、ツルにしてはカラフルな鳥で、頭に金色の冠のような飾り羽があることからこの名がついた。南アフリカ東部から東アフリカのエチオピアにかけての湖沼や湿原など、平坦で水の多い場所に生息している。アフリカでサファリに参加して目撃する可能性が最も高いのはこのカンムリヅルだろう。国立公園や動物保護区の中では、人や車の存在に慣れている個体も多く、場所によってはかなり至近距離からの撮影が可能だ。
ホオカザリヅルは、昔話に登場する「こぶとりじいさん」のような肉垂れがホホにあるのが特徴だ。体高は120センチと、アフリカのツルの中では最も大型で、ボツワナのオカヴァンゴ・デルタなどの湿地帯を住処としている。近年個体数の減少に歯止めがかからず、現在では絶滅危惧種に指定されている。農地開発などによってツルの好む環境がどんどん少なくなっているのが主な原因だと言われている。ただでさえ数が少なくなってしまっている上に、車でのアクセスが難しい湿地を住処とするため、至近距離で撮影する機会に恵まれるのはまれだ。
ハゴロモヅルは南アフリカ、イースタンケープ州の穀倉地帯など、比較的寒冷で乾燥した地域で見られる、独特の曲線美を持った鳥だ。長い尾羽のように見えるのは、実は三列風切(さんれつかざきり)と呼ばれる翼の付け根近くに生える羽だ。それを風にたなびかせながら、ゆったりとしたペースで草原を歩く姿はとても美しい。水への依存度が他の2種よりも低く、草丈の短い、開けた場所を好むため撮影が容易な種でもある。
ちなみに、北海道のタンチョウヅル同様、南部アフリカのツルたちも求愛のダンスを踊る。羽を大きく広げ、長い首を上げ下げしながら繰り返し飛び跳ねて相手にアピールをする姿は、優美であると同時に微笑ましくもある。
冒頭で述べたように、我が国ではツルは縁起の良い鳥とされ、文化的にとても重要な意味を持ってきた。姿形の美しさや習性、遠くまでよく聞こえる泣き声など、様々な理由で愛されてきたわけだが、実はツルを特別視する文化はアフリカ大陸にも存在する。
ウガンダ共和国の国旗にはカンムリヅルが描かれているし、ハゴロモヅルは南アフリカの国鳥である。また、好戦的なことで有名なズールー族(南ア東部に暮らす部族)のしきたりでは、ハゴロモヅルの羽を頭飾りとして身につけられるのは部族の王だけと定められている。しかし、そんなツルたちの住める環境は、人口増加と開発が勢いを増しているアフリカ大陸にあって、減少の一途をたどっている。美しいツルたちの存在は、健全な自然環境の指標でもあるのだ。
著者プロフィール
山形豪(やまがた ごう) 1974年、群馬県生まれ。少年時代を中米グアテマラ、西アフリカのブルキナファソ、トーゴで過ごす。国際基督教大学高校を卒業後、東アフリカのタンザニアに渡り自然写真を撮り始める。イギリス、イーストアングリア大学開発学部卒業。帰国後、フリーの写真家となる。以来、南部アフリカやインドで野生動物、風景、人物など多彩な被写体を追い続けながら、サファリツアーの撮影ガイドとしても活動している。オフィシャルサイトはGoYamagata.comこちら
【お知らせ】山形氏の著作として、地球の歩き方GemStoneシリーズから「南アフリカ自然紀行・野生動物とサファリの魅力」と題したガイドブックが好評発売中です。南アフリカの自然を紹介する、写真中心のビジュアルガイドです(ダイヤモンド社刊)
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