「スキャン代行」はなぜいけない?福井健策弁護士ロングインタビュー(2/3 ページ)

» 2011年12月23日 09時00分 公開
[まつもとあつし,ITmedia]

鍵を握るのは「複製権」

―― 書籍のスキャンに関する著作権とはどのようなものがあるのでしょう?

福井 著作権とは、いろんな権利の束なんです。著作者に無断で複製を行ってはいけない、という複製権、公衆に向かって送信してはいけないという公衆送信権など、複数の権利で構成されています。

 「電子書籍」になると公衆送信権や譲渡権も関係が出てきますが、自炊について言うと、この中ではほぼ「複製権」にのみ関わってきます。スキャンというのは法律的には複製に当たりますし、それを自分のiPadやKindleなどに転送する行為も、複製にあたります。

 簡単にまとめると、このようになります。

書籍の電子化にかかわる権利

複製権

著作権者の許可なく行ってはいけないこと――コピー・録音・録画など、著作物の再製

例外…私的な使用のためならば使用者自身が複製してもよい

公衆送信権

著作権者の許可なく行ってはいけないこと――放送・ネット配信など、「公衆」への送信

対象外…少数の知人への送信はOK

譲渡権

著作権者の許可なく行ってはいけないこと――オリジナルや複製物の、「公衆」への譲渡

例外…権利の消尽(一度購入された正規流通品はその後転売してもよい、など)


―― 「移す」、つまり原本を一方の端末に残さない(ムーブ)の場合でも、「複製」に当たるのでしょうか?

福井 スキャン代行などの場合、いくら「あとで原本を処分します」と言っても、明らかに複製に当たります。複製というのは、その行為の瞬間を指すんです。あとでオリジナルをどう処分するかで違法かどうか変わるようだと、いつされるか分からない「処分」までの間の法律関係が複雑になってしまいますし、本当に処分されるのかどうか、保証もありません。

 仮に「電子媒体から電子媒体に、完全に同時に一方では消去・一方では現れる」ということがあり得えれば、そこには「再製行為」が含まれないから複製ではない、という理論はあるいは成り立ちますが、紙の本からスキャンによって電子データを生み出す行為は、やはり複製に当たります。

―― 「私的複製」の「私的」とは、どこまでの範囲を指しますか?

福井 その話をする際には、「こうあるべき」という「べき論」と現状の条文から導き出される解釈を、分けてお話をしたいと思います。

 まず解釈の話からします。現在の条文には「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内で使用する」場合とあります。この文言も、仮にもわれわれの代表が国会で検討して作ったものですから、私たちはそれを無視して考えることはできません。

 「べき論」は大切ですが、仮にそういった議論の高まりによって法律が改正されるとしても、その瞬間まで現行法は尊重されるべきです。もちろん、解釈の余地が生じる部分では、「どちらの結論が社会的に望ましいか」という「べき論」が大きな指針になります。ただし、明らかな条文の意味を越えて解釈することはやはりできません。悪法もまた法である、ということです。

 さて、「家庭内その他これに準ずる」と文面にはありますので、これは相当小規模です。岡田斗司夫さんと対談したときに「じゃあ、ぼくは1万人養子をとります」って(笑)。(筆者注:公式サイトの連載『ゆるデジ』にて福井弁護士と対談している)まあ、それは冗談として、近代では普通は家族と言えば数名、つまり数名のごく親しい範囲だろうと。学説は分かれますが、多い方で10名程度、ほとんどは数名とされていますね。バンドの演奏のために楽譜をコピーする例などが挙げられることがありますが、「企業」での使用を例に挙げることはあまりありません。

 大学など、つまり学校法人や独立行政法人などの教育機関の場合は、そこでの研究行為は、数名が自主的に行う勉強会とはかなり違います。研究成果は主に大学の禄を食みながら、大学の事業として行っている中から生まれてくるでしょう。そんな中での複製は、自分や自分の同僚のためだけでなく、大学という法人のためにも行っていると言えるので、法的な判断はより微妙です。現行法の下では難しいかもしれない。

 そう考えていくと、さらにNGに近いのは企業の場合です。会社法人の中で、たとえ自分専用の資料として複製を取ったとしても、現在の条文の解釈では違反となりそうです。「自分という人格のためではなく、会社法人という別な人格のためにコピーを取ったでしょう。会社とあなたは家族同然ですか?」という問いが生まれます。かつては「会社は家族」だったかもしれませんが、現在は株主のものです(笑)。営利企業、つまり別人格のための複製は、やはり「家庭内に準ずる」とは言えないだろう、という考え方が有力です。

 では個人事業主だとどうか? 例えば弁護士一人一人は、おおむね独立した個人事業主です。それが自分のための資料をコピーするとすれば、基本的には、会社のような別法人ではなく、自分のために複製しているようにも見えます。でも趣味ではなく、仕事の領域。これは「私的複製」に当たるのか?

 これはグレーですね。個人的にはごく規模が小さくて、対外的に使わない資料的な複製であれば、「私的複製」に含めてもいいかな、と考えています。ちょっと身びいきかもしれないですけどね(笑)。もちろん誰であれ、ポスターに他人の著作物を使ってしまうなど、公表を予定しているものに使ってはダメです。あくまで形態・態様によります。

―― 企業のお話も出たので、その辺りもう少しうかがいたいと思います。日本複写権センターや出版者著作権管理機構(JCOPY)では、企業内の複写行為を包括契約などで許可する業務を請け負っていますが、スキャン後のデータをサーバで共有するといった範囲は扱っていません。また、これらの団体に許諾を委託していない出版社も数多くあります。

福井 新聞記事などのクリッピングなどが、よく問題になりますね。企業内での複製ですから、これは恐らく「私的複製」には当たりません。したがって、これらの団体と包括契約を結ぶか、それ以外の権利者の著作物の複製については、個別に許可を取るべきことになりますが、おっしゃる通りスキャンやサーバ共有は現在、これらの団体が取り扱っていない。

スキャン代行はなぜNGなのか?

―― なぜ法律の文言と人々の意識がずれてしまうのでしょうか?

福井 本来は、法律と人々の最大公約数の意見はずれているべきではないのですが、しかし違法・適法は、フリーライドの有無といった政策論だけでは決まりません。ほかにも幾つかの要素によって決まります。それらの要素は時代の移り変わりとともに変化していきますし、そもそも立法段階で、あまり適切ではない内容で法律が決められてしまうケースだってあります。そのためもあって、法律というものは、いつも人々の意識と一致しているものとは限りません。スキャン代行や自炊の森の問題でも、そのズレが出たな、と感じています。

 ただし、この点は一見するよりもしばしば複雑です。スキャン代行サービスについてもう少し考えてみましょう。あれが適法だったらいいな、と恐らく少なからぬ人が思っています。でも「業者は潤うけれど、作家や出版社には一銭も入らない」と聞かされれば、ちょっと躊躇するはずなんですね。業者だけにその代金が入っていいものなのかと。

 現在、スキャン代行は違法、または違法に近いグレーと言われていますから、この程度の拡がりで済んでいます。仮に適法だとされた場合、爆発的に拡がるのは目に見えている。

(筆者注:インタビューを行った2011年年初では数十社だったスキャン代行事業者は告訴にあたってのリリースによると、現在、約100社まで急増している)そうなったら、どうなるか?

 恐らく、「裁断本の転売サービス」と結びつくはずです。現状は、本を送ってもらい、業者が裁断してスキャンした後は「処分」します、と言っている業者が多いですね。中には、実費を支払えば返す業者もありますが。(筆者注:その後、今回告訴された事業者を始め、返却に応じる業者は過半数に達したと言われる)

 「裁断本の転売サービス」は、すでに登場しています。先ほども述べましたが、裁断済み書籍の転売そのものは、正規購入品の「権利の消尽」という原則がありますので、合法です。一度適法に譲渡された著作物の転売は、譲渡権の適用が及ばない旨は、条文に明記されています。古書店は適法なのに、裁断本の転売は違法というのは、無理があるでしょう。もちろん、裁断本の転売が非常に拡がって、民法709条が定める「一般不法行為」など、何らかの違法行為にあたると裁判所が判断する可能性は、ゼロではありません。しかし、これはそう簡単には認められません。

 転売サービスはまだ品ぞろえがよくないので利用が広がっていません(筆者注:こちらもリリースによればその後裁断本の転売は激増し、オークションサイトでは同時期に千件以上の出品が見られることも。1件あたり複数の裁断本を出品されていることが一般的だ)が、充実してくれば、本をそこで買う人もふえるでしょう。

 そうすると、もしもスキャン代行が適法ならば、代行業者は裁断済み本を処分する、なんてもったいないことはしないで、転売サービスに回すようになります。そして、そこで買った裁断本をスキャン代行に送る人も増えるでしょう。そうなると、「これ、別々の業者に分かれている必要なんてないんじゃないか」と誰かが気づきます(笑)。一社で両方を兼ねればいいじゃないか、と。

 つまり、スキャン代行が適法になってしまうと、早晩こんなサービスが生まれそうです。

 「うちではスキャン代行と裁断本の販売を行っています。Webページでお好きな裁断本を選んでクリックしてください。そのボタンはスキャン代行の依頼ボタンでもあります。これはあなたに所有権が移った裁断本で、私たちはそのスキャン代行を行っているだけなので適法です。終わったらデータをお送りします。スキャンが終わった『あなたの』裁断本がご不要であれば、私どもが買い取ります。裁断本の販売価格は500円、買い取り価格は200円となりますので、差し引きで300円だけ課金します。要するに、ワンクリックして300円払えば、あなたには本の電子データが届きます」転々流通のサイクルが始まるわけです。

 これ、何て言うか? 電子書店ですよね(笑)。しかも、作者や出版社に1円も入らない。

―― ユーザーの感覚では認めてほしいと思う「スキャン代行」と、あまり気持ちよくは受け入れられない「裁断本の転売」が、結びついてしまう。

福井 そうです。これが「私的複製の第三者による代行は適法です」と言ったときに、起こり得ることです。

 現状のスキャン代行を適法だとすれば、恐らくここまで行き着いてしまいます。適法とされたら、大手だってサービスを始めるでしょう。そうなると、出版ビジネスは崩壊するかもしれない。サイン本とか、付加価値を付けた希少本に活路を見いだすしかなくなっていくかもしれません。

 もちろん、紙の本への愛着というのはありますから、すべての本がスキャン代行+裁断本書店にシェアを奪われるわけではありません。文芸書はそれほどでもないとは思うのですが、例えば実用書や専門書などはかなりそのニーズがあるはずです。学術書などは、発行部数が少なくて高額です。通読しない利用者も多いので、電子化されていた方が横断検索などがしやすく、利便性が増すかもしれません。

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