出版社はPottermoreモデルを採用できるか

ハリー・ポッターシリーズで知られるJ.K.ローリング氏が立ち上げたPottermore。出版業界で誰も成し得なかったことを成し遂げた格好だが、出版社が同じモデルで勝負することはできるのだろうか?

» 2012年05月28日 14時30分 公開
[Michael Kozlowski,Good e-Reader Blog]
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 Pottermoreは出版業界で誰も成し得なかったこと――Amazon、Barnes & Noble、Kobo、Sonyなど大手WebサイトからPottermoreのサイトへ誘導させ、さらにDRMフリーを採用――を成し遂げた。今日の電子書籍業界でほかの出版社がこのモデルを採用できるだろうか。そして、これは莫大な利益を上げるのに有効なモデルなのだろうか。

 J.K.ローリング氏とハリー・ポッターシリーズは書籍、映画、ライセンス契約の収入で数十億ドルを稼ぎだした。ハリー・ポッターは遊園地からセブン・イレブンで販売されているカップに至るまで、さまざまな分野に入り込んでいる。ローリング氏は非常に長い間アンチ電子書籍の立場を取っていたことで有名で、荒涼たる現在の電子書籍流通の中、自分のコンテンツを電子化することをかたくなに拒んでいた。Amazonは相当の金を投じてハリー・ポッターの電子化権を取得しようと画策していたが、結局は拒否された。

 大手企業にハリー・ポッターの電子書籍化権を販売し、数カ月間の先行販売を許諾するなどの施策の代わりに、ローリング氏は自身で電子書籍化に踏み切った。Pottermoreは当初、ユーザーが追加キャラクターを演じ、ハリー・ポッターの側で同時並行的に冒険できる仮想世界としてローンチされた。そして数カ月前、Pottermoreはハリー・ポッターシリーズの電子書籍を販売し、全巻をセットで購入すると割引する電子書籍セクションをオープンしている。オープンした月には500万ドル以上の売り上げをたたき出し、その勢いが衰える気配はない。

 Pottermoreからコンテンツを購入する利点の1つは書籍が暗号化されていないことだ。これはほかのほとんどの書籍小売業者のやり方とは大きく異なり、標準からはかけ離れている。AmazonやBarnes & Noble、Kobo、Sonyといったプレイヤーは独自の暗号フォーマットですべての書籍を販売することで違法流通を抑えている。一方、Pottermoreは購入者の個人情報の一部を書籍上に電子透かしとして表示しており、購入者がファイルをファイル共有サイトなどにアップロードすると、すぐに個人が特定される仕組みを採用している。人気コンテンツが自前で電子書籍流通に踏み出し、オンライン書籍小売業者全般を袖にするのは史上初だ。面白いことにこの試みはうまくいっており、多くの企業の注目を集めている。

 今月はじめ、Macmillanは自社のTORレーベルの書籍からDRMを完全に除去した。ほかの企業がこのビジネスモデルを実験し、その可能性を理解するお膳立てをしたといってもよい。実際のところ、著作権侵害に関する懸念は確かに存在し、企業はDRMを単に廃止するにはあまりにも長くこれに頼り過ぎた。世間はだいたいにおいて無頓着で変化を嫌がるので、DRM技術はほとんど変化しなかった。

 出版社は自社の電子書籍を流通させるのにPottermoreモデルを採用し、大手書籍小売企業がサードパーティーのWebサイトへ顧客を誘導するよう仕向けることができるだろうか。筆者はPottermore現象が多くの人を不意打ちしたが、これはあくまでも例外であり通例にはならないと考える。ハリー・ポッターのような超人気コンテンツは1世代に1度出現する程度に稀有なもので、シリーズが電子化されればと強く願う人がほとんどだった。ローリング氏が電子書籍化に長く抵抗してきたので、ハリー・ポッターシリーズに対する需要は熱狂的ですらあった。ハリー・ポッターの電子化前は、人気のファイル共有サイトを見て、何百万という人々が積極的に彼女の書籍を提供しているのを見ているのがせいぜいだった。人気が確立したどのコンテンツであれ、Pottermoreモデルを採用するほどの重要度を持てるだろうか。そして、そこから収益をあげることができるだろうか。

 大手出版社が守るべき収益は数億ドルにものぼり、著者、エージェントなど業界全体に対して責任を負っている。Pottermoreはローンチされた時、誰にも責任を負わず、大手出版社のインフラと比較するとPottermoreのWebサイトにはほとんど無駄がなかった。6大出版社の一角が自社Webサイトで電子書籍を販売しさえすれば、業界の風景が変わるのだが。

 Windows 8のリリースも迫るMicrosoftは最近、Barnes & Nobleと当社のオンライン電子書籍コレクションに3億ドルを投資している。自社のエコシステム経由でユーザーが電子書籍を購入できるようにする考えだが、この動きで重要なのはBarnes & Nobleがこれまで手に入れることができなかった海外市場へのアクセスを提供することにある。競合のKoboは楽天による買収で世界制覇に向け作戦行動中だ。同社は世界中のマーケットへの市場拡大で先頭を切っており、さまざまな言語を話す人を取り込むために自社ブックストアのローカリゼーションを図っている。

 これらの企業は莫大な収益を生むコンテンツ流通システムに莫大な金額を投資している。Amazonを含むすべてのオンライン書籍小売業者は、大手6大出版社から自社Webサイトに顧客を誘導しなければストアから書籍を引き上げるという最後通牒を突きつけられたとして、そのうちの1社をも失う余裕はない。大口顧客と何千冊ものベストセラーを失うことも、オンライン書籍小売業者同士の競争を出版社の条件に適合させることもできないのだ。

 現在の電子書籍シーンは揺籃期にあり、5年以内にパラダイムシフトを経験するだろう。暗号化に縛られ、電子書籍購入時に数々のハードルがある現在のビジネスモデルは終焉を告げるはずだ。標準的な消費者はコンピュータ、タブレット、スマートフォンを所有し、サードパーティー製プログラムに頼ることなくデバイスに電子書籍を簡単に転送したいと考えている。DRM除去についてはほとんどの大手企業が代替手段を講じることで今後数年間で勢いを増すだろう。電子透かしと表立っては意識されないメタデータの利用がソリューションとして成熟していくのだろう。

 率直に言って、筆者は大手出版社が自社Webサイト経由で電子書籍販売に踏み切り、オンライン書籍小売業者にWebサイトへ顧客を誘導するように仕向けるとは思わない。それには非常に巨大なインフラと前例のない革新的な考え方が必要だからだ。大手6大出版社のうち、準備を整え、すべてのリスクを取る選択をするところは1社もないだろう(その機会に学び、マーケットシェアで他社を抜き去れるかもしれないのに)。ただ、小さなレーベルで試験的にそうした取り組みを始め、非常に緩やかながら自前で電子書籍販売に踏み切るということはあるかもしれない。

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