隣接権議論は“出版”をどう変えるか――福井弁護士に聞く(後編)(3/4 ページ)

» 2012年06月20日 11時30分 公開
[まつもとあつし,ITmedia]
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契約書は信頼関係を示すもの

福井健策 「日本的な暗黙の領域には長所が数多い、しかし『暗黙』の共通理解は崩れつつある」と福井氏

―― レコード会社などに認められている隣接権は永続的な権利ですから、お話を聞いている印象では期間が区切られた独占契約が妥当でしょうね。

福井 ただ、期間はもっと多様でもいい。英米は出版契約の期間が著作権保護期間中とか、ごく長いんですね。私は日本の「3年程度」というのは投資回収を考えるとさすがに無理があって、ケースによってはもっと長くてもいいんじゃないかと考えています。実際に3年で契約を打ち切られたら困る出版社は多いでしょう。現実に切られることはないと油断して、こういう期間にしていると思うんですけどね(笑)

 堀田さんが記事で述べているように、作家と出版社の当事者間にはどこかで「契約なんて読まなくても大丈夫」という発想が残っている。私はその点では堀田さんのお考えに反対で、これから契約書はますます大事になっていくはずです。なぜなら流通が多様化しているからです。流通が1つしかなかったときには長期的な関係のある作家と出版社は「なあなあ」で行くことができた。その「なあなあ」の中にすばらしいシステムが沢山有ったし、今でもある。「著作権の世紀」(集英社新書)でも書きましたが、日本的な暗黙の領域には長所が数多い。

 でも、現に流通が多様化し、外資が入り、これだけビジネスのあり方が変わってきているなかで、もはやその「暗黙」の共通理解は崩れつつある。

 哀しいかな、われわれはもう楽園にはいない。だったら「グレー」の良さをできるだけ生かしつつも、腹を割って語りあうしかない。

―― 自動的に付与される隣接権を流通促進の機能まで含めて望むのは、ある意味その「腹を割って話す」ことを回避したい思いがどこかにあるのかもしれませんね。

福井 腹を割った結果の成果物が「契約書」。そうなっていけばよいと思います。厳しいことを言いますが、「これだけの投資・貢献をするのだからこれくらいの契約内容でお願いします」と出版社が作家を説得できないなら、その出版社はもう仕方がないと思います。でも、それに耳を貸せない作家も一緒に滅びるかもしれない。

 まして、送られてきた契約書を読まずにサインするような態度を信頼関係とは言わない。それは単なる「甘え」です。これは大事なことだから何度でも言います。

―― 映像配信の世界でも問題になりましたが、契約作成やそれに向けた交渉のコストは特に中小の事業所が多い日本の出版社にとって負担になりませんか?

福井 そこでひな形を業界では出してきました。電子書籍の利用については一定期間出版社が独占的な権利を持つ、ということになっています。

 こうしたひな形は契約の指針としては有用でしょう。ただ、「ひな形がすべてだから、みんなこれに従えばいい」という考えには、「信頼関係があるから契約を読まない」という主張と同じくらい反対です。

 ひな形はなんらかの指針にはなるかもしれないけれど、契約というのはやはりケースバイケース。各社・各自の戦略を反映してオーダーメイドで作られるべきものです。なぜならば、作家と出版社が果たす貢献の内容は異なる。その作家のバーゲニングパワーも、人によって異なります。J・K・ローリングと福井健策とではだいぶ変わるんです(笑)

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