ボーンデジタルから紙出版、その知られざる紆余曲折「アプリケーションをつくる英語」著者インタビュー(3/3 ページ)

» 2012年10月22日 11時00分 公開
[山口真弘,ITmedia]
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紙であろうが電子であろうが、プレーヤーが増えると大変に

── 今回、西野さんの原稿がまず達人出版会で電子書籍になって、それを底本として紙版が刊行されたわけですが、先に存在している電子書籍をベースに紙を作っていく制作フローのメリットやデメリットはいかがですか。

鈴木 メリットはやはり製作期間の短縮ですね。製作というのは、文章の構成から「てにをは」までを見る「編集」の部分と、それを実際にInDesignなどで組んでいく「組版」の部分、大きく2つに分かれますが、編集に関しては、すでに達人出版会で商業出版物としてのチェックがひととおり入っているわけですから。もちろんわれわれも再度見て、何個所か修正はお願いしましたが、最初の時点で一定ラインの水準を満たしているのは大きかったですね。

 制作の部分は、どちらかというと弊社よりも外部プロダクションのノウハウがかなりありまして。今回はいい条件が重なってうまくいったなかなかレアなケースだと思います。しかし、やっぱり1から起こすのとは比べものにならないくらい短縮されてますね。紙でゼロからやったら最低でも半年は掛かりますので。

── 高橋さんにとっては、紙版が出るメリット、デメリットはいかがですか。

高橋 紙版が出たら、この電子版を元にしました、電子版は達人出版会で売っています、と紹介していただけるので、弊社が自分のサイトだけで売っているのに比べると認知度が全然違ってきますね。

── 紙が出ることで電子の売り上げが落ちるんじゃないかといったよく聞かれる懸念についてはどうお感じですか?

高橋 売り上げに影響があるのかどうかは正直よく分からないんですよ。紙が出たから電子はいいや、という人はそんなにたくさんいるとは思えませんし、そういう人はなんだかんだ言って電子も買わない人だと思うので(笑)。

 ただ、今こういう話を笑ってしていられるのは紙の方が圧倒的に多いからで、紙と電子が拮抗してくると、両方買う人がたくさんいるとは思えないので、食い合う場合も出てくるのかなと。でもそれは今の時点ではあんまり考えることはないのかもしれませんね。

 むしろ影響が大きいのが、プレーヤーが増えることです。弊社の場合は著者と1対1でできるので、何らかのお願いをしたり、何かをミスってしまってごめんなさい、といったやりとりも直接できる。ところが紙の出版社が入ってきて3者間でどうこうという話になると、途端に複雑になる。例えば電子の内容をこんな感じにしましょうといった場合に、紙の方とも調整しないと、となる。プレーヤーが増えることで手間が増えるわけです。

 特に電子は紙に比べるとボトルネックが少ないので、少し修正を入れたいときでも、バッと修正してサイトにバッと上げて、と簡単にできますが、これが紙の改訂だと大仕事になってしまう。電子は速度があっていいですね、みたいな話をされることが多いのですが、紙であろうが電子であろうが、プレーヤーが増えると大変になるのは実感しています。

 だから弊社の場合は、紙版に関しては原則としては著者さんにお任せで、弊社は直接関与しないようにしています。最初から別ものであって、内容はもう一切お任せです、電子版の権利関係だけ決めておきましょう、みたいな。そうすれば問題はあまり起こらない。弊社としては基本的にはそんな感じで、紙側に関しては一切ノータッチですね。

鈴木 今回こういうふうに短期間で紙版が実現したのも、そういう達人出版会のスタンスがあって、なせる技かなっていう。

高橋 弊社としては紙版の出版に関して、契約は結んでないんですよ。それをやり始めるとお互い不幸になって、著者にとってのメリットもたぶんなくなると思うので。

── 達人出版会としては、例えば告知販売も含めて、紙で出すためのパートナーを積極的に求めているんでしょうか。

高橋 弊社限定、しかも電子でしか出しません、とするメリットは何もないと思っているので、どんどん紙が出てくれるといいなと思っているのですが、弊社から積極的に売り込むのは、あまり。

鈴木 弊社と達人出版会も厳密には契約を取り交わしていないんですよ。

── ということは、達人出版会は紙の売り上げから利益を得ることはないんですか。

高橋 これに関して言うとないですね。いや、いただけるんだったらもらいますけど(笑)、あんまり面倒臭くなるのならいいや、と。結局どこからその利益が生まれるかというと、出版社が利益を削るか、あるいは著者の印税を削るかじゃないですか。それはあまりよいことではないと思うので。

 あと、弊社が紙の出版社と今後どう付き合うかはやはり大きな課題なんですよ。さっきも申し上げたように、将来的に電子と紙は食い合うところが出てくるのは避けられないでしょうし、現時点でもう対立関係だと思ってる出版社もあると思うんですよ。なので紙の出版社で出したい分は著者とお話しして好きに出してください、というスタンスを取ることで、紙の出版社といいお付き合いをする。紙の出版社に本気で来られると、弊社の体力では持ちませんから。

── 達人出版会でも著者と契約書は結ばれていると思いますが、電子の出版、紙の出版についてそれぞれどのように書かれているのでしょう。

高橋 弊社は出版契約ではなく、著作物利用許諾契約書を結んでいて、著者が電子の方でも排他的に弊社以外でやることを基本的に禁止しない形です。だから著者がほかの電子書店などに出したいですとかって言われたら、じゃあどうぞ、みたいな感じですね。

鈴木 でも、高橋さんの手も入ってるわけじゃないですか。元の著者が持ってるリソースに関してはほかで出しても構わないということですか。

高橋 基本的にはそうですが、あまり区別はしていませんね。権利をロックインしてしまうと、著者はやっぱり嫌だと思うんですよ。そのせいで達人出版会からは出したくないと言われるのはすごく困るので、だったら著者の好きにしていいと。ただ、よそで売るから達人出版会ではやめます、というのはしてほしくないので、解除に関してはすぐにはできないようになっていて、例えば独占販売しか許さないプラットフォームで販売したい、となると揉めそうです。

── その懸念はありますよね。仮にそうしたケースが発生した場合は話し合いになるんでしょうか?

高橋 (販売の)期間を区切るなどですかね。まあ、話し合っても駄目な場合は駄目だと思うので。きつい契約で縛ったところで、こじれた場合には著者が勝ってしまうか、どっちも持ち出しでコスト分けて、結局弊社としてはもうからない。かつ訴訟になった場合、それを無理やり抑えつけるようなすごい弁護士がいるわけでもないので(笑)。それだったらもう最初から権利は使いませんって言った方が得ですよね。抑止力にならないわけですから。

鈴木 ちなみに弊社側は、著者との出版契約から電子に関する部分を全部抜いていますので、うちから電子版が出ることはないです。達人出版会でお買い上げください、という案内をすることになりますね。

── そういう契約であれば、いわばベストパートナーですよね。

鈴木 補完し合っていると。

(電子と紙の)両方の読者にリーチできるようになったことは非常に嬉しい

── 今回、結果的に電子版と紙版と両方が揃ったわけですが、著者である西野さんとしてはいかがですか。ターゲットへの届きやすさという点で、かなり間口が広がったことになりますが。

西野 そうですね。電子版だと検索ができるので便利という方もいますし、あと重いのを持ち運ぶ必要がないことを評価する方もいます。紙だと、机に置いてパラパラめくりながら見たりとか、あるいは現物として持っておきたいとか、そちらが好みの人もいます。両方の読者にリーチできるようになったことは非常に嬉しいですね。

── 紙版は「エンジニアよ、世界市場を狙え!」という副題が付いているんですね。

西野 はい。最初に電子版で出したときは「アプリケーションをつくる英語」だけだったんですけど、紙版を出す時に、もう少し勢いがいいキャッチが欲しいということになりまして。せっかくApp StoreやGoogle Playで世界中に簡単にアプリケーションを出せるようになってきたので、日本のエンジニアの方にはぜひ挑戦してもらいたいですね。

── よいまとめの言葉をありがとうございます(笑)。鈴木さんは、これがヒットした場合に、さっきおっしゃっていた「売り方」にフォーカスした書籍を出す余地はありそうでしょうか。

鈴木 はい、ぜひ続編を(笑)。需要はあると思いますし、これが売れたら次もやりたいですね。

「エンジニアよ、世界市場を狙え!」の意気込みを示すべく、世界を目指すあの社長のポーズを真似する西野氏
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