「マニフェスト 本の未来」著者が語る電子書籍の現状と未来まつもとあつしの電子書籍セカンドインパクト(1/2 ページ)

2013年、電子書籍は新たな局面に直面していた。そんな変化の最前線を行く人々にその知恵と情熱を聞くこの連載。今回は、米国の電子書籍市場の知見がつまった『マニフェスト 本の未来』の著者、そして日本語版の発行人であるボイジャーの萩野正昭氏に聞いた。

» 2013年04月11日 08時00分 公開
[まつもとあつし,ITmedia]
『マニフェスト 本の未来』

電子書籍業界でいま話題を集める1冊の本がある。それが『マニフェスト 本の未来』だ。日本よりも数歩先を行く米国の電子市場。そこで歩を進める先駆者たちがまとめ上げた一冊には、実体験に基づく知見が詰まっている。執筆陣の1人、ロン・マーティネズ氏と、日本語版の発行人であるボイジャーの萩野正昭氏にお話しを伺った。

日本の貢献あってのEPUB3とその役割

ロン・マーテイネズ氏。エアブックとその親会社であるインベンション・アーツの創業者。発明家でもあり出願中のものも含め特許は150件弱にもなる。米Yahoo!では知的財産発明担当VPとして活躍していた

――  本日はよろしくお願いします。『マニフェスト 本の未来』でのPart2「14 本と出会ったアプリ」を執筆されたロンさんですが、ご自身も多くの特許を出願する発明家・事業家でもあり、電子書籍の捉え方が新鮮かつ合理的だと感じました。まず、米国に対し、日本の電子書籍は今どのような段階にあるとご覧になりますか?

マーティネズ そうですね、私が日本のすべての状況を知っているとは言いませんが、もともと電子書籍という分野においては、ボイジャーの取り組みやE Ink端末として先行していたSONY Readerなど、早い段階から日本が開拓してきたのではないでしょうか。そういった取り組みが米国をはじめとする世界各国に影響を及ぼし、日本にまた戻ってきたというのは、興味深いことです。そうして戻ってきたさまざまな要素が組み合わさってこれからさらなる広がりを見せる可能性を秘めている、そういう段階にあるのではないか、と考えています。

―― 日本ではこれまでフィーチャーフォン、いわゆるガラケーでの電子書籍、特にコミックが市場を作ってきました。現在この市場のスマートフォンへの移行が進んでいますが、ここからの推移はどのようになっていくと捉えていますか?

マーティネズ 日本と比較して米国の電子書籍市場は、Kindleが登場してからゆっくりと成長してきました。そこに、日米共にさまざまなタブレット端末が登場することによって、マス・マーケット化が進んでいきます。また起爆材料として、標準フォーマットであるEPUBや、ボイジャーが貢献してきたEPUB 3が今後のマーケットをさらに押し広げるものとなっていくと考えています。

―― 米国ではAmazon.comのKindleによる寡占化が進んでおり、Barnes & Nobleも苦戦しているように見えます。ロンさんは、多様な電子書店あるいはプラットフォームがある方が望ましいというお考えでしょうか?

マーティネズ 多様なプラットフォームがあり、オープンであることは重要だと思っています。例えばある企業が50%ものシェアを持ってしまい仕様などの規則をすべて独断で決めてしまえるとしたら、それは顧客の望む結果をもたらすとは限りません。顧客が自ら購入場所を選択できるオープンな状態でこそ、より良い仕様、より良いサービスが生まれてきます。企業が制限を押し付けるのは望ましくないのです。

 例えば現在、ほとんどの電子書籍にはDRMがかけられています。これには海賊版対策(著作権保護)という観点と、企業による囲い込みという観点の2つの役割があります。購入した書籍コンテンツはそれぞれのリテールに属することになるため、多くの場合、購入した書店のリーダーでしか読めない仕組みになっています。

 オープンであることとDRMで制限を加えることは相反するため、どこかで折り合いをつけなければいけません。そもそもDRMによってコンテンツが保護されるというのは、実は提供する側の抱く幻想ではないでしょうか?

 これはよくご存じのことだと思いますが、DRMが掛かった漫画でも、端末の画面キャプチャーの機能を使って、いくらでも複製することができてしまうでしょう(笑)。つまり、保護は機能しておらず、実体がない、と言っても過言ではないのです。

 これに比べれば、J.K.ローリング氏もポッターモアで採用した「ソーシャルDRM」(コンテンツに購入者の個人情報を電子透かしとして記録しておく)はスマートな方法です。彼女はハリーポッターシリーズの電子書籍版を購入者がユーザー情報を登録することで、そのウォーターマークが外れ、さまざまな端末で読めるようにしました。わたしはこのような方法が今後広がっていくことを望んでいます。

―― なるほど。それでは採用が進むEPUBをわれわれはどう捉えておくべきですか?

マーティネズ EPUB 3はある程度の目的を達成することができたのではないかと考えています。ただわたしはこのフォーマットが未来永劫使えるものだとは思っていません。これだけ進歩してはいても、HTML5に追いついたとは到底思えないからです。ただ、オープンであること、そしてHTML5を目指している過程にある、という点に関しては、スタンダードフォーマットとしてのEPUB 3というのは重要な位置にあるのではないかと考えています。

積み上がる課題は過渡期ゆえ

―― AppleのiBooksが日本語に対応しました。ロンさんは『マニフェスト 本の未来』で、これが最も進化したプラットフォームだと評価されていますが、その理由を教えてください。

マーティネズ 端的に言えば、iBooksのみがHTML5とEPUB 3、そして、JavaScriptを追加されたコンテンツをサポートできているからです。HTML5で作成されたアプリも、iBooksの書棚に登録すれば、あたかも電子書籍のように楽しめてしまうのです。

 白黒の絵の具だけではなく、カラフルなパレットがあった方が、芸術家はより優れたものを生み出すことができます。それと同じように電子書籍を作り出す人も、テキストのみ――いわば、白と黒だけの絵の具――よりも、色とりどりの絵の具――ビデオ、オーディオ、インタラクティブな仕組み――をサポートするフォーマットの方がアイデアを形にしやすく、より優れたものを生み出すことができます。将来においても、さらに進化したコンテンツが生まれやすい、そういった促進力になると思うのです。端末やプラットフォームの制約によって、ある程度、機能が限定されてしまうのは仕方ないとしても、早い段階からできるだけ幅広い仕組み・機能をサポートできた方が望ましく、iBooksはその条件を満たしていると考えています。

―― 果たして、アプリのようなリッチな体験を私たちは電子書籍にも求めていくようになるのでしょうか? それに対する抵抗感もあると思います。例えば、Amazon.comのジェフ・ベゾスCEOはKindleが目指すものとして「ただ言葉や考えを追う――そんな読書体験を演出する」と述べていますよね。

マーティネズ 今、そのような意見が出ているのは、電子書籍にとっての過渡期だからではないでしょうか。例えば、KindleにはPaperwhiteのようにテキスト中心の端末もありますし、Fireのようにリッチコンテンツに対応した端末もあります。もし本当にリッチな読書体験を皆が否定しているのであれば、そのようなリッチコンテンツに対応した端末が出てくるでしょうか? テキストだけで良いのであれば、インタラクティブなコンテンツを再生できるこのような端末は不要ですよね。でも、そうではなく、人々が求めているのは、やはり「リッチな読書体験」なのではないでしょうか。

 ビジネス的に考えると、今の市場ではテキストオンリーで作成した方が簡単に書籍化でき、収益も望めるので、もしかしたら、提供者側が「リッチな読書体験」を否定しているのかもしれません。今後、市場の期待がますますリッチな方へと向いてくれば、提供する側も対応を考えざるをえないはずです。

 Appleがレーザープリンタをリリースした時のことを思い出してみてください。あれは確かに先進的でしたが、フォントもひどいもので、あまり見向きされるものではありませんでした。でも、今となれば、レーザープリンタは当たり前のように存在しています。同じように、今、電子書籍は過渡期であり、読み手も書き手もいろいろなものを試している、そんな状況ではないでしょうか?

―― そういったリッチな体験を提供するためにはEPUBを拡張する必要があります。その在り方、例えばルール作りはどうあるべきでしょうか? 過渡期ということもあり、標準化と進化は必ずしも併存できない場面もありそうです。

マーティネズ 率直に言って、ルールはそれを作る側が常に決めていくものではないと考えます。例えば、Twitterを考えてみてください。現在、標準仕様になっている「ハッシュタグ」がありますよね。これは話題をまとめるために便利な機能です。でも、もともとTwitterが用意したものではありませんでした。ユーザーがこれは便利じゃないかと気付いて編み出したもので、後から標準仕様として正式採用されたわけです。結局のところEPUBの世界でも、提供する側がスタンダードを決めるのではなく、ユーザーが決めるのではないか、と考えています。

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