角川会長「改善ではなくイノベーションを」――図書館向け電子書籍貸し出しサービス構想など明かす東京国際ブックフェアリポート

7月3日から始まった「第20回 東京国際ブックフェア」。初日の基調講演には、KADOKAWA 取締役会長の角川歴彦氏が出版業界の内からのイノベーションの必要性を説き、図書館向けの電子書籍貸し出しサービス推進の宣言がなされた。

» 2013年07月03日 21時15分 公開
[西尾泰三,ITmedia]
7月6日まで開催される「第20回 東京国際ブックフェア」のテープカット。東京国際ブックフェアの名誉総裁である秋篠宮同妃両殿下も参列された

 7月3日から、東京ビッグサイトで「第20回 東京国際ブックフェア」がスタートした。第17回電子出版EXPOや第2回クリエイターEXPOなど5つの展示会との同時開催となった今年のブックフェアでは、KADOKAWA 取締役会長の角川歴彦氏が「出版業界のトランスフォーメーション」と題した基調講演を行った。

KADOKAWA会長の角川歴彦氏

 今年で20年目と節目を迎えたブックフェア。会場を埋め尽くした1700人の受講者から、盛大な拍手で迎えられた角川会長は、戦後、出版業界を支えてきた構造、エコシステムの話から切り出した。

 そのキーとなるのは3つ。資金力の乏しかった書店を支えた「委託制度」、堅牢な出版エコシステムの構築に寄与した「再販制度」、そして出版社が著作者との濃密な関係による商品供給を可能にした「著作権制度」だ。こうした制度はすばらしく機能し、日本の高度成長を支えてきたが、制度疲労を起こしていると角川氏。13年続く出版業界の売り上げ減からは、「出版社」「書店」「取次店」のいわゆる出版3者おのおのが深刻な問題を抱えていることがみえてきたと話す。

 売り上げ減により業界に還元する原資がなくなった出版社、コストが掛かるビジネスである書店の苦戦、そして出版取次業界3位の大阪屋が楽天などから出資を受ける方向であることに言及しながら、トーハン、日販以外の取次店が厳しい状態であることが露呈したと話す。

 「あらゆる出版社と取引する総合取次は出版界だけの特殊な形。これからの取次店は、出版社寄りになっていくか、書店寄りになっていくか生き方を考える時代がきている。しかし、現実論として、一部のナショナルチェーンを除けば、個人経営/家族経営書店の信用供与をしてきた中小取次店が経営破綻を起こせば、それは業界の根幹を揺るがす大問題」(角川氏)

 こうした制度疲労を起こしつつも、戦後の出版体制を「すばらしい制度であったが故に、業界の内側からのイノベーションが起こりにくかったし、それを健全に発展させることが出版業界の発展につながっていた」と角川氏。しかし現在では、過去の延長では考えられなかった変革が起こってきたとも話す。

 特に、2012年から2013年にかけて国内の出版業界には4つのパラダイムシフトが起こったという。EPUB 3の登場、Amazonなどの海外勢参入、楽天の取次進出、そして「出版社の権利」について出版社が結束したことだとし、これらは偶然ではなく、“デジタル化”を背景に起こった必然の流れだと角川氏。上述した戦後体制はいわばアナログ出版体制であり、そこからデジタル出版体制へのシフトこそパラダイムの真実だと述べた。

 しかし、そうしたデジタルへのパラダイムシフトは、放送や音楽、ゲームなどの産業ではすでに起こっており、出版産業はようやくそこにたどり着いたとも。そこで考えるべきは、角川氏が“クラウドプロバイダー”と呼称するプレイヤーの動きだ。

 角川氏は、とりわけ巨大なクラウドプロバイダーとしてAmazon、Google、Apple、Microsoft、Facebookの名を挙げ、それらがどういう視点で物事を考えているのかは重要で学ぶべきだと説明。例として、Googleが注力している4スクリーン(スマートフォン、PC、タブレット、テレビ)を紹介しながら、こうした動きを知らずして新しいエコシステムの構築など語れないという。

 「Googleは消費者の情報摂取の90%が今やそれら4スクリーン経由であり、ラジオ、新聞、雑誌は10%に過ぎないという。時間にすると後者は1日26分。これには内心反発している部分もあるが、肝心なのは、それらのプレイヤーがそうした考えに基づいて戦略を立てていることを知ること」(角川氏)

 そうした動きをみつつ、角川氏が考えているのは、コンテンツ事業者とアプリケーション事業者が中心の「エコシステム2.0」を模索する必要性。そして、日本においてヒト・モノ・カネが集まるプラットフォームになり得るのは、全国の書店だとした。

Appleのエコシステムと比較しながら紹介されたエコシステム2.0のイメージ
内側からのイノベーションとして掲げられた項目。3.のレンダリングシステムは、話の内容からレンディング(貸し出し)システムとみられる

 そうした模索の方向性も見えだし、インターネットの台頭やクラウドコンピューティング、さらにはモバイルコンピューティングといった外部からのイノベーションにより出版業界が揺さぶられている今、それに対抗するには、出版業界が一つになって内からのイノベーションを起こさなければならないと呼び掛けた。

 「選択肢は2つしかない。流されるままに流されていくのか、業界のルールを変えるために踏み込むことができるか。Amazonが大きくなったのは出版業界に欠点もあった。Amazonがやっていることは出版業界ができなければいけない。対抗軸を作ることで内からのイノベーションが起こせるのではないかと考えている」(角川氏)

 出版業界が一つになって当たることのほか、2つのテーマを掲げた角川氏。その1つが、上述した書店のプラットフォーム化(ハイブリッド書店)によるO2O対応、そしてもう1つが、図書館に対する電子書籍のレンタルシステムの構築だった。

 後者については、出版社が主体的に活動するための権利付与の議論が進んでいる中、出版社も社会の要請に応えていかなければならないという発想から来ているとし、著作権者に十分な還元ができていないことが長年指摘されてきた図書館との向き合い方には何かしら解決の時期がきていると話す。

 米国で公共図書館に対して電子書籍の貸し出しを行っているOverdriveを紹介しながら、「日本の出版業界、関係者は積極的、主体的に電子書籍のレンタルという分野にスピード感を持って挑戦しなければならない」とし、以前からこの分野について勉強会を行っていた講談社、紀伊國屋書店と共同で図書館向けの電子書籍貸し出しサービスを開始するためのプロジェクトを本格化することで合意したと明かした。小学館からもすでに賛同の意向をもらっているとしたほか、権利情報の集中管理、書誌データの整備を国会図書館と連携を図りながら推進していく考えだという。

 「権利には義務も伴う。出版社としての義務を果たす1つの形が、権利に基づいた電子書籍の貸し出しにより、多くの方々に読書機会を提供すること」(角川氏)

図書館向けの電子書籍貸し出しサービスの推進を宣言した後、壇上に招いた講談社の野間省伸社長と紀伊國屋書店の高井昌史社長

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