ときめくエロスが現代の女性を元気に――フルール編集長が語る「ジョジョカン」最前線

大人の女性向けのエロティックな小説を提供するサイト「fleur(フルール)」が熱い視線を集めている。タブー視されてきた女性向けのエロスが支持され始めた理由とは――。編集長の波多野公美氏に聞いた。

» 2014年04月17日 11時00分 公開
[池田園子,eBook USER]
フルール編集長 波多野公美さん フルール編集長 波多野公美さん

 2013年2月に誕生したWeb小説マガジン「fleur(フルール)」(以下、フルール)。男女の恋愛を描く「ルージュライン」、男性同士の恋愛を描く「ブルーライン」の2ラインを展開している。

 「女性による女性のためのエロティックな恋愛小説レーベル」としてサイト開設から半年後には月間100万PVを突破、今では150万PVに迫る勢いを見せる。2013年9月にはフルールに掲載された長編作品を文庫本・電子書籍として発売する「フルール文庫」を創刊し、増刷される作品も少なくない。

 これまで長い間、女性はエロティックなコンテンツと切り離されてきた。自分好みのエロスを選び放題な男性とは対照的に、女性が心から楽しめるエロスはほとんど存在していなかった。今、多くの女性から支持される媒体へと成長したフルールは、女性が求める良質な作品をどのようにして世に送り出してきたのか。編集長を務める波多野公美氏に聞いた。


コンドーム装着シーンの描写も意識して 女性を大切にしたセックスを描く

fleur(フルール) fleur(フルール)

―― 昨年女性向けのエロティックな動画サイトが登場したときに、これこそ女性が欲しかったコンテンツだと静かに感動した覚えがあります。フルールも同じく2013年に誕生していますが、立ち上げの背景にはどういった意図があったのでしょうか。

波多野 近年、女性の社会進出が進むにつれ、男性と同じ環境で一生懸命働く女性も増え、皆さんさまざまな悩みやストレスを抱えています。そんな現代の女性たちが明日も笑顔で元気に頑張るための“サプリメント”を作りたいなと思ったのです。

 男性が「疲れを癒して頑張りたい」というときは、エロティックなコンテンツを手に取ることが多いですよね。しかもそのコンテンツは小説や漫画、映像……など山のようにあります。

 エロティックなコンテンツには人を元気にする力があります。だから、女性にも新しい化粧品や洋服を身に付ける、あるいは美容室に行くのと同じ感覚で、自分好みのエロティックなコンテンツに触れることで元気になってほしいと思ったのです。でも、女性が心から楽しめる良質な官能コンテンツは、それまでは存在していませんでした。

―― 官能小説というジャンルは昔からありますが、女性が読むと何だかしっくり来ないですよね。

波多野 フルールの作品も「官能小説」と言われることが多いですが、自ら積極的に「官能小説」と名乗りたくはないんです(笑)。というのも、一般的に官能小説というと、男性読者を想定して、あくまでも男性視点で作られたものが大半。フルールの作品を、そういうものと同じだと連想する方も多いですから。

 けれどそれは、私たち女性が欲しいと思うものではないのです。極端な例を挙げると、男性は女性の胸を単体で捉えた写真を見ても興奮できます。でも、女性は異性のセックスアピールを感じるパーツだけを見ても興奮しません。素敵な相手に大切にされるドラマチックな設定やときめきが必須で、エロティックな言葉をささやかれるにしても「誰がささやいているか」が重要なのです。

 女性が心からときめく、うっとりできる作品は、女性目線で描かれたものです。そのためフルールで扱っている全作品は、えりすぐりの女性作家の皆さまに執筆をお願いしています。

―― すべての作品に共通する要素はありますか。

波多野 一貫しているのは、女性が憧れる素敵な恋愛を描いた「純愛」であることですね。女性が気持ちよく読めないような、不倫・浮気を肯定するテーマの作品はNGとしています。「私もこんな素敵な男性と恋愛をしてみたい」「ヒロインのように仕事も恋も頑張ろう」と読んだ後で明るく前向きな気持ちになれる作品作りを大事にしています。

 また、すべての作品でセックスシーンを丁寧に描写すること、登場する男性が基本的にコンドームをつけていることが分かる描写を作家さんへお願いしていることもポイントです。多くの女性が、愛する男性と安心して身体を重ねたいと考えていて、その最中には大切に扱われたいと願っているからです。

ボーイズラブは日本初のジョジョカン――最後発ならではの秘策は?

―― ここまでのお話は女性と男性の恋愛を描く「ルージュライン」ですよね。「ブルーライン」よりも新しい市場になるのでしょうか。

波多野 働くヒロインと素敵な男性が登場して、ドラマティックな恋愛が展開され、濃密なセックスシーンの描写を大切にしているルージュラインは、エロスだけでも、恋愛だけでもない、これまでにない新しいジャンルだと思っています。

 一見普通の恋愛小説のようで、かなり丁寧にセックスを描いています。数々の困難を乗り越えて、ひとりの男性と出会って恋に落ち、ついに結ばれる――恋愛って改めて考えてみると奇跡的で本当に素晴らしいこと。そんなときめきを伝えたいですね。

 一方で、いわゆるボーイズラブを描いた「ブルーライン」ですが、ボーイズラブはすでに30年以上の歴史を持つジャンルです。昔は「やおい」とか「ジュネ」と呼ばれていたものが今では完全に市民権を得て、書店で展開される棚も少なくありません。

ルージュライン
ブルーライン

―― 女性向けのエロティックな作品は長らくないように見えましたが、唯一ボーイズラブがそんなジャンルだったわけですね。

波多野 ボーイズラブは「日本初のジョジョカン(女性による女性のための官能)」だと思います。歴史が長いからこそ、作家さんの数は非常に多いですし、ひとくちにトレンドを語れないくらい、ジャンルが細分化されています。一般的なサラリーマンモノ、学生モノだけでなく、コアなところではオジサマモノやハード系のモノ、SMモノ、擬似家族モノなど、実に幅広いのです。

―― 熾烈な競争状態にあるボーイズラブ市場では、他との差別化要素を押し出すのも難しそうです。

波多野 恐らくボーイズラブ市場において、フルールは最後発だと思います。すでに何をしても新しくはない、というのが正直なところです。だからこそフルールでは明確な基準を定めています。

 前提として、読者である大人の女性が主人公に共感できるよう、魅力的な大人の男性同士の恋愛であること。ストーリーに関しては、プロットの段階から、ステレオタイプな作品にならないよう作家さんと担当編集者がやり取りを重ねます。また、新人賞やスカウトで新しい才能を発掘し、フレッシュな作品を発表できるよう意識しています。

ロマンチックな下着を買うときの気分で、文庫を手に取ってほしい

―― お手元にあるのは2013年9月に創刊した「フルール文庫」ですね。こちらの反響はいかがでしたか。

波多野編集長とフルール文庫

波多野 ルージュラインとブルーラインの長編作品を毎月交互に文庫化して発売しています。一度フルールのサイトで読んで気に入った作品は、文庫か電子書籍かは問わず、「1冊の形」で手元に置いておきたいという方は想像以上に多かったです。

 サイトでは作品の最終話を更新後、書籍化するタイミングで「お試し読み」のみの掲載に切り替えます。その時点で「お試し読み」以外のページを読めなくなるので、お気に入りの作品を購入したい方が多いのだと思います。

―― フルール文庫はカバーもキレイですね。サイトに掲載されている小説は文字しかないので、文庫でイラストがつくと何だかおトク感があります。

波多野 すべての文庫に、小説の書きおろしストーリーと美しいカバーイラスト、本文内には挿絵イラストをつけています。Webとの差をつける意味でも小説の世界をさらにイメージしやすくする魅力的なイラストは欠かせません。イラストレーターさんに、「女性が手に取りたくなるようなときめくイラスト」をお願いしています。

 カバーを取ったときに見える表紙にもこだわっていて、ルージュラインは赤、ブルーラインは青で繊細な花柄を描いています。女性が美しいデザインの下着を買うときのような、思わずワクワクしてしまう装丁を目指しています。きれいな本を買って帰るだけでも、幸せな気持ちになれますよね。これは形ある紙の本だからできることだと思っています。

―― Webサイトはフルール文庫にとって「入り口」のような位置づけなのでしょうか。

波多野 そうですね。フルールのWebサイトは女性向けのエロティックな小説への入り口だと思っています。ジョジョカンが気になったら、まずはサイトで、好みの作品を探してみていただきたいですね。登録も不要で無料ですのでお気軽にどうぞ。

 また、サイトは文庫や電子書籍の宣伝・告知をする場でもあります。マメにチェックしていただければ、事前に全文が読める作品も多いので文庫を買っていただく際のミスマッチもないですよね。買っていただくときの安心感にもつながっていると思います。

―― 新たな取り組みとして、4月からは「電子書籍配信限定短編小説」もスタートしましたね。

波多野 基本的には、自由度の高い作品を発表する場にしたいです。例えば、強烈な個性を持った新人作家の作品や、長編を書く時間はなくても短編ならという人気作家の作品を掲載することを考えています。

―― 最後に今後の目標について教えてください。

恋愛とセックスで幸せになる 官能女子養成講座 恋愛とセックスで幸せになる 官能女子養成講座

波多野 数値的な目標でいうと、年度内にサイトで月間250万PVを達成することです。また、好調の兆しが見える電子書籍をさらに売り伸ばしたいです。

 そのためにも今後さまざまな仕掛けを進めていく予定です。2〜3カ月後にはサイトのリニューアルを行う予定で、無料で会員登録もなく読めることは今後も売りにしながらも、既刊一覧をチェックできるページを設けるなど、より使いやすいサイトを目指します。

 また、2月にフルールから発売した初の単行本『恋愛とセックスで幸せになる 官能女子養成講座』のように、エロティックなことを大切な人とのコミュニケーションに自然に活用してハッピーになる「官能女子的ライフスタイル」も発信していきたいです。

 日本の女性を幸せにするために、質の高いエロティックな純愛コンテンツを提供し続けること――これが私たちの根幹にある目標ですね。

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