総合的なアートとしての新たなSF――『FEATHER』に集うチャレンジャーたち(1/2 ページ)

これから人気となりそうな作品の魅力にいち早く迫るインタビューシリーズ。今回は、1つのプロジェクトの下に集った作家と複数のイラストレーターによって生み出された骨太のサイエンスフィクション『FEATHER 〜世界は、ひとつじゃない。』の著者、七村謙氏に聞いた。

» 2015年03月06日 07時00分 公開
[西尾泰三,eBook USER]
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FEATHER 〜世界は、ひとつじゃない。 FEATHER 〜世界は、ひとつじゃない。

 出版――昨今のセルフパブリッシングサービスの台頭などでその行為のハードルが大きく下がった現代。そんな中、eBook USERが思うのは、そんな時代のチャレンジとは何だろう、ということだ。

 もちろん、出版すること自体の喜びは変わらず存在するのだろうが、そこをゴールとしない作家や作品というものがときに生まれてくる。

 ここで紹介したいある作品は、チャレンジに満ちあふれている。単に作品を出版するだけでなく、自分たちが届けたいと思うものをどこまでも突き抜けた形で届けようとしている。しかもそれが大言壮語なものではなく、綿密に実践されていく様は、否が応でもその可能性を感じさせるのだ。

 作品の名は『FEATHER 〜世界は、ひとつじゃない。』(フェザー、以下FEATHER)。以後のインタビューの中からこの作品を形容する適切な言葉を抜粋すれば、「総合的なアートとしての新たなSF」作品だといえるだろう。

 作者は七村謙。しかしこれは彼だけの手によるものではない。若く才能豊かなイラストレーターも数多く参加するこの作品は、1つの壮大なプロジェクトなのである。その目指すところはどこにあるのか。

 書籍の発売は3月28日だが、2月28日から電子版の配信がKindleストアで始まった同作品について、七村氏へのインタビューをお届けしたい。

サイエンスファンタジーではなく「実現可能な科学フィクション」

七村謙氏 FEATHERの著者で同プロジェクトの総合プロデューサーでもある七村謙氏

―― 『FEATHER』のプルーフを読みました。発売が3月28日と少し先ですが、いち早くお話をお聞きできればと思います。最初に、この作品を世に送り出す作家・七村謙とはどんな人物なのか、七村さんの興味のあることなどを教えていただけますか。

七村 はい。これは表紙の折り返しの部分にも書かせていただいているのですが、本当に雑食、選り好みしないタイプだと思います。経済であれば金融も産業も技術も好きですし、大企業もベンチャー企業も両方好きです(笑)。好きな土地はどこかと聞かれれば北欧と南仏と秋葉原と答えます。

 ジャンルは問わずですが、それぞれの中でいえばエッジの効いたものが好きですね。いつも、目一杯突き抜けているものに興味が行きます。例えば、専門性や技術という点で日本サッカーより欧州サッカー、こだわりという点ではタイアップソングを乱発するミュージシャンより、売れてなくても楽曲作りに専念する方が好きです。ちょっと分かりにくいかな(笑)。

―― 読者の方に分かりやすく七村さんをイメージいただくために、七村さんが人生で影響を受けた作品がありましたら、3点ほど挙げていただけませんか。

七村 『新世紀エヴァンゲリオン(初期アニメ)』『ロード・オブ・ザ・リング(映画三部作)』『リバー・ランズ・スルー・イット(映画)』の3作です。

 あれ、こうして挙げてみると小説がありませんね(笑)。FEATHERは企画・執筆段階から映像化・アニメ化も意識していますし、作家デビューしておいて何ですが、わたしは小説だけでなくアート全体として、商業作品を楽しみたい、という意志が強くあるのだと思います。

 リバー・ランズ・スルー・イットは学生のときに劇場で観ました。ブラピがまだあまり成功しているとは言えない時代の映画です。とにかく情景描写と心理描写がメインの、およそ当時の学生が好むとは思えない映画なのですが、たまたま観に行って、なぜか今でも色あせず、強烈に印象が残っています。素晴らしい映像作品だと思います。

 ロード・オブ・ザ・リングは説明する必要もないと思いますが、圧倒的な映像美とシナリオスケール、キャラクター設定などに、ただただ、感動させられるばかりでした。批判するところが見当たらないくらい、わたしにとっては不動の名作です。

 エヴァは高校生のときにテレビ版の初期アニメを見ていました。高校3年の受験時代のまっただ中で、ひたすら勉強をしていましたが、それでもエヴァだけは全26話欠かさず、テレビ東京放映のものを生で見ていましたね。サントラCDは勝手に受験応援ソングにしていましたし、アニメのレーザーディスクが出れば発売日に同人系のショップに行って、並んで買っていたぐらいのエヴァオタクでした(笑)。後で知ったのですが、初期アニメの視聴率は低かったそうですね。そういう意味でも自分は結構なオタクなんだなって気付かせてくれたのは、エヴァでした(笑)。

実現可能な科学フィクション――外資系コンサルの経験がそこに

―― とてもイメージが沸きました(笑)。ところで、先ほど「経済」という言葉が出てきましたが、七村さんは外資系コンサルでご活躍された経歴をお持ちだそうですね。コンサル出身の作家は少なくないのですが、キャリアを生かした経営への提言などを語る内容が多い中、七村さんはまったく異なる領域に思えるSF作家になろうと考えたのはなぜなのでしょう? 現在の取り組みにつながる印象的な経験などはありましたか。

七村 長年の、大企業のトップマネジメントや現場への経営コンサル経験から学んだのは、モノづくりもPR戦略も効率化もIT化も、世の中を前に進めるための手段であって、最も重要なのは、「もっと進化したい」「変化を続けたい」「より良い社会にしたい」のようなシンプルなことであるということです。それは経営陣、中間管理職、一従業員の誰にとっても当てはまります。

 突き詰めると、経営というのはそれを組織という集団の中に共有知として根ざすということになるのですが、そのことがどんなに難しいことかも分かりましたし、わたしみたいな一コンサルタントの力では到底無理だなと思いました。

 それならいっそ、シンプルに進化したいとか、変化し続けたいとか、そういう視点で何か書いてみようと思ったときに、そういうことを何らかの共有知として具現化できるのは、未来を創っていく可能性に満ちたSF小説というジャンルなんだなと漠然と考えたんです。

―― FEATHERはSFをベースにしながら、七村さんのキャリアを生かした企業運営の内部も精緻に記述されています。プロットで重視しているのは?

七村 まずSFの定義について話したいのですが、わたしの認識だと、SFというのは「サイエンスフィクション」なんです。しかし世の中のSFは、「サイエンスファンタジー(科学的空想)」になっているものが多い。小説の中で、ファンタジーではなくてフィクションとして科学を語ろうとすると、科学の実現性がとても重要になります。例えばタイムマシンや常温超伝導体などの高度科学技術を本当に実現するには、現実的な問題として、世界レベルの資金力やマネジメントが不可欠です。

 資金力がまったくない組織が突然タイムマシンの開発にかかわるなど、経営面や資金面での科学的根拠がないまま話が進む作品もありますよね。FEATHERでは、超科学を実現するには精緻かつ高等な経営が必要であることを示すために、企業経営の部分にこだわりました。当然、ストーリーが進むにつれ、伏線の一部が経営の観点から回収されていきます。

 これらの試みを一言でいえば「実現可能な科学フィクション」ということになりますね。

―― 最初、見た目でライトノベルかな? と思ったのが少し申し訳ないくらい骨太な内容でした。処女作ながら複数の視点を時系列で並べるような難度の高いスタイルにも挑んでいますよね。

七村 実現可能な科学フィクションを示すためには、複数の関係者の視点や心理、状況描写が必須です。たった一人の主人公や周囲の何人かの関係者からのみ、世界が科学的に変化を起こすことなどは、現実にはほとんどあり得ませんから。

 主人公や周りの何者かの視点を切り替えながら話が進むスタイルは、わたしが比較的好きな作家だとダン・ブラウンという偉大な方がやっていますね。ただ、わたしの眼にはこれですら描写が足りず、主人公たちに都合のよい、予定調和的な解釈になってしまうように映ったんです。こうした問題意識が高じて、多視点にこだわって物語をつくるということになりました。

―― 物語の中には、タイムマシン、CERN、世界線など、例えば『STEINS;GATE』などにもみられた要素が多く見られます。FEATHERをユニークなものにしている要素があるとすれば、それはどんなものでしょう。

七村 先ほど、サイエンスファンタジーではなく、サイエンスフィクションの観点から書いていることをお話しましたが、小説の内容にリアリティを追究しているところが、わたしにしか出せないところだと思います。

 少しネタばらしになりますが、FEATHERの世界描写には、バークレイズ・キャピタルという、実在する国際的な金融機関が主人公たちに現実的な金融スキームを提供するという役割が、非常に重要になっています。また、ストーリーが進むにつれ、政治的な意味合いも色濃く帯びてくるようになります。

 多くの日本のSF小説やSFアニメに見られるように、世界的スケールのことが(ときにごく一部の)日本人だけで成し遂げられる、また時として資金的や資本社会的・政治的・国家的な背景根拠があまり見られないというのは、わたしにとっては極めて違和感を覚える部分なのです。

 ちなみに、『STEINS;GATE』で登場するのは、CERN(正式名称)ではなくSERNですね(笑)。CERNはダン・ブラウンが2000年に出版した『天使と悪魔』の冒頭で実名で出てきていたりもするので、わたしとしては特殊な設定には感じないんです。世界線も元はといえばアインシュタインの理論、それをジョン・タイターがタイムトラベル風に独自に言い換えたわけですし。タイムマシンは言わずもがなですね。

『未来を創る』ために必要な要素は何か?

アルシェ・シモンズ FEATHERの主人公、アルシェ・シモンズ。本作には複数のイラストレーターが参加し、世界観やキャラクターを魅力的なものにしている

―― FEATHERは、現代の世界が主舞台で、そこには日本人は数名しか出てきていませんよね。先ほどのお話ともかかわりますが、キャラクター設定、舞台設定などはどんなイメージをお持ちですか。

七村 これについてはこだわりがあって、そもそも、コンセプトベース、ゼロベースで小説の設定を作ろうとすると、舞台はどこだとか、時代設定はどうだとか、そういう前提を置く必要がありません。コンセプトとして科学・芸術・文芸性を突き詰めていくと、最高の状態でそれを表現できるのは、今回のFEATHERのコンセプトの場合だと、最適な舞台は世界だった、ということになります。

 逆に、もし日本のスケールだけでSFの世界観を説明する設定を築き上げようとすると、少なくともFEATHERの世界観の場合は窮屈になってしまうな、と考えています。例えば本作では、物理学の権威を突き詰めて表現するために、アイザック・ニュートンに敬意を表してケンブリッジ大学の設定を使っているのですが、これを東京大学にすると、かなり作品的には違和感を覚えるわけです。

―― なるほど。タイトルの『FEATHER』にはどんな意図が?

七村 宇宙の果てや時空を旅するときに、光の筋が飛んでいくようなイメージがよくあると思いますが、そのイメージが羽に近くて、直観的にそこから取っています。実際はもっと多くの深い意図を込めているのですが、それは読者の方にいろいろと読み解いて頂くということにさせてください(笑)。

―― 1巻時点ですでに9巻前後の長編として構想された物語であることが明かされていますが、「最も描きたいのはどんなテーマか」を簡潔に表すとしたら?

七村 超科学現象は、現実をベースにして、それを超常的に乗り越える日々の活動の積み重ねの結果として起こる、ということです。

 そしてもうひとつ、どんな芸術も宗教も科学も学問も教育も、『未来を創る』という1点に集約されるということです。これは逆に言えば、どれか1つ欠けただけでも未来は創れない。芸術だけでは、科学だけでは、教育だけでは未来は創れないのです。

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