シャープ製品のカタログなどを電子書籍として復刻している取り組みに新展開。メーカーの枠を超え、NECパーソナルコンピューターの復刻カタログの配信も始まったGALAPAGOS STOREの「レトロ家電カタログ」。その取り組みを追った。
X68000(X68K)やMZシリーズ、Zaurus――時代時代を彩り、多くの人に今なお色鮮やかな印象を残すシャープの製品群。これらの製品に夢中になった青春時代を過ごした方は少なくないだろう。
そんなシャープ製品のカタログなどを電子書籍として復刻し、無料配信しているのがシャープの電子書籍ストア「GALAPAGOS STORE」。
2012年末には、1978年に登場したMZ-80のシステムプログラムとBASIC(SP-5030)を解説した「MZ-80 SERIES SYSTEM PROGRAM」「MZ-80 SERIES BASIC解説」の復刻版(PDF)をTwitterを通じて試験配信。これが大きな注目を集め、300万リクエスト/月という大量のアクセス(海外含む)があった。
この反響を受けて2013年からは企画化。これまでにX68Kシリーズ、Zaurusシリーズ、電卓総合カタログ、『それ行け!X1』、変わったところでは販売店や修理業者が故障対応などに使うサービスマニュアルを復刻し、そのたびにコアなユーザーからの注目を集めた。これらは現在、「レトロ家電カタログ」としてまとまっている。
年月 | 復刻されたもの |
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2012年12月 | 「MZ-80 SERIES SYSTEM PROGRAM」 「MZ-80 SERIES BASIC解説」 |
2013年7月 | X68000 XVI(エクシヴィ) |
2013年9月 | Zaurus SL-C700 |
2014年2月 | それ行け!X1 |
2014年3月 | 電卓総合カタログ |
2014年4月 | MZ-80 SERIES BASIC 高解像度版 |
2014年8月 | MZシリーズ「MZ-40K」 |
2014年12月 | 『X1コミュニケーションマガジン それ行け!X1』(それ行け!X1) |
2015年1月 | 「X68000」シリーズのサービスマニュアル |
これまでに復刻された主要な製品カタログなど |
復刻カタログ全体では累計4万ダウンロードを突破(2015年2月中旬時点)。X68Kのサービスマニュアルが配布された2015年1月には、ブラウザビューワでの閲覧も可能となっていたが、コレクション魂を刺激するのか、閲覧だけでなくカタログをダウンロードするユーザーは多い。
現在、一連の取り組みを主に手掛ける株式会社GALAPAGOS NETWORKSシステム推進チームの倉石卓也氏は、「サービスマニュアルはカタログよりもニッチだと思っていたが、公開してみたらいい意味で予想を裏切られた。累計のダウンロード数も想定よりかなり多い」と話す。
そんな復刻カタログの取り組みが一歩前進した。6月5日から、NECパーソナルコンピューターの復刻カタログ配信が始まったのだ。
復刻されるのは以下の製品カタログ。このうち太字で表した4カタログはGALAPAGOS STOREのユーザー(新規入会含む)には先行プレゼントされるが、今後、ゲストユーザー向けにブラウザビューワでの立ち読みも用意される予定だ。NEC復刻カタログの配信を記念し、6月11日までコンピューター・ITカテゴリの書籍を最大20%ポイント還元キャンペーンなども実施される。
メーカーの枠を超え、歴史的情報の保存と共有を図ろうとするこの動き、倉石氏とシャープの松本融氏に聞いた。
独自コンテンツで(電子書店の)差別化を考えたとき、貴重で固定的なファンを持っている強いコンテンツが社内にあるのだから、それを使ってとにかく面白いことをやろう、それが始まりでした――松本氏は復刻カタログの配信を始めた2012年ごろをこう振り返る。
その実務は、コンピューターの黎明(れいめい)期にシャープが果たしていた役割を肌身で感じ、その後シャープに入社した人物が熱い思いで取り組んだ。この人物は現在、シャープ公式Twitter(@Sharp_ProductS)中の人でもある。社内でそうした思いを発信し続け、次第に共感する人が増えていった。倉石氏もその一人だ。
「営利目的というよりは、倉石のように若い人材がシャープの昔の製品に思いを持って、社内の連携をとって取り組みを前進させることに価値を感じている。自分たちの思いで何かをドライブしていくことは社内的にも推進したい」(松本氏)
こうした復刻カタログが電子書籍として配信されるまでには、「底本の入手」「スキャン・修復」「オーサリング」「配信」というステップが存在する。希少本がゆえにおいそれとは裁断もできず、汚れや傾き、書き込みなどを1ページずつ目視で確認しながら修復していくスキャン・修復も骨が折れる作業だが、底本の入手はそれを上回る最初にして最大の関門だ。
今でこそ、製品カタログは営業の販促用システムの中にPDFなどで格納・管理されるようになっているというが、過去製品の中には紙ベースでしか残っていないものも多く、また、すでに当時の開発部門がなくなっていたり、担当者も異動していることも珍しくなかったと倉石氏。部署によっては、カタログがファイリングされていたというが、それでも見つからないものもあり、当時の開発メンバーやそれに近しい人に声を掛けたり、社内SNSを通じて広く呼び掛けたりして底本を集めたという。
そうして底本が見つかっても、カタログに登場するモデルの肖像権など復刻に当たっての権利周りを確認しようとすると、すでに存在しない会社だったりと作業は難航する。
「とりわけ大変だったのは、製品の内部構造や回路図・組み立て方などを記したサービスマニュアルの復刻でした。一般公開の前例もないものでしたから、社内の品質部門などと粘り強く交渉を重ねての配信に至ることができました」(倉石氏)
こうした復刻カタログの取り組みは、口さがない人からは「懐古主義だ」と言われることもある。しかし倉石氏は、「昔を懐かしむというよりは、わたし自身、こういう製品があったということを現代にアピールしてみたいですし、過去から知見を得るのは意味があると思います」と話す。
今回、メーカーの枠を超え、NECパーソナルコンピュータの製品カタログ復刻を行えたのは、歴史的情報の保存と共有の意義を社内だけでなく、外部にも多方面に提案してきた結果だと倉石氏。
「NECパーソナルコンピューターさんも長い歴史をお持ちで、カタログの電子化などに課題をお持ちだったようです。電子化して保存できることに意義を感じ、これに応じていただけたと考えています。復刻に当たって底本をご提供いただきましたが、うちのより状態がよかったですね」(倉石氏)
これを契機にほかのメーカーへの拡大も期待したいところだが、シャープ製品の復刻カタログについても今後、周辺機器やディスプレイのサービスマニュアル、あるいはメーカーのカタログ冊子だけでなく、関連する雑誌や書籍の復刻にも視野を広げたいという。かつてZaurusの開発に携わった松本氏は、「PIシリーズのカタログを見つかればもっと復刻したいと考えています。あとは電子手帳や電子手帳用に開発されたICカードのカタログなども復刻できれば」と話す。
こうした取り組みの肝は何か――そんな質問を投げかけてみると、2人は、“担当者の思い”と“タイミング”だと答えた。NECパーソナルコンピューター側にも同様の思いを持った方がいて、両者がタイミングよく巡り会うことができたのだという。
一見地味な取り組みに映るが、そこには人の思いが詰まっている。強い“思い”が何かを動かし、社外にも波及していく――そんな様子を見ているようだ。こうした取り組みの広がりに期待したい。
「電子書籍というフォーマットができたことで、こうした取り組みも柔軟にできるようになってきた。メーカーとお客さまの直接の接点のような形でこのチャレンジが広がっていけばと思います」(松本氏)
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