「マニフェスト 本の未来」著者が語る電子書籍の現状と未来:まつもとあつしの電子書籍セカンドインパクト(2/2 ページ)
2013年、電子書籍は新たな局面に直面していた。そんな変化の最前線を行く人々にその知恵と情熱を聞くこの連載。今回は、米国の電子書籍市場の知見がつまった『マニフェスト 本の未来』の著者、そして日本語版の発行人であるボイジャーの萩野正昭氏に聞いた。
現況に即した電子書籍の「今」を知り「未来」を切り拓いてほしい
―― 萩野さんに伺います。本書冒頭でこのような本が米国から生まれたことに「複雑な気持ち」であると率直に述べられました。日本語版刊行に対する思いを改めて聞かせてください。
萩野 本当はわれわれが出版したかった、という思いがありました。なぜなら、わたしたちはこの「電子書籍」という世界の中で苦労してきたからです。しかし、苦労した人に限って、愚痴っぽくなるからか、口をつぐんでしまいがちなんですよね(笑)。
これまで、電子書籍についてのビジョナリーな、口先だけ大風呂敷を広げたような本は数多くありました。が、この本は違います。これまで実践してきた人たちの、地に足の着いた現実的な電子書籍の状況を伝える本が出たな、長い、長い冬を耐えて、ようやく桜の花開く暖かい春がやってきたなという、そんな思いでこの本を刊行しました。
―― ロンさんにも伺ってきましたが、ボイジャーの代表としてEPUB、あるいは電子書籍への取り組みをどのように振り返りますか?
萩野 われわれに限らず、今までみんな電子書籍のフォーマットづくりに一生懸命で、全体を見ることができませんでした。しかし時間の経過とともに、それぞれが独自にやっていたものが明らかになり、それを「まとめる必要」を感じ始めているところだと思います。電子書籍の世界には標準フォーマットといえるEPUBという形式が存在していましたが、それは欧米の言語に根ざしていたものでした。しかし、横書きのアルファベットと縦書きの日本語、という超えられない言語の壁があり、なかなか日本に入ってこなかったわけです。
確かにHTMLにも言語の壁がないわけではありません。ただ、HTML=Webでは、「どのように表現するか」よりも「どれだけの情報を伝えるか」の方が重要だったので、さほどそれは大きな問題ではありませんでした。しかし、「本」は違います。言ってみれば本は文化そのものなのです。そのため「表現の仕方」が重要と見る向きがありました。それに応えるため日本語表記にも対応できるよう、私たちも働きかけてきたわけです。その結果、日本語も取り扱えるような形にもってきてもらえました。IDPFが私たちと向き合い、対応してくれたことについては本当にありがたいと思っています。
―― エンハンスドeBookはもはや「Web」そのものではないかという見方についてはどうお考えでしょうか?
萩野 日本の場合は、組版原理主義的な考え方が強かったといえます。文字にも意味があるのだから、電子書籍でも外字をきちんと表現させたい、というこだわりも大きかったのです。しかし、それより、新しい技術を使って、それを更新することに注力し、どんどん出版する方が大切なんじゃないか、と思えるようになってきました。
確かに、表現も大切かもしれないが、大切なのは中身とそれがパブリッシュされるスピードで、中身が良ければそこには「訴えかける何か・ほとばしる何か」があり、Webがそうであるように表示の差異を超えてそれは伝わっていくのではないかと。また、どうしても表示される文字に意味を持たせたいならば、敢えて「紙」を選択してもいいわけです。つまり、それぞれの差異に拘って進化を押しとどめるよりも、それぞれの技術とその良さを更新していくことが重要なのです。そのように考えていくと、ヒュー・マクガイアの言うとおり、確かに、電子書籍はWebのようになっていくんじゃないかと思いますね。
―― ボイジャーもブラウザベースのBinBを生み出しました。プラットフォームがブラウザを志向するといった「変化」が起こるのか、あるいはAmazonやAppleなど現状のプラットフォーマーの主導のもとで「進化」が続くのか――どういった未来を萩野さんは思い描いていますか?
萩野 実はBinBに舵を切ったのは、カンファレンスなどいろいろな場で「あなたたちの進む道はこれしかないよ」とある意味、肩を叩かれたからです。確信を持ってそちらに進んだというよりも客観的な状況からしてAppleやGoogleなどのように何百人という開発体制があれば、OSのバージョンアップや端末ごとにそれをカバレッジするための開発体制を敷くこともできるでしょうが、少数でやっているわれわれはそういう訳にもいきません。それならば、ブラウザベースで――もちろん、ブラウザも変化しますし、コンテンツをダウンロードしなければならない、というネットワーク上の問題などもありますが、そういった環境はどんどん進歩しているので、今は問題でもいずれさまつな問題になるだろう、そこを問題視するよりも新しいことをやっていく方が、われわれにとって大切である、と思い踏み切ったのです。
―― 最後に、本書をどんな人に読んで欲しいですか? また読んだ人にはどんな行動を起こしてほしいでしょうか?
萩野 いま取り組んでいるプロジェクトがたとえごく小さなものであったとしても、生き残る道はこれしかない!と考えている人たちに読んで欲しいですね。そして「言うな、やれ」と(笑)失敗を恐れずにチャレンジしてほしいと思います。
著者紹介:まつもとあつし
ジャーナリスト・プロデューサー。ASCII.jpにて「メディア維新を行く」、ダ・ヴィンチ電子部にて「電子書籍最前線」連載中。著書に『スマート読書入門』(技術評論社)、『スマートデバイスが生む商機』(インプレスジャパン)『生き残るメディア死ぬメディア』『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(いずれもアスキー新書)『コンテンツビジネス・デジタルシフト―映像の新しい消費形態』(NTT出版)など。
取材・執筆と並行して東京大学大学院博士課程でコンテンツやメディアの学際研究を進めている。DCM(デジタルコンテンツマネジメント)修士。Twitterのアカウントは@a_matsumoto。
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